叱咤激励
「ティル少尉いらっしゃいますでしょうか?マリーベル線より少尉宛てに、緊急の通信が入っております!」
ティル少尉に割り当てられた部屋の前で、伝令が甲高い声を上げる。
ティル少尉はマリーベル線という単語に、思わず口を開く。
「わかった!ありがとう!」
近場にある電探室へ駆け足で着くやいなや、扉を開け中を確認する。
通信士が手招きする以外は、電探室は無音そのもので、マリーベル線になにか不測の事態が起こったか?
「通信代わりました!ランドール陸軍所属ティル・ナノローグ少尉であります!緊急の案件と伺いましたが、なにが起こったのでしょうか?」
通信機越しに聞こえる声に、聞き覚えがある…。ティルは背中から冷たい汗が流れ、心臓が早鐘をうつのがわかる。
「随分と腑抜けてるわね、ティル?」
彼女の声質は穏やかそのものだが、沸沸と湧き上がる怒りを、無理矢理に鎮めているようにもみえる。
ミラー少佐の心中は穏やかではなく、燃え滾る炎のように荒れている。
「…ミラー少佐、なぜご存知で?」
「あまりマリーベル線の情報網をなめないでもらいたいわね?私達遠征軍の情報の精度は、本国軍を遥かに凌駕していると自負しているわ。それよりもだティル少尉、少佐として問うが何故職務放棄しているんだ?反乱軍の指導者を探索する任務を投げ出して、貴官は何をしているのかしら?私を納得させてよ…」
底冷えするミラー少佐の声が響く。
言い淀むティルをどこまでも追求し、彼女は質問を繰り返している。
「…ミラー少佐、別に職務放棄などはしておりません。私はただ…」
「ただ何かしら?救えたかもしれない命を儚み、自分の道が分からなくなったなんてまさか言わないわよね?いい機会だからティル、貴方に一つ質問するけど私達兵士の義務は何だと考える?」
「国家安寧の為、国家に奉仕し、民の先駆けとして常に粉骨砕身で職務にあたると、僕は考えております…」
「教科書通りね、零点」
相変わらずの手厳しさで舌を捲くティル。何を喋るのか緊張していると、ミラー少佐から思いがけない事を言われ、ティル自身目から鱗であった。
「戦うことも大事だけど、先ずは生き残る事これに尽きるわ。どんなに英雄的な行動をしようと、どんなに味方を救助しようとも、死んだら終わり。敵と判断した者達に容赦するな!情けは無用、敵は殺して禍根を絶つ!」
「…生き残る事、ですか?ヨハンナ姐さんはもっと過激かと思いました」
「コラ、公私混同するな少尉。トア准尉の行動は間違いではないし、ティルの行動も理解できる。しかし生き残る事を優先するのならば、辛くても敵は殺せ!降伏する振りをして自爆攻撃されていたら、ティルはもうこの世にいなかったと思うわ…」
「そうですね、自分の中の優しさは封印した方がいいですね。トアにはお詫びをしないとならないな…」
「あぁそれとティル?」
「はい?」
「マリーベル線に戻ったら、新兵と一緒にシゴいてやるから覚悟してね?」
「…はい、少佐」
悪魔がいる。
とびきりの大悪魔が…。
ティルは項垂れたまま、暫く電探室の通信機片手に固まっていた。
時を同じくして、ティル中隊の副官たるトアにも、変化の兆しが見られ始めていた。
自身の能力である保管庫に引きこもり、やる気を削がれたトアは古ぼけたソファに横たわり、無為に日々を過ごしていた。
自身の今後を考えていた矢先、トアの脳内に通信が送られる。それは同じ機械人形であるツェーレやロペスではない。
人工音声を響かせる始まりの個体からの着信であり、自分はとうとうお払い箱かなと自嘲的に笑うトア。
しかし、始まりの個体がアクセスしてきた理由は別な理由があった。
「トア、聞こえますか?***です」
「…始まりの個体?悪いけど私は今気分が乗らないの、私の機能を凍結するならご勝手にどうぞ、なんだか億劫な気分なんだ…」
「トアそうではありませんよ、貴方も遂に私と同じ領域へ、遥かな高みへと上り詰めた事を嬉しく思います!」
「…どういう事かしら?」
自分は別に特別な事はしていない。
どうにも不審感を露わにするトアに、始まりの個体は熱っぽく語りかける。
今までで一番といっていいほど感情的であり、独自の理論を展開している。
「真にお慕いする伴侶を見つけ、機械人形としての存在意義を確立させた!なんと素晴らしい事でしょうトア、恋に燃え、恋に苦悩し、その身を悶えさせるその苦境…。トア、私には痛い程理解できる。貴方のその憂鬱とした思考パターンは、まさに…」
恋に悩める同志といった具合に、始まりの個体はトアへ早口でまくしたてる。
なんだか拍子抜けしたトアだが、始まりの個体の個人授業はより過熱する。
「…ええと、うん。始まりの個体?私ティルと話をしてくるわね。このままでは状況は好転しないし、連絡ありがとう…」
「そうですかトア、貴方は茨の道を行くのですね。ですが覚えていて下さい、恋に正解はありません。その解答式は千差万別なんです、困ったら私を頼って下さい!私はナノローグ様と何度も衝突し、何度も和解し、その度に私とナノローグ様の絆は強固になっていった実績がありますので!」
「…そっか、頼りにするね」
始まりの個体の恋愛相談。
ガールズトークならぬ、機械人形トークがそれから延々と続き、夜更け過ぎまで始まりの個体の話は終わらなかった。
この話はタブー。
完璧超人である始まりの個体の、重大な欠陥に気づいたトアは、心のメモ帳に今日の出来事を鮮明に記憶した。
遠い目をさせながらに…。




