亡霊の正体
マリーベル線ニミッツ軍団司令部、そこはセレス人民主義連邦との戦いの頭脳部であり、前線部隊にいる兵士達の心の拠り所となっている。
そもそも湾岸部に展開するエリート意識の強い海軍と、陸軍とでは主義主張も違うところがある。
だが大陸の軍事行動の全権を、本国の三代目ランドール大公に任命されている立場にあるニミッツ中将にとって、そんな事は些末な事であった。
今の関心事は他にある、身内同士の足の引っ張り合いなど徒労だ。
建設的なものではない。
そんな事を思いながら観葉植物に水をやり、部下達が来るのをのんびりと待つニミッツ中将。
やがて扉が丁寧にノックされると、二人のギフト持ちが入室する。
敬礼しながらに挨拶する二人。
「ミラー少佐入ります!」
「同じくジェイコブ大尉です!」
「よくきた、よくきた。先ずは椅子に掛けなさい、コーヒーと紅茶はどちらがいいかな?私のオススメは紅茶だよ、先ずはくつろいでくれ」
車椅子を動かしながら、二人を対面に座らせると、早速とばかりに中将に今回の招集の件を聞くミラー少佐。
「中将!何かあったのですか?セレスの部隊の攻勢なら、マリーベル線内で部隊を動かしませんと!それから…」
まくし立てる少佐を手で制すると、ニミッツ中将はゆっくりと口を開く。
「急いては事を仕損じると、ことわざにもあるミラー少佐。いやヨハンナ、また随分とやんちゃしたようだな?謹めとは言わんが、やり過ぎも良くない。恐怖で人を縛ると、それだけ反発もうまれる。わかるねヨハンナ?」
「はい、以後気をつけます閣下。ですが言わせて下さい!奴らには更正の可能性は皆無でした、あのような屑共は閣下の軍団にはいらないでしょう。故に私自ら愚か者共を処断いたしました!」
軍規に重きをおく堅物のような女性を横目に、ジェイコブ大尉は柔和な笑顔を浮かべたまま、中将と会話する。
「閣下、堅物の少佐にはいまいち響いておりませんね。これは参った、お手上げですよ私は、まったく…」
「ジェイコブ、口が過ぎるわね」
「おや、そうですかねヨハンナ?それで中将、今回の御用向きは?」
飄々とヨハンナの視線をかわすジェイコブは、宥めながらに本題へと移る。
ここにきた理由の訳を聞くため。
朗らかな笑みを浮かべたまま、中将の声のトーンは一段階下り、部屋の中の空気ががらりと変わる。
「そうであった、そうであった。実はだな、最近セレス側の無線傍受の際に、頻繁に登場するベロニカの亡霊と呼称されるギフト持ちの存在を確認した。その正体不明なギフト持ちは、どうやら我が軍の部隊と協力しているそうだ」
「ま、まさか…、その生き残って協力している部隊というのは…」
「私の推論だが、おそらくはティル准尉達の部隊で間違いないだろうと、私は思っているのだよ。ベロニカの亡霊という存在が、頻繁に無線に登場するのも今から5日程前、時期も合致する…」
戦死したものだと思っていたティルが生きていた、ヨハンナの歓びは底知れないものであった。
中将の言葉も、ヨハンナは右から左へと流れていっている。
そんな上官を尻目に、ジェイコブ大尉は中将に先を促してゆく。
「その亡霊が、敵の大部隊を引きつけ過ぎて、マリーベル線にまで被害が及ぶのを防げと?そういうことですか」
「理解がはやくて助かるよ大尉、部隊を幾つか貸そう。あわせて噂の亡霊の正体を掴め、情報を集めろ大尉!」
「はっ、了解しました中将!」
「馬鹿共を再教育してやりますね中将、敵のギフト持ちが来たら、それこそ御の字ですよ。返討ちよ…」
自分の世界からかえってきたミラー少佐は、大尉と共に敵の殲滅に、並々ならぬ情熱を燃やしている。
「では、両名共に任務を遂行しろ!この大陸の戦いは挽回できる、まだ我々の敗北が決まった訳ではないのだ!必ず盤面に勝機がある、頼むぞ」
カムロレーゼン会戦での敗北は、中将の華々しい戦歴の汚点となるばかりか、指揮を執っている最中に砲撃を受け、中将は脊椎を損傷し、下半身さえも奪い去った忘れがたき出来事であった。
本国からの人事局が、何度も配置換えの辞令を携え、本国で傷の療養を勧めるのを強引に跳ね除け、頑なに指揮官の座を降りようとはしなかった。
「私はな、セレスの者共に復讐せんと、どうにかなってしまいそうなんだよ。それほどまでに奴らを憎んでいるし、私は倒れるまで闘争をやめるつもりはない。大公殿下にはニミッツは戻らんと、お伝え願いたい…」
ニミッツ中将の瞳は、どこまでも仄暗い輝きを放っていた。
病的なまでのなにかを抱えながら…




