まつろわぬ者達
ランドール公国首都リュティス。
クリフ大公の居城で御前会議が連日連夜行われ、中央地帯での戦略の見直しや、フランクリン国門を全軍をあげて防衛する事、首都機能を移転させる事など、様々な事柄を話しあっている。
そしてランドール公国がいよいよ保たない刻がきたら、是が非でもクリフ大公陛下とそのご家族だけは、友好国へと亡命していただく段取りを、先代から付き従う老臣達が秘密裏に行っている。
かつての蜜月時代のまま、セレスと共に共存共栄の時代を懐かしく思いながら、机の上に広がる戦力分布図で、彼我の戦力差を見比べている。
北部全域には、陥落を表す赤い×印が無数に書き込まれ、今もまた新しい×印が地図上にマーカーされている。
先代大公達が築き上げた栄光は、3代目の無策な拡大政策の影響で、砂上の城になりつつある。
敗北を悟った国民達が、近隣諸国への亡命を願いでて、国境付近は難民の群れで溢れているようだが、敵の多いランドール公国民は袖にされ、待ち惚けの扱いを受けているとの情報も届いている。
弱り目に祟り目、友好国の少なさがここにきて災いし、後はセレスの属州になるか、諸列強に分割統治され、ランドール公国という国は歴史の中に消え去る運命かもしれないが、まだ刻はある。
フランクリン国門で粘り、闘いよりも講和と、セレス側に認識させることが、生き残る唯一の策である。
「そうだ!海洋を渡りしニミッツ達に、ダールトンの増強艦隊で援護し、セレスの軟弱者達に天誅を下してやる!更なる軍団を派兵し、ギフト持ち達も増員する。私の国は無敵なんだ!そう、私の国は大陸に覇を唱えし偉大な国だ!」
だが国家の象徴たる大公は、この御前会議には出席していない。今日も自室へと引き籠り、空想上のありもしない大戦力でセレスを蹂躙する妄言を呟き続けている。心の病を患っている。
御前会議を取り仕切っているのは、先代からの腹心たるイズマイル卿と、まだ幼ないながらも聡明な、クリフ大公の一人娘のチェルシー公女殿下だ。
「父上は今日も心の病かイズマイル?」
「はいチェルシー公女殿下、大公陛下は過去に囚われ現状を見渡せぬご様子であります。気遣う大公夫人のお身体も、心配せねばなりませぬ」
「そもそも私は大陸派兵は反対だったのだ!国力差が歴然の大国セレスに、新興国である我が国が挑んだらどうなるか、だから曾祖父や祖父は、セレスとの平和協調路線をとっていたのにっ…!」
「チェルシー殿下、全ては過去の事にございます。時計の針は戻せませぬ、ならば如何にこの国を延命するか、その方策を立てませんといけません」
机を叩きつけるチェルシー公女と、老臣たるイズマイル卿が穏やかな口調で公女を鎮めている。血気盛んな性格は父親譲りでそっくりであった。
「そうね、すまないイズマイル。現状はフランクリン国門で攻勢を阻んでいるのよね?セレスと和平の連絡はついた?」
「はい、フランクリン国門で我が国軍は健闘しており健在です!連絡はこちらからしているのですが、セレスの革命政府からは同じ返信しかありません」
「…例の文章?」
「はい、そうであります殿下!」
文官が手渡した文書は、セレスの国章が捺印された正式な物であり、降伏勧告でもなければ、関係修復を求めるものでもなく、単純に絶縁を告げるものだ。
『この様な事態を招いたランドール公国には、相応な代価で代償を求める。国土を荒らし、我が国の民を無為に苦しめた罪はなによりも重い。我々と貴国の関係は最早破綻していると言っていい、そんな国との関係を清算したい我が国にとって、貴国の要求は決して受け入れられない。これは革命政府と、セレスの総意である。我らが信奉するセレス神の元、貴国に鉄槌を下す』
「外交努力は完全に手詰まりですチェルシー殿下、フランクリン国門が抜かれたその刻は、大公陛下と共に亡命していただきます!異論は認めません!」
「嫌よ!絶対嫌!自分の国が苦境なのに、どうして自分達だけ逃げださなきゃいけないのよっ!」
「…殿下、ランドールの血筋は絶やしてはなりません!殿下達さえ生き残れば、完全な亡国とはなりません!」
「なんでよ…。どうしてイズマイル?生まれ故郷が無くなるのは嫌よ…」
「殿下、わかって下さい。私達とて最善を尽くし殿下達を支えますが、我が国を取り巻く状況が悪過ぎます」
机に突っ伏すチェルシーを、居並ぶ大臣や文官達が沈痛な面持ちで見つめる。
イズマイル卿とて諦めたくはないが、時代の流れには逆らえない。
こんな激動の時代に先代大公殿下なら、なんと答えるか?
イズマイル卿はただ天を仰いでいた。




