幕間 自由人達
トアは仏頂面で、眉を顰めている。
マリーベルの練兵場で指導を受けていた新兵達は、なにか自分達が粗相をしたのかと、戦々恐々と顔を強張らせていた。
「一時的に訓練を取り止める。各自自主訓練に切り替えなさい、私は諸用で少々席を外すわ。監督は曹長、頼める?」
「「理解しました!」」
「…構いませんが、どうしたんで?」
「ちょっとね、外せない用事なの。半刻程で戻るから、それまで彼らの締め上げを宜しくねー」
だが、気まぐれの鬼教官は突拍子もない事を呟き、同僚の曹長に突然、監督の引き継ぎをお願いしている。
そそくさと、士官棟へと消えるトア准尉を訝しみ、曹長が新兵達へと偵察任務を提案するも、全力で断らている。
「三等兵、朗報だ!君に名誉あるトア准尉の追跡を命じる、君の骨は我々が拾う!安心してほしい!」
「嫌ですよ曹長!俺はまだ討ち死にしたくないですよ。それにもし、ティル中隊長との逢いびきだったらどうするんです?トア准尉が鬼の形相で、俺達に追加メニューを命じるに決まってる」
「おー、想像力豊かだな三等兵。後で准尉に報告しとくよ!」
「えっ…⁉︎」
ケラケラと笑う曹長に、囃し立てる新兵達を他所に、トアは始まりの個体からの通信を受信していた。
頭の中に響く、ノイズのような人工音声と女性の声を混ぜたような、どこまでも機械的な音声が反響する。
【ご機嫌ようトア、眠らずの都の******です。どうですかそちらでの暮らしは?順調に自分の居場所を築いているようで安心しました。なかなか癖のある機械人形達を、仲間に引き入れたようね。攻勢の結果は、可もなく不可もなくと、曖昧な結果ですね。貴方達の行く末、私も大変に興味深いわ…】
【そりゃあどうも、覗き趣味の******さん。今は新兵達の教育中なの、手短にお願いできるかな?】
【そう邪険にしないでほしいわトア、私は個人的に貴方を気に入っているのよ。自由奔放な振る舞いの貴方に、どこか私は憧れを抱いている。貴方の動向を、つぶさに観察するのが日課なんです】
【ふーん、まぁナノローグ様の側を離れられない、始まりの個体の境遇には同情するよ。何の用かな?】
雑な対応のトアに対し、始まりの個体はどこまでも丁寧に接している。
棘のない物言いは、トアの警戒心をときほぐしているが、ただの世間話だけで通信なんかするはずがない。
それに計算高い事で仲間内でも有名な、ナノローグ様の狂信的な信奉者だ。
自分は特別、自分は頼りにされていると、盲信している節がある。
彼女の言葉に踊らされ、言葉巧みに機械人形を操るのは、彼女の常套手段。
トアはその事を思い出し、緩みかけた警戒心を、今一度強固にする。
【…用?別段急ぎの用事はありませんよトア。貴方と会話するのに、特別な理由はいらないでしょう。私は単純に、貴方と会話がしたかった。ただそれだけ、それ以上も以下もないのですよ…】
【なんか調子狂うな、あんたそんな奴だったかしら?まぁ別に構わないけど、なにから話せばいい?】
だが始まりの個体は、どこまでもあっけらかんとした態度でトアと接し、トアはそんな始まりの個体の、本心を見抜けないでいる状況だ。
いつも事務的な感じの始まりの個体が、今日はどこか親しみを感じる。
【そうですね、ではトア、貴方とティルなる人物が出逢った日の事をより詳しく伺いたいです。私とナノローグ様との出会いのように、鮮烈な気がしますし…】
【要点だけでもいいならね。そうだね、あれは今日みたいな灰色の空の下、彼らが窮地に陥っていたのが、私はどうにも放っておけなくてね…】
始まりの個体と、トアの世間話はそれからしばらく続き、普段とは違う印象の始まりの個体に、トアも楽しげだ。
穏やかな時間が過ぎてゆく…。




