6話 1の意義 前編
それはそれは暑い土曜日。
また今年の最高気温を更新したらしい。どこまで暑くなるんだよ、マジで。
俺は、学校のグラウンドにいた。現在、15時。
菊池が来るのはあと1時間後。早く着きすぎたか。
少し経って、亜沙美と奏太もやって来た。
『いよいよだね!ドキドキする。』
亜沙美が跳ねながら言う。
菊池の相談を受けてから、長かったような短かったような。とにかく色々考えて疲れた。
今日で全部終わらせたい。
そして16時頃、菊池がユニホームを着て現れた。
『ごめん、お待たせ。』
『おぅ!悪いな、大変な時に。肩大丈夫か?』
『問題ないよ。今は投げないで調整してるけど、早ければ来月には投げれるさ。』
今、こいつに『1』の背番号はついてない。
少し前の試合で肩を壊したらしい。大事には至らなかったが、今は投げることはできない。
『それで…浅野は…どうだった?』
『今から順を追って話す。準備はいいか?』
『あぁ。覚悟はできてる。』
あぁ、なんかこっちの菊池は口調が優しくて、安心するわ。
…いや、そんなこと言ってる場合じゃない。
『まず、浅野の居場所は分かったよ。あいつは、元気にやってる。』
『本当か!良かった…』
菊池はホッとした表情をする。
『俺が今から伝えるのは、お前が浅野にあの言葉を浴びせた後の話だ。』
そう言って俺は、菊池に実際に目で見たことを伝え始めた。
『死んだ』
あの衝撃な言葉を放った後、浅野と俺は急いで病院に向かった。学校から歩いて15分程の距離だったので、走ったら10分かからずに辿り着いた。
俺は病室には入れなかったので、浅野だけ行かせてロビーで待った。
すっかり日がくれた頃、浅野が出てきた。母親と一緒だった。
浅野の父親は、事故死だった。踏切まで転がってしまったボールを子供が取りにいってしまい、電車が来たところを、浅野の父親が助けたそうだ。ただ、その時に踏切内で足を挫いてしまい、直前まで来ていた電車から逃げることができず、そのまま…
父親は凄く正義感が強く、こうと決めたら決して曲げない男だったという。その時も何も考えずに、先に体が動いたんじゃないかって、浅野が悔しそうに言っていた。
『…父さん、割とバカだからさ…本能的に動いちゃうんだよな、多分。本当に、バカだよ…。』
きっと、こういう時励まさないといけないんだ。でも、出来なかった。さっき出会った奴が励ましても、何も救いになんかならないだろうと思ったから。
『俺さ、』
不意に浅野が口を開く。
『学校辞めるわ。』
『…そっか。』
…これが本当の辞めた理由か。
『いや、これからさ、負担かけられないし、俺
が父さんの分も働かないといけないしな。母さんも体弱いから。…わりぃ。』
『…そっか……。やっと会えたんだけどな。』
『え?』
『あ、いや。せっかく仲良くなれたのにな。』
『…あぁ、俺も。なんかさっき会ったばっかなのにさ、すげえ世話になったわ。ありがとな、笠原』
あいつは、無理矢理作った笑顔を見せて、背を向ける。
ーバカ。こんな時まで強がってんじゃねえよー
なんか、なんか言わないと。
『おいっ!浅野!!』
浅野が振り返る。
『いや、あの……。監督の…親戚からの命令だ!我慢するな!泣きたいなら泣け!俺は、帰る!!』
我ながら下手くそな励まし。そんなことしか俺はできなかった。でも、あいつは受け止めてくれた。そして、そこで泣き崩れた。
俺は、そんな浅野を背に、現在へと戻っていった。
『こんな感じだ。』
菊池には過去に戻っていることがバレない程度に話した。
『そうなのか。そんなことが。だから学校辞めたのか…。』
菊池は全てを聞いて、何とも言えない感情を浮かべていた。
『あぁ、野球部が原因じゃなかったんだ。』
『でも…結局あいつは俺のこと…恨んでるよな…。あんな言葉を浴びたまま、辞めることになっちまったんだから。俺はもうあいつに…合わせる顔が…ないな…。』
『…それで…いいの?』
亜沙美が沈黙を破る。
『本当にそれでいいの?浅野くんと菊池くんって凄く仲よかったんだよね?こんな終わり方でいいの?』
『…嫌に決まってんだろ?正面からしっかりと謝りたい。全部。だけど、俺があいつに会ったらさ、辛さが二重になっちゃうだろ?もうあいつに辛い思いさせたくないんだよ…』
菊池は悔しそうに下を向く。
…こいつは、最低な奴だ。最低なことしてるから、自業自得だろうと思っていた。
だけど、浅野の思いを感じて、こいつの悔しそうな横顔見たら、もう助けるしかねえだろ。
『おい、菊池!』
突然発せられた俺のデカイ声に、菊池は顔を上げる。
『浅野がどんな思いだったか、あいつがお前にどんな感情を抱いていたか。お前が自分の目で確かめろ。』
そういって俺は、一冊のノートを差し出した。
『これって…』
『浅野の…ノートだ。汚い字だけど、かろうじて読めるから…。ここに、全部書かれてる。
ちゃんと読んでやってくれ。』
『ここに…全部…浅野が…?』
そう呟くと、菊池は震える手でノートを開いた。




