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prologue 流れの冒険者


1メル=1メートル





 太陽が昇る前の朝靄が掛かった公道の中、シルヴァはティーゼ――馬よりもガタイが良く、長いこと走行できる四足歩行種の動物。正式名称はバウル――を走らせていた。計算上、全速力で走らせれば二時間程度でリーウ村に到着するだろうが、別に急ぎの旅路では無かった。

 それにティーゼはあれこれと命令するとプイと顔を背け微動だにしなくなる。気位が高いというか、乗り手に遠慮をしないというか……。全く以て面倒だ。

 仕方がないからシルヴァは何も言わずにティーゼを走らせるが、それと同時にティーゼが乗り手(シルヴァ)の心情に配慮してくれるのも理解していた。バウル種は高度な知能を持ち合わせているのだ。

 何も言わなければ何も言わないなりに、適度な速度で走ってくれる。

 これがまた本当に快適なのだ。フサフサの毛並みが気持ちよいことを知っているから、思わずティーゼの上に寝そべりたくなる。しかし伏臥してしまえば即座に睡眠に入ってしまう。そのくらいにシルヴァは眠かった。

 欠伸をひとつし、シルヴァはティーゼの頭を撫でた。

 彼らはゆっくり進んでいく。


「バウバウ」

「どうした?」


 突如としてティーゼは鳴き声を上げ、足を止めた。

 このような鳴き声だから、先人はこの馬もどきにバウルという名を付けたのだろうか。あまりにも単調なことだなあ。などと考えながらシルヴァは辺りに視線を彷徨わせた。バウル種は人間より余程気配に敏感だ。この声に幾度も助けられてきたことを思い出しながら、シルヴァは首を左右に振る。

 とはいえシルヴァの目に見える範囲には人っ子ひとり居ない。左方には長閑な畑。右方には延々と続く林木と共に、点々と光っている物体が見えた。魔結晶だ。

 人の手が入っていない地――特に森の奥などには多くの魔物が住んでおり、

 整備された公道には大抵道しるべのように魔結晶が置いてある。これが置いてあると魔物が寄り付かなくなるのだ。おかげで命の危機はグンと減少する――


「っと待った。魔結晶が消えてやがる」


 一定間隔で設置されているはずの魔結晶が、ある地点で幾つか消光していた。


「バウバウ! バウバウ!」


 先ほどより威勢の良い声を出したティーゼとは逆に、シルヴァは辟易とした声で答える。


「分かった分かった。お前の言いたいことはよーく分かった」


 恐らく魔物だろう。

 邪魔だった靄が消え始め、魔物の姿を確認するとシルヴァは盛大なため息を吐き出した。

 路傍の石のようなくすんだ灰色。荒い唸り声。大体1.3メルほどの大きさ。

 間違いない。魔犬(ダーウィズ)だ。呼称の通り犬型の魔物で、危険度は六等。注意すべきは尖った犬歯と脚力。群れを成していると少々厄介かもしれない。

 とは言え、驕るつもりは毛頭ないが魔犬(ダーウィズ)ごときに後れを取りはしない。これでも一年近くはティーゼと二人旅をしており、この程度の魔物は何度も倒してきたのだ。

 二匹の魔犬の奥に、全長四メルほどの黒の斑模様が地面に這っているのを確認し、シルヴァは目を鋭くさせた。


夜蛇(ケアトル)か……面倒なこった」


 危険度は五等。魔犬(ダーウィン)より危険だ。放っておくと魔法を放ってくることがある。


「チッ。完全にこっちを見てやがる。しょうがねえ、やるか」


 まあ、気付かれていようが気付かれていなかろうが、立場的に魔物は殺さなければならないんだけどな。

 相手を睨み付けたまま、シルヴァは自分の胸元に掛けているネックレスに触れた。別にネックレス本体に触りたいわけではなく、彼の真の目的はネックレスの中心に付けられている羽に指を置きたかったのだ。シルヴァは翡翠色の美しい羽に指を滑らし、感触を確認して自身を落ち着かせた。

 ドクドクと高鳴る鼓動が静まっていくのを感じる。

 シルヴァは己が魔物と戦う度にどうしようもなく戦意が昂揚してしまうことを知っていた。そしてその状態のまま戦闘に突入してしまうと危険であることも知っていた。感情は高ぶってもいけないし、低くてもいけない。

 けれど、どんなに気持ちを静めようと思っても一人ではできなかった。

 故にシルヴァは羽に触れる。


 胸が温かくなる。

 打ち鳴らす拍動がある。確かにある。

 大丈夫。きっと彼女(・・)が守ってくれる。


 シルヴァは羽から指を離し、手慣れた様子で双剣を抜いた。


「ティーゼ。下がってろよ」


 いつもはゆさゆさと振り回している尻尾が垂れ下がっているのを見、シルヴァは苦笑する。やはり魔物と対面するのは緊張するのだろうか。それともこちらを気遣っているのだろうか。

 しっかりと休息していないため、確かにマナは回復していないが――


「心配すんな。それよか噛まれんなよ。あとで治療すんの大変なんだからな」


 軽口を叩きながらマナを身体中に巡らせる。マナで肉体を活性させ、身体能力を劇的に上げていくのは魔物と戦うときの基本戦術だ。手足が軽くなりエネルギーが充足していくのを感じると、シルヴァはティーゼの背中から跳躍して地面に飛び降りた。

 こちらのマナは僅かで相手は三体。

 攻撃を受けて捌いて反撃して――などと受け身に回っていたらマナが足りなくなる。時間を掛ければ掛けるほど不利になってしまうのは目に見えている。ここは自発的に動いてこちらが先手を取る。

 幸い夜蛇ケアトルには機動力がない。ジリジリと地面を這い蹲って徐々に距離を詰めてくるはずだ。だからセオリーとしては先に魔犬ダーウィズを片付けるべきだ。

 数多くの戦闘経験からシルヴァはそう結論付けていた。

 シルヴァと魔物達の距離は軽く30メルは離れているが、マナで強化したシルヴァの身体はその距離を容易に踏み抜く。魔犬ダーウィズ鼻先まで辿り着くと、まず左側の魔犬ダーウィズを左手の剣で切り裂いた。フェイントも何も無いただの切り上げだ。

 魔物が警戒を露わにする前に絶命させることができるのは、それだけシルヴァの速度が異常だということを示している。


「一匹」


 仲間が殺されたことに激怒したのか、二匹目が唸り声を上げながら飛び掛かってくる。しかしシルヴァは慌てない。この程度で彼の生命が脅かされることはない。噛み付こうとして口を開けた魔犬ダーウィズの目を見ながら右手の剣で脳天から切りつけた。


「二匹」


 二体の魔犬ダーウィズからほぼ同時に血が噴き出す。返り血を浴びながらシルヴァは笑みを漏らした。


「あとはお前(夜蛇)だけだ」


 シルヴァが眼前の魔物を睨み付けながら言うと、夜蛇ケアトルは真っ赤な舌をチロチロと出した。そして大きく口を開ける。


「魔法か!」


 魔法――体内に存在するマナを利用し、世界の理を書き換え異能の力を顕著させること。奇跡の力。魔法術。などなど、色々と呼び名はあるが、たとえばこのように何も無い空間に火球を浮き上がらせたり、たとえば水膜を張り防御に利用したり、たとえばマナで見えない刃を作ることもできる。

 急激なマナの膨らみと可視化された火球を見て、その場で横に飛び跳ねた。数個の火炎弾がシルヴァの肌を舐めて、辺りの地面に窪みを作っていった。


「あぶねえ……っての!」


 火炎弾をギリギリ避けたシルヴァが一瞬で夜蛇ケアトルの前に足を進め、両手で交差させるように切り刻もうとし――硬い音が鳴る。


「弾かれたか! やっぱりそんままじゃ無理だな」


 やはり五等クラスの魔物になると表皮が硬く、ただそのままに武器を振り回すだけでは傷一つ付かない。自身の身体に纏わせていたマナを双剣にも纏わせると、赤銅色の剣が鈍い煌めきを放った。

 武器にマナを纏わせることにより、切れ味をよくするのだ。


「逝ってくれ」


 再度同じ動作で夜蛇ケアトルを切り付けると、今度は抵抗なく夜蛇ケアトルの身体に剣が通っていった。胴体と首が分離し、夜蛇ケアトルの目が濁ったのを見てシルヴァは安堵のため息を吐いた。


「魔石、拾わねえとな」


 魔物は例外なく体内に魔石を埋めており、魔石を加工すると武器にもなるし魔結晶にもなるのだ。加工する術を持っているシルヴァにとってはこの魔石が旅の路銀になる。

 とは言っても六等二匹と五等一匹だ。


「あー……ボロボロだ。こっちはちょっと大きいな」


 魔物の等級が高ければ高いほど大きな魔石が拾えるのだが、今回の魔物は比較的弱かったため魔石も小さい。


「まあ、使い道は色々あるからいいんだけどな。 おーい! ティーゼ!」


 シルヴァが叫ぶと、どこからともなくティーゼが現れた。ティーゼの背に詰んである荷物から魔結晶を取り出し、消光していた魔結晶と取り替えた。

 ついでに血の付着している屑魔石を荷台に入れようとすると、ティーゼは露骨に嫌そうな顔をした。


「汚いのは分かるけどさ……」

「バウー……」

「村に着いたら美味いもん喰わせるから。それでチャラにしてくれ。な?」

「バウー……」

「よーし分かった。草だけじゃなく肉も買う。これでいいな?」

「バウバウ」


 機嫌を直してくれたようで何より。


「それにしてもなんで魔結晶が切れてたんだろうな」


 もちろん魔結晶は万能な結界ではない。魔石に注力されたマナは徐々に効力を失っていくものだから、マナ切れを起こしていても不思議ではない。ではないのだが、同時に幾つも切れることは稀だ。少々不可解だ。

 マナを切らした魔結晶をまじまじと眺めてみる。罅が入っていて、もう再利用もできないだろうと思えた。


「えーっと……この字ぃ汚えな。……これを設置したのはリーウ村か。ちょうどいい」


 この付近の魔結晶の管理はリーウ村が行っているらしい。魔結晶に村名が書いてあった。

 おそらく杜撰な管理体制なだけだと思うが、その辺りも含めて村長なりに尋ねてみよう。


「行こう。ティーゼ」


 剣を何度が振って浴びた血を払っていると、朝日がシルヴァの横顔に当たった。思わず顔を顰める。


「良い朝だ……って言いたいけどホントに眠いな……とっととリーウ村に行こう」


 乗りやすいよう膝をくの字に折ったティーゼに跨がると、シルヴァは身体を仰向けにして倒れ込んだ。


「全速前進!」


 空元気でそう呟いてから一時間もしない内に、リーウ村に辿り着いた。


「お疲れさんなあ」


 ティーゼを労いながら、村の衛士に声を掛けた。

 特段栄えている村でもないのか、衛士は一人だけだし武装も貧弱だった。

 薄そうなプレートメイルを着、銅で出来た槍を地面に突き刺している。こちらが近付いても特に構える様子が無いことにシルヴァは首を傾げた。緊張感がなさ過ぎる。というか、もしかして訓練さえしていないのではないだろうか。自分の武器を取るそぶりさえ見せないし、何より既にシルヴァが槍の間合いより内側に入っていた。

 もしこれが都市圏の兵士なら確実にクビだなと思いながら、シルヴァは衛士に確認を取った。


「お前はこの村、リーウ村の衛士だよな?」

「そうだが」

「宿屋はあるか?」

「勿論あるぜ。……しっかし、お前さんは一体ナニモンなんだ? その風貌……」


 衛士が不思議に思うのも無理はない。

 まず目に付くのがシルヴァの身に着けている鎧だ。焦げてしまったかのような茶味がかった色をしている。しかし、どの貴金属を使ってこの鎧を作ったのか、衛士には皆目見当も付かなかった。色合い的には銅製に近いが、金属特有の光沢が無い。何かの皮を使ったものと判断したが、疑問に思う。

 この薄皮鎧で魔物の攻撃に耐えられるのか?

 所々血液が付着しているが、眼前の男のものではなさそうだった。けがをしている様子はない。

 他に見える武具は腰回りに差している二本の剣であった。

 両手持ちの剣だろうか。それにしてはかなり身幅が薄く、魔物を切り捨てるには威力が足りないように思う。何度が震えば真っ二つに折れてしまいそうな剣だ。それぞれを両手に持てば手数が増えるが、相応の膂力や握力がないと振るい続けることはできないし、それでも威力が足りないのは変わらない。衛士が見たところ、この男は細身でもなければ大柄でもない。もしかしたらマナの扱いに長けており、威力を上乗せできるのかもしれないが。

 なんにせよ、衛士は盾を持っていない剣士など見かけたことがなかった――ハッと息を詰まらせ、その場から一歩だけ下がった。


「そ、その派手な見た目! お前は傾奇者かぶきものって奴か? 金品食料を略奪したり女を攫ったり挙げ句人殺しさえする――その血は誰のものだ!」

「これは魔物の血だよ……」

「イマイチ納得しかねるが」

「続けても納得しないさせられない不毛なやりとり……俺眠たいんです眠らせてください……」

「せめて頭髪の色だけでも変えないか?」

「これは俺のトレードマークみたいなもんだからなあ」


 髪を掻き上げながらのたまう男に告げる。


「不気味な奴だ」


 衛士自身の髪の毛は栗色だ。木こりの父親も農作物を売っている母親も自身と似たような色なのだが、衛士の眼前に佇む男は彼が見てきた人間の中で――獣人だの竜人だのといった存在も含めて――初めて見る髪の色だった。

 白でも赤でも緑でも黄でも茶でも灰でも金でも銀でもなく、黒髪。

 漆黒が揺れていた。


「不気味でもなんでもねえよ。俺は――流れの冒険者だよ」




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