閑話 軍服のアンリエッサ
セレスのランドール本土攻略は、順調に推移していた。北部地帯のほぼ全域を占領下に置き、抵抗を排除しながらに中央地帯攻略の橋頭堡を築いていた。
ランドール側も、セレスの動きに対応する為に中央地帯に戦力を結集させ、首都を死守する構えを見せている。
場合によっては、首都を南部へ遷都させる動きもあるが、問題点はそこではない。進軍の足を止めてでも、セレス側が中央地帯に直ぐ様攻略を開始しないのには訳があった。
ランドール公国首都リュティスは、険しい山脈を超えたなだらかな盆地に位置し、天然の要害となっている地理的要因が懸念事項となっていたからだ。
先遣隊を何度も返り討ちにした山脈を切り開いた国道の中間にある、首都リュティスの玄関口たるフランクリン国門を、どう攻略するか上陸部隊首脳部は頭を抱えている。
強引な力攻めはいなされ、鉄壁と呼ぶに相応しい防御力を持ち合わせた、『ランドール公の盾』の異名を、身を以て感じているセレス側。国門には様々な兵器が外敵を排除せんと、徹底抗戦の構えだ。
そんな事情は知らないとばかりに、アンリエッサとマネキン達は、ランドールでの道草を思う存分楽しんでいた。
セレス側が接収した北部の街を散策しながら商店を覗き、双子の機械人形の主人の土産物を吟味したり、運悪く捕まった現地人がセレスの兵士に慰み者にされているのを眺めている。娯楽か何かの様に。
【アンリエッサ、アンリエッサ!これは何?あれは何?此処は何て場所?】
【此処は食堂で、あっちは郵便局、それでこっちは銀行よ。どれも人々の暮らしに必要な場所であり、なくてはいけない施設よ。用途によって使われ方は異なるわ、まぁ記憶の端にでもとめときなさい。いずれ役に立つかもしれないしね】
【アンリエッサ、あれは?】
【あぁ、あれは他者を屈服させたいという原始的な欲求の一つだわ。人には食欲、性欲、睡眠欲があるとされていて、どれか一つ欠けたら、身体に支障をきたすとされているわ。私達機械人形に無い、生理現象と呼ばれる類ね。衝動的な欲求とも言えるわ】
【…?、よくわからないや】
質問責めのマネキン数体が首を傾げ、アンリエッサを食い入る様に観察する。
アンリエッサもまた、マネキン達に諭す様に、懇切丁寧に教えている。
【つまりね、私達は闘うことが存在証明の手段だけど、あれは彼らなりの存在証明の一種なの。自分達の種の保存を優先した行為だとか、快楽目的とか、理由はまちまちで、発作みたいなものよ】
【うーんそうなんだ、やっぱりアンリエッサは物知りなんだね!】
【…そんな事ないさ】
マネキン達とアンリエッサの講義が続く中、セレス兵達の略奪や陵辱、火付けに私刑など、悪徳の限りを尽くすセレス兵達。指揮官達は本気で止めようとせず、その行為を逆に推奨している節がある。
マネキン達とアンリエッサの講義は続く、街の中を散策しながらに。
「やぁ、ご苦労様。指揮官はいる?」
「ん?なんだあんたは?指揮官殿は奥でお楽しみ中だ。用件は俺が聞こう、なんならあんたも混じるかい?」
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる下士官と、その取り巻き。女性であるアンリエッサを蔑視する様な、粘つく視線が飛んでくる。
アンリエッサは数体のマネキンに指示を出し、彼らの指揮官に会いにいく。
「そう、用件は私が直接聞くわ。あんたらはこの馬鹿達を見張ってて、本当気分が悪い。間違っても壊しては駄目よ、一応は彼らは私達のお仲間だからね。いい?」
「あーい、善処しまーす」
「徹底しなさい、印象を下げると後々動き辛いからね。双子のご主人様への報告もしなきゃだし、色々面倒ね本当」
ずかずかとガラの悪い下士官達の間を縫う様にしてアンリエッサは歩き、マネキン達がその下士官達と相対する様に佇んでいる。
下士官達ははやくも喧嘩腰だ。
指揮官達のおこぼれにあやかろうと、下士官達は時間潰しをしたいのだろう。
「なんだぁ、お前らは?」
「僕達は人形さ、言葉通りのね。君達を壊すなと言われたけど、多少のお仕置きなら許可されているんだ。大人しくしてね?」
「意味わかんねぇことをっ!」
「あーあ、忠告したのに…」
マネキン達と下士官達、どちらに軍配が上がったかは言うまでもなく、折檻された下士官達がぐったりと横になっている。
アンリエッサが奥の士官室の扉を無造作に開けると、そこには嬌声が上げる何人もの女性と、指揮官達がいた。
まだ年端もいかない娘や、人妻、あどけない少女など、彼らの守備範囲は広いのだろう。彼らは行為に夢中で、アンリエッサの訪問には気づいていない。
「こんにちは、ここの指揮官に話があるんだけど。誰が一番偉い人かな?」
「ん…?悪いが後にしてくれ、今…、とてもいい感じなんだ」
「…やっ、…やだ」
盛りのついた猿と一緒ね。
彼らは軍服を纏った動物だ、躾は大事と双子の主人も言っていたし、彼らには身体に教え込まないといけないか。
本当、面倒な事が続くわ。
気が滅入るけど、仕方ないわね。
ゴンッ…。
素手で民家の壁に大穴を開け、指揮官達に殺意の念を飛ばす。
圧倒されたのか指揮官達の動きが止まる。
「いつまで乱痴気騒ぎをしている、指揮官を出せといっているんだ!この猿共がっ!我々の本分はなんだ?言ってみろ!」
「私が、ここの前線指揮官だが、…これは一種のガス抜きさ。戦う事が本分なのは、言われずとも理解できるが…」
「理解しているだと?ならさっさと軍議を始めろ!出来ないなら、私がお前達を戦死扱いにしてやろうか?作業にかかれ!」
「は、はいっ!失礼しました」
ばたばたと脱ぎ散らかした軍服を拾い、慌てて民家を後にする指揮官達。
残ったのはアンリエッサと複数の女性達で、警戒の色を消さず、アンリエッサに対し戦々恐々といった様子だ。
「そう怖がらないで、貴方達には悪いことをしたわ。今部下に何か羽織るものを持ってこさせるから、水は飲める?」
「…セレスの軍属に施しは受けない!」
「随分と嫌われたものね、後で食べ物も運ばせるわ。貴方は怪我してるね、ちょっと見せなさい。包帯はあったかな」
薄い肌着姿の女性に、自分の軍服の上着を着せるアンリエッサ。すると安心したのか、警戒心を数段下げた女性達。
疲弊した彼女の頭を撫で、優しく抱き締める。何故そうするかはわからない。
そうするのが自然だと感じたから。
「…その、ありがとう。本当は怖かったんだ、皆散り散りになった後、…直ぐにセレスの奴らが来たから。私の親戚も、家族もどこにいるか、…わから、ないの」
「そう、怖い思いをしたんだね。けど大丈夫よ、大丈夫だから。泣かないで」
泣き崩れた女性の身体を、落ち着くまでアンリエッサは抱き締め続けていた。




