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紅き月(エイプリルフール企画)

 深夜。普段ならばこの時間帯でも多くの人々が行き交っているはずの街は、今夜に限っては閑散としていて物寂しい。

 それは紛れもなく、大昔から現在に至るまで残されている古い言い伝えが原因だ。



 "紅い月の夜は、決して出歩いてはならない"



 この国では子どもから年寄りまで、誰もが知っている掟だ。

 月に一度、紅い月が昇る日だけは、どんな商売をしている人間でも必ず日没前に帰宅する。そして日が沈んでからは、翌日の日の出まで戸や窓を完全に閉め切り、紅い月光を屋内へ入れないようにするのだ。


 そして、今夜もその時がやってきた。

 本来ならば人影などあってはならない。しかしそこには、まるで血塗られたような不気味な月が照らす中を堂々と歩く、二人の旅人の姿があった。




 *****




 月がぼんやりと紅く照らすアスファルト道路の真ん中を、物怖じすることなく真っ直ぐに進む。

 やかましく耳を突くクラクションの音も、汚染物質を大量に含んだ排ガスを吐き散らすエンジン音も、今このときだけはまるで聞こえてはこない。普段は渋滞の統率を取るのに忙しい信号機も、この夜だけは非番というわけだ。


「さすがに静かすぎるんじゃないかなあ」


 摩天楼の間を吹き抜ける風の音しか聞こえない中で、青年がぽつりとつぶやいてみせる。

 彼がなんとなく空を見上げると、透き通るような翡翠色の瞳が月を映して紅く染まった。


「確かにのう。間違いなくこのあたりのはずなんじゃが」


 青年の独り言には、隣を歩く琥珀色の髪の少女が答えてみせた。

 彼女は何かを探すようにあたりを見渡しながら歩いている。すると目的のものを見つけたのか、少女は「むっ?」と呟いて足をピタリと止めた。


「――見つけたぞ。そこじゃな」


 青年も立ち止まり、少女が見つめる方向に注意を向ける。彼女が見ているのは、道路の真ん中にあるマンホールだ。

 そのまましばらく沈黙が流れる。すると突然、マンホールの蓋が勢いよく跳ね上がり、その下から黒々とした異型が這い出してきた。


 黒い"何か"は一見人間のような姿をしている。しかし体長は優に2mを超えているだろうか。さらには腕と脚がそれぞれ4本ずつ胴体から伸びていて、真っ黒な顔に光る二つの紅い眼が青年と少女を睨みつけていた。


「君の鼻は本当に頼りになるね」


「ふふ。もっと褒めてくれてもよいぞ」


 異型を目の前にしても、二人は余裕の表情を崩さない。

 そんな彼らの態度に苛立ちを見せるかのように、異型は獣のような咆哮と共に二人に襲い掛かってきた――!


「それじゃあいつも通り頼むよ、アン!」


「任せてくれ、主様(ぬしさま)!」


 異型の攻撃を軽々と躱した二人が左右に散開する。爪を空振った異型がその紅い瞳に捉えたのは、琥珀の少女の方だった。

 少女は体勢を整えながら自分の頭を両手で一撫で。するとそこには、髪と同じ琥珀色の大きな獣の耳が姿を現した。


「今度はわしの番じゃ!」


 そう意気込んだ少女は勢いよく地面を蹴り、異型に向けて駆ける。それを迎え撃とうと再び振るわれた爪を、少女は掠る寸前で躱し異型の懐へ飛び込んだ。


「やあッ――!!」


 掛け声とともに、少女が鋭い爪を振り上げる。

 それが異型の胸元に大きな引っ掻き傷を作ると、耳を劈くような甲高い悲鳴が摩天楼に轟いた。

 苦しむ異型の懐から一時離脱。距離をとって様子を窺う少女に、異型は再び鋭い眼光を向けた。


 もう一度咆哮。そして異型は怒りを眼に浮かべて少女に迫る。

 今度は4本の腕で連続攻撃。しかし琥珀の少女はそのすべてを軽々と躱し続けた。


「思ったよりやるのう。じゃが――!」


 大振りな攻撃で隙ができた異型の背後に、少女が素早く回り込む。

 そして少女はもう一度爪を立て、異型の背中にも大きな傷を刻んでみせた。


「――その程度ではわしは捕まえられぬ」


 異型の背中を蹴って大きく跳躍。空中で一回転した少女は、硬いアスファルトの上にふわりと着地を決めた。

 少女の攻撃が効いているのか、異型はよろめきながら少女の方へ身体を向ける。

 しかし懲りる様子もなく、異型は再び少女に向けて腕を振り上げた――!


「――残念。時間切れだよ」


 今度の異型の攻撃を、少女は躱そうとしなかった。

 しかし、異型の腕が少女を捉える寸前、異型はまるで金縛りにでもあったかのようにピタリと動きを止めた。

 そんな異型の背中には一枚の画用紙が張り付いている。そしてその画用紙には、異型と完全に瓜二つの線画が描かれていた。


 異型の背後に歩み寄るのは、翡翠の瞳の青年。彼の手には一冊のスケッチブックと鉛筆が握られていた。

 青年がパチンと指を鳴らす。すると異型の身体は甲高い悲鳴と共に渦を巻き始め、背中の画用紙の中へと吸い込まれていった。


「よし。捕獲完了」


 悲鳴が途切れ、道路の上へはらりと落ちた画用紙を青年が拾い上げる。画用紙に描かれていた線画は、いつの間にか黒々とした異型と同じ色に塗られていた。

 青年はジャケットのポケットをまさぐり、ライターを取り出す。そして彼は異型が吸い込まれた画用紙に、何の躊躇いもなく火を灯した。


 紙が焦げる臭いと共に、画用紙がぐにゃりと歪んでいく。たった一枚の紙が燃え尽きるまでそれほど時間はかからず、青年はアスファルトの上で燻る灰くずを踏みつけて完全に鎮火してみせた。


「さすがは主様じゃ。もう描いてしまうとはのう」


「いやいや。君が注意を引いてくれているからこそ、僕も絵に集中できるんだよ」


 嬉しそうに腕に抱き着いてきた少女の頭を、青年は呆れた風に撫でてやる。

 二人のふわふわした雰囲気は、たった今まで恐ろしい姿の異型と戦闘を繰り広げていたとは思えないほど和やかだ。


「でも、これだけで終わりってわけにはいかないみたいだね」


 そう言って青年が視線を背後に向ける。

 そこには別の異型が不気味な呻き声を漏らしながらゆっくりと近づいてくる姿があった。


「むぅ。せっかくの主様との時間の邪魔をしおって」


 少女が不満げに頬を膨らます。その視線の先には、先程のような異型が数体――どころか、次々に数十体ほど出現していた。


「結構な数だね……。アン、やれそう?」


「ふふ。余裕じゃ、主様よ」


 頼もしい返事に青年が笑みを零す。それに対して少女もニッと満面の笑みを返してみせた。


「じゃあ、いつも通りに」


「うむ!」


 合図とともに琥珀の少女は異型の集団に向けて駆け出し、青年はスケッチブックを広げた。


 青年の名はジェード。少女の名はアンバー。

 紅い月の夜に現れる異型狩り――"翡翠と琥珀"と呼ばれる彼らの名は、裏社会では知らぬ者はいないのだという。

今日だけは!!


大好きな世界観を!!


ぶち壊す!!


後悔など!!


ない!!

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