先行きを案じる者達
海戦を経て、セレスはランドールの支配領域を奪還する。沿岸部を奪還した事により、悲願であるランドール本国への上陸作戦が即日発動され、セレス革命政府主導の元、大軍がランドールへとピストン輸送されていく。
その大軍を、ランドールは止める手段は最早ない。ダールトン中将麾下の艦隊は喪失し、遠征軍の中心人物たるニミッツ中将が心血を注ぎ建造中であったライナレス線は、存在意義が失われた。
目下、セレスにとっての最優先目標はランドール本国となり、物資の補給が滞った遠征軍は目の上のたんこぶ程度の認識となってしまった。
なにより内陸部より迫るセレスと、沿岸部方面より来襲するセレスにも警戒せねばならない、二つの戦線を抱え込んだのは致命的であった。
セレスの先遣隊はランドール北部地域に上陸し、早くも方面軍との戦闘が開始され、戦力増強の為に中央軍も動員されているとの話だ。
総力戦の様相を呈しているこの戦争。
セレスの我武者羅な姿勢に、カムロ・レーゼン会戦以降守勢であったランドール側は、いよいよ困窮していた。
遠征軍側も今後の方針を話し合うべく、ライナレス線で緊急の軍議が開催され、会議室で士官達が管を巻く。
「ニミッツ中将、ダールトン中将の艦隊がトリアハン海峡にて大敗。セレス海軍に手傷を負わせるも、中将は戦死されました。海軍は事実上崩壊、セレスが上陸作戦中の今、我が遠征軍はどう動くべきでしょうか?ニミッツ中将自身のご意見をお聞かせください」
「そう慌てるな参謀よ、コーヒーでも飲んで落ち着きたまえ。要は名誉ある戦死か、汚名を背負っての降伏かの話だろうよ。私は名誉の方を取るが諸君はどうかな?独りよがりする気はない。遠慮のない意見を聞きたいのだ」
部下に居並ぶ士官全員にコーヒーを配る様に指示するニミッツ中将、薄い代用コーヒーではなく、中将秘蔵の豆から抽出したコーヒーを惜しげも無く使う。
ライナレス線の現場士気官に高官達、ギフト持ち達までが会議室に詰めている関係でやや手狭になっているが、全員片手にコーヒーを持つという奇妙な光景。
会議室中心にはライナレス線を中心とした戦力配置図が広げられ、各部隊を表す駒が名前入りで置かれている。
「中将、セレスに沿岸部を奪還された今、このライナレス線に籠る意味は無いかと愚考しますが」
「しかしだ、他に代替地となりえる場所などないだろう。野戦でも仕掛けるつもりなら、貴官だけやりたまえよ。骨なら私が後で拾ってやるからさ」
責任感の強い士官を、侮蔑混じりに嘲笑する士官。そんな二人の人物に対し、凛とした声が会議室へと響く。
「よさないか、今は諍いを起こす時間すら惜しい。ニミッツ中将、私も建造途中のライナレス線に籠るよりかは、華々しくセレスとの会戦に臨むべきかと存じます。補給が途絶えた今、自給自足も難しいかと思いますが」
「ふむ、他にはないか?」
クロエの毒の影響で、永らく療養していたミラー少佐が復帰した事に、ティルは内心安堵しつつも、会議に集中する。
会議が進むにつれ、3つの派閥が形成されていく事となる。
ミラー少佐達が主張する会戦派。
遠征軍全軍でゲリラ戦を行い、長期的にセレスを苦しめ、本国への援護を目的としたゲリラ派。
そしてここで粘る意味がないと、停戦ないしは降伏を叫ぶ、降伏派。
「降伏など論外だ!我々のしてきた事全てが無意味なものとなる!我々はまだ敗北した訳ではない!全軍でセレスへ挑み、遠征軍の真価を試す時だ!」
「現実を見よ、我々はベロニカで負け、ブルトブルク攻勢も頓挫し、マリーベル線も奪われ、オマケに海軍は壊滅だ。どう控えめに見ても旗色が悪いのは明白だ、我々に求められるのは、セレス側へ誠意を見せる事だと言っている」
「軟弱者めがっ!」
「ふざけるなよこの戦争狂いがっ!」
会戦派と降伏派の主張がヒートアップし、結論が先送りにされている。
参謀は書面に今までの意見を全て書き留め、吟味するかの様に瞑想する。
ニミッツ中将はコーヒーのおかわりをして、香りを楽しんでいる。
纏め役不在のまま、会議は進む。
「トア、僕らは何処に向かえばいいのかな?君ならどうする?」
「こういう時は、成り行きに身を任せるのも1つの手段よティル。戦争は始めるより、終わらせる着地点を見つける事が至難なのよ。なら流されのもまた解決策であり、1つの…」
それを黙って横で聞いていたツェーレは、トアの脇腹を小突き、自分の意見を述べる。小柄な身長を少しでも大きく見せようと、やや背伸びしていたのは内緒だ。ロペスは勘付いていた様だが。
「それは思考の放棄よトア、ティル君に変な知識与えないで!これだからロートルは、旧き存在なんて持て囃されても、所詮はポンコツじゃない⁉︎」
「おいツェーレ、それは失礼だ」
「大きなポンコツだ、粗大ゴミの日に回収してもらわなきゃね〜。廃品回収の業者さんは、商売あがったりね」
ロペスはツェーレの軽率な発言を嗜め、レベッカはトアを茶化している。
トアは真面目に発言していた為に、むくれ顏でそっぽを向いている。
「僕達の明日か…」
「自分は中尉の横にいられれば、それで構いませんがね」
ティルはぼやき、髭面の准尉が笑顔を浮かべている。
手に持つコーヒーの湯気を、ただぼんやりと眺めているティルは、心ここに在らずな様子であった。




