突き立てられる刃
激痛に何度か意識が飛び、その度にまた襲い掛かる痛みで目が覚める。
これまでの戦いで痛いと思うことは数えきれない程あったが、これはそれと比べても抜きん出ている。
大体痛みというのはアドレナリンがドバドバ出ている戦闘中は、意外と気付かないものだ。
しかしこれは違う。
指先から脳天までをくまなく切り刻まれる感覚が延々と続く。
実際の肉体じゃないからだろう。痛覚が麻痺したり、ショック死したりもできないらしい。時折限界を超えた痛みに脳が焼き切れ、それもまたすぐ再生する。それの繰り返しだ。
だが、何よりも痛いのはそれじゃなかった。
何故自分たちは死ななければならなかった。
どうして俺たちを殺した。
ただ平和に暮らしたかっただけなのに。
「っ、っぁ―――――」
怒りが、怨嗟が、悲しみが、何百人、何千人という者の思いがダイレクトに伝わってくる。
自分一人の悲しみでさえしんどいのに、それが重なるんだ。
心が、摩耗する。
家族を残し死んだ魔族がいた。
息子を失った母がいた。
婚約者を殺された女性がいた。
俺のために囮となった兵士がいた。
全てが全て俺が直接手を下したわけじゃないのかもしれない。けれど、そんなことは彼らには何の関係もないのだ。
ああ、そうだよな。言いたいことたくさんあるよな。
恨んでるよな、憎いよな。
ごめん。
ごめんな。
俺はあの日々の戦いが間違っていたとは思っていない。あの時はあの時の正しさが確かにそこにあったんだ。
けれどその陰にあった犠牲から目を背けるような人間にはなりたくない。
そう思ってここに来たのに。
「ぅ、ぅぅ、ぐ‥‥」
辛い。なんだよ、これ。
なんでこんな言われなきゃいけないんだ、なんでこんな痛い思いしなきゃいけないんだよ。
アステリスに呼ばれてからずっと、死ぬほど辛い思いで頑張ってきたのに、なんでこんな目に合ってんだ。
腕が斬り飛ばされ、刃が腹を貫通して背に抜ける感覚。喉の奥から粘ついた血の塊がせり上げ、ゴポゴポと息苦しい。
倒れそうになると串刺しにされて支えられ、そこに更に上から刃が降ってくる。まさしく終わりの見えない無間地獄だ。
謝っても許されねえよな。でもさ、俺にできることなんてたかが知れてるんだよ。誰かを助けるためには誰かを斬り捨てなきゃいけなかった。勇者だなんだと言われたところで、何もできない。
今じゃ言い訳にもならない戯言だが、本当は魔族だって殺したくなかった。日本生れ日本育ちだぞ、小動物一匹殺すのだって抵抗があった。
そんな泣き言は誰も聞いてはくれなかった。
聞けるような状況じゃなかった。俺が適応するしかない。世界は俺を中心に回ってくれないのだから、世界の動きに合わせて走り続けるしかないんだ。
けれど、今こうして刃に身を晒すと分かる。
事情があったのは俺だけじゃなかった。
魔族だって人族だって、何か背負っているものがあって戦っていた。誰一人として死にたくはなかった。命を懸けるだけの理由があったというだけだ。
これだけ他者の夢を奪ってきた俺が今更自分の我を通したいなんて虫のいい話だったのかもしれない。
向き合おうという覚悟が削れて消えていく。
血飛沫と黒い刃の向こうで、何かが浮かぶのが見えた。
ミサンガを花の形に編んだお守り、ヒューミル。会ったばかりの頃リーシャが編んでくれんだ。
どうしてこんなところに。その答えを見つけるよりも先に手を伸ばしていた。
千切れかけの指先がヒューミルを掠めて落ちていく。
「っ!」
痛みをこらえて一歩踏み出し、何とかヒューミルを捕まえた。ただのミサンガのはずなのに、それは熱を持っていた。痛い熱さではない、全身に沁み渡るような温かさだ。
『ユースケさんが過去に多くの命を奪ってきたというのなら、その罪を私も背負いましょう。貴方が彼を憎むなら、私も共に憎んでください。私はたとえ何があろうと、ユースケさんを信じます』
聞こえるはずのない声が聞こえた。
リーシャの声だった。まるで都合のいい妄想だ。リーシャだって俺がしてきた所業を知ればそんなことは言わないだろう。彼女は本来戦いなどとは無縁の女の子なのだから。
だというのに手から伝わる熱がそれを嘘だと言わせない。
本当に目の前にリーシャがいるような、そんな気さえしてきた。
『未だに変わらんな、その無鉄砲さは』
『これは無鉄砲どころじゃない、ただの愚行です。おかげでいつも僕たちが尻ぬぐいをする羽目になる』
続けて聞こえた声に、時が止まった。
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