血の饗宴
首都サナーテにある議員用の高級建築群の一角、軍部省の指示を受けた憲兵隊の一団に、ギフト持ち達が混じりながら、作戦決行の段取りを確認している。
一箇所ずつ襲撃するのではなく、リストに上がった議員達の住居を、纏めて同時襲撃する手筈だ。
非正規部隊を率いる指揮官が、再三確認するのには、クロエ達も耳タコだ。
地図上には赤い丸印がつけられ、侵入経路に逃走経路の確認など、もう何回目かわからない注意事項を受ける。
「最終確認だ、ここのハワド邸を第1班、西区キャメル邸を第2班、同区ホワイト邸を第3班、東区マガホニー邸を第4班、南区ボルド邸を第5班に担当してもらう。人数に制限がある以上、長くはいられない。制限時間は30分といったところだ、お前達にはハワド邸を受け持ってもらう。働きに期待している」
「はいはい了解ー」
「わかった、それで他の地点の奴らは大丈夫なのかい?ハワド邸ほど巨大ではなないにしろ、広大だろうに」
クロエは不遜な態度で、ハロルドは表面上は従うような素振りを見せながら、部隊長に質問をしている。
部隊長である黒ずくめの男は、ハロルドの懸念を一蹴するように返す。
「問題ない、内部の間取り図は全員頭に入っている。それよりもここが問題だ、ハワドは用心深い奴なようで、屋敷の増改築を何度か行っている、その全容が解明されていない。念には念をいれ、万全を尽くす。理解したか?」
「だからってさ軍医がメイドの格好なんて、本職ではないのだけどね。憂鬱だわ、あんたの趣味かしら?ハロルドは執事似合ってるわね。今後もその格好で過ごしたらいいんじゃない」
「うんわかったよ部隊長。メイド姿も可愛いと思うよクロエ、偶にはそういう姿もしてみるもんだね」
意外に着こなす執事姿のハロルドと、不満気なメイド姿のクロエ。
そんな2人を放置し、部隊長はその後も他の部隊員に指示を出している。
「じゃあ、いってくる…」
「部隊長達、また後でねー」
「あぁ頼むよ」
講和派の議員達の使いとして、物を届けにきたという設定で、ハワド邸の正面玄関へと向かう2人。
非正規部隊達はバックアップをしつつ、数名を邸宅に侵入させ、本隊はハワド議員と、親類縁者の逃走を四方八方から監視している。
玄関へと移動するクロエ達を、双眼鏡を覗きながらに、ぼやく隊員達。
「薄気味悪い野郎共だ。人体を欲しがる毒蜘蛛に怪人とはよく言ったもんだ、ギフト持ちは皆あんな風な奴らなのか?ありゃあ正真正銘の化物だ…」
「いいや、あの2人が異彩を放ち過ぎているだけだろ。役人共も形振り構わず助っ人を呼ぶ体質を変えてほしいもんだ…。現場が混乱するだけなのに」
「まったくな!」
隊員達が無駄話をしている間にも、部隊長は時計の時間を気にかけながらに、通信機片手にその時を待つ。
「各員行動開始、障害を排除せよ!」
セレスの非正規部隊が闇夜に蠢き、静かに音を殺し、邸内へと侵入する。
ハワド邸以外の議員の邸宅内では、はやくも血の饗宴が催される。
ハワド邸の門番が、見慣れぬメイドと執事が近づくのを不審がる。
今夜こんな夜分の訪問はないはずだ、相方の門番に注意を促す。
警棒を片手にカンテラを掲げ、その光がメイドと執事姿の者を照らす。
「止まれ、こんな夜更けに何用か?許可のない者は、これより先は通れん。御用向きを話してもらいたい」
門番達は近づく者達に距離をとるが、メイドはよく通る声で返答する。
「夜分失礼します、私はキャメル様にお仕えしている家中の者です。ハワド様に急ぎご連絡せよと、お言伝を預かっております。今ハワド様は御在宅ですか?」
「…ああいらっしゃるが、何がそんなに急なのか?首都で何かあったか?」
「抗戦派議員達に不穏な様子ありとだけ、事は緊急なんです!お願い、ハワド様に会わせてほしいの…!」
「わ、わかった。今開けよう!おい、本邸に連絡しろ!緊急の使いが来たと」
「わかりました!」
鬼気迫る様子のメイドに、門番達も緊張感が伝わり、直ぐに門が開かれる。
クロエは自分の演技に悦に浸り、ハロルドはクロエの役者振りに舌を捲く。
同僚の意外な特技に驚くハロルドに、クロエなニコニコしている。
「どう、私のメイド振りは?」
「すごいよ、及第点以上だよクロエ、どこで演技指導を受けたんだい?」
「それは内緒さハロルド」
2人はハワド邸へとすんなり侵入し、邸宅でも門番達に行った事を繰り返し、使用人達の信用を得る事に成功する。
使用人が先導しながらに、ハワドのいる部屋に自ら案内してゆく。
クロエは嗤い転げるのを我慢しながらに、真面目な表情を維持している。
ハロルドも笑顔の仮面を張り付けながらに、その刻を待つ。
そして…
ドンドンドン
けたたましくドアがノックされる。
ハワドにとってはこんな夜更けに、礼儀知らずの使用人に怒りを表す。
「なんだ!騒々しいぞ!」
「旦那様お休みのところ失礼します!キャメル様の使いの者が、旦那様に緊急の用事があると先程参りまして!」
そこまで言い終わった使用人に、クロエは腕を絡め、首筋を甘噛みし毒を使用人にへと流し込んでゆく。
コトリと床に、まるで糸の切れた操り人形のように、倒れる使用人。
「道案内ありがとう、お休みなさい…使用人さん。ここまででいいよ、後は私達が旦那さんと話すから」
結いあげた髪を解き、髪を掻き上げるクロエの姿は、普段の軍医であるクロエそのものであった。
ハロルドも分身体を創り出入り口を固め、窓からは非正規部隊の隊員達が銃を構えて、狙いを定めている。
「何用だ、軍部の狗共め。相変わらずの忠犬振りに、恐れ入るよ。言論で勝てぬとみれば、直ぐ様武力で解決しようとするその態度、変わらんな」
「決まってるじゃない、貴方の命を貰いにきたの。安心して、貴方の家族達に、この屋敷の者達も一緒だから。独りは寂しいでしょ、私達からの手向けよ」
「私を殺しても、自由は死なんぞ!お前達にはそれがわからないのか!なんと嘆かわしい、お前達の短慮でこの国は自ら破局へ向かう。何故わからない、何故自分で考えられない!」
自分の生命の危機なのに、ハワドはクロエ達に向かって吠えている。
度胸のある人物のようだ。
ハワドの屋敷からは、悲鳴が響き渡り、銃声と断末魔の叫びが聞こえる。
非正規部隊が頑張り過ぎている気さえするが、今は気にしない。
クロエは思う。
こういう勇敢な奴に、死の恐怖を植込むのがなによりも愉しい。
ハロルドに両肩を拘束されているのに、どこまで気高くあろうとしている。
「ご高説有難いわ。けどね貴方は邪魔みたいなの、私達にとってわね。だから私は、私の仕事をするわ。貴方は勇敢だから、長く苦しめて殺すわね…」
「ふん、命乞いなぞせんわ。好きにするがいいさ。この怪物め!」
小さな果物ナイフで、自分の指を小さく切ると、その流れでる血液をハワドの皮膚へと滴らせてゆくクロエ。
ハワドは、全身の血が沸騰するような激痛が襲うが、あくまで毅然とした態度でクロエ達を見つめている。
「先に逝ってお前を待つぞ化物!」
「どうぞご自由に、議員さん」
それからハワドは、家族のことと使用人達のこと、セレスの今後を思いながらに、どこまでも静かに事切れた。
「なんか苛々してる、クロエ?」
「そうじゃないさ、別に…」
一連の暗殺騒動は、旧体制派の蛮行とされたが、軍部が介入したのは、誰の目からでも明らかであった。
講和派は口を噤み、第二のハワド議員になる事を恐れ、抗戦派の主張を受け入れるしかなかった。
終わりかけた聖戦は、人為的に継続される事が決定することとなる。
血生臭い動乱は、セレス側だけでなく、ランドール側も同様であった。




