5話 謎
沈む。沈んでいく。
いつもこの感覚だ。
水の中に沈んでいく感覚に似ているが、息はできる。途中で意識が途切れ、気づいたら過去に来ている。
今でこそ慣れたが、初めてこの能力を使用した時は訳が分からなかったし、普通に死ぬんだなって思った。割と怖いんだよ、これ。
そうしてまた、目がさめる。
『こ、ここは…』
辺りを見回す。住宅街、時計を気にしながら小走りするサラリーマン、とてつもない香水の匂いをさせながら歩くOL、異常にデカイ声で話す女子高生。なんでもない風景の中に俺は戻って来ていた。
まず状況を把握するため、植え込みから身体を出して、何気なく左右を確認する。
『あ、この家…』
俺が見た先に、あの家があった。老夫婦のあの家。廃墟の時も薄っすら感じてはいたが、なかなかの大きさだ。2人で住むにはもったいないくらい。前見た時は、ボロボロだったが、今俺の目の前にある家は、人が住む温もりみたいなものを感じ取ることができた。
老夫婦に、色々と話を聞かないとな…
そう思った俺は、身体中に付いた葉っぱやら枝やらを払いながら、玄関に向かい、昔ながらのインターホンを押す。
『…はい。』
『あ、突然すいません。俺、高校生の笠原詩音と言います。今、お話ししてもいいですか?』
『えぇ、どうぞ。』
『今、高校の課題で「家の造りを考える」っていうのが出てて、身近にある気になる家を調査しろって言われてるんです。それで、実は俺、割と前からこの家のデザインが好きだったんです。良かったら色々と聞かせていただきたいんですけど、お願いできませんか?』
少しの沈黙の後、
『分かりました。どうぞ?あまりおもてなし
できないけど、大丈夫かい?』
『全然大丈夫です!すいません、ありがとうございます!』
こんな適当な理由でも通してくれるんだから、優しい人に違いない。
俺は心の中で、謝罪を繰り返しながら家の中に入っていった。
中は、とても綺麗に保たれていて、畳独特のいい香りがした。造りは、和風って感じの凄く雰囲気がある家。なんだか居心地はすごく良かった。
『今、お茶淹れますから、そこに座っててもらえますか?』
『はい、ありがとうございます』
俺は、和室の座布団の上に腰を下ろした。
マジで落ち着く。耳を澄ますと、お茶を入れる音が聞こえてくる。
『はい、どうぞ』
綺麗な緑色をした緑茶が運ばれてきた。茶柱は…立っていない。
『宿題、大変だねぇ…。家について聞きたいんでしょ。わたしで答えられることはなんでも答えますよ』
『あ、じゃあ早速…』
俺は、怪しまれないよう、最初は家の造りのことや工夫について聞いてみた。おばあちゃんは、とても親切に答えてくれた。話も面白く、自然とこっちも笑っていた。
一通り「課題」についての話を聞き終えた後、家族構成や最近の話についても教えてくれた。
夫と二人暮らしだということ。うちの高校出身で、演劇部として活躍してたこと。今は8歳の孫がいて、よく遊びに来ること。それらを嬉しそうに話してくれた。
『あれ、そういえば旦那さんはどこにいるんですか?』
『お爺さんは、二階で寝ているよ。昨日2人で山に登って来てね。疲れちまったんだろうね』
『元気っすねえ、俺なんか絶対無理』
『若いのに何言ってんの。身体動かさないと、早く逝っちまうよ』
そんな何気ない会話?を陽が傾くまで楽しんだ。
『うちの孫もね、ほんとに可愛くてね、この前なんか…あら、もうこんな時間ね。わるいねぇ、あなたと話してるの楽しくてつい…』
『いえ。こちらも凄く楽しかったです。ありがとうございました』
そう言って立ち上がり、地味に痺れた足を引きずりながら帰ろうとすると、1つの箱が目についた。
『あ、これって…』
『あー、孫がね、遊びに来るたびに家からおもちゃを持って来てね、そのまま置いていくんだよ。今では溜まりに溜まって箱一杯になっちゃったねぇ』
そんな話を聞きながら、何気なくおもちゃを1つ持ってみる。
『うわ!懐かし!これって「ベアートーク」じゃないですか!クマのおもちゃと話せるんですよね!子供の頃、よく遊んだなぁ…』
『おや、おかしいねぇ?それは確か去年発売したって聞いたけど』
やばい、ミスった!
『あ、いや、えーと。これって実は4代目なんですよ!俺が遊んでた奴は初代でね、ほら、この裏に書い……え?』
俺は、突然目に入ってきたものに言葉を失った。途端に心臓がバクバクする。鼓動が抑えられない。なんでこんなところに?どうして?
『ん?どうかしたの?』
おばあちゃんの声で我にかえる。
『あ…いや…』
『あ、あのすいません。1つだけ聞いてもいいですか?』
混乱する俺は、頭に浮かぶ唯一の質問をぶつけてみた。
『あぁ、そうだよ。失くさないようにね、書いてあるんだよ』
当たってしまった。俺の予感が的中した。
予定ではこの後すぐ、現実世界に戻ろうと思っていた。
でも、このままじゃ戻れない。戻っちゃいけない理由ができた。
『あの、ありがとうございました。色々と聞けて楽しかったし、お茶も美味しかったです』
『いいんだよ。私もこんなに他人と長く話したの久々で楽しかったよ。また、暇な時にでもおいで』
『………』
『ん?どうかしたかい?』
『あ、いや…すいません。そうですね、
また今度…』
そう言って俺は静かにドアを閉める。
ーまた今度ー
そんな何気ない言葉が今は重く心に残る。
過去に戻れば、こんな風に死んでしまった人に会うこともできる。話すこともできる。
だが、これから彼らに訪れる残酷な未来を変えることはできない。伝えることもできない。
だから、結局死ぬほど辛い。
そして、無理やり過去を変えようとすると、必ず最悪の結果が待っている。
ーもう、あんな思いはしたくない…ー
『ごめんなさい。ありがとう…』
俺は辛い気持ちを押し殺し、次の目的地に向かって歩みを進めた。




