誰が為に
コーウェン師団の最後尾の殿軍が、マリーベル線へと到着した。
マリーベル線では既に、負傷者や遺体の整理がなされており、開け放たれた練兵場は悲しみが支配している。
この場に居ない者を必死に探す者や、軍医に怪我の具合を診てもらう者など、様々な思いで行動する者達がいる。
「アントン師団の者だが、同じ部隊のクリストファーを見た奴はいないか?あいつとは同郷なんだ、誰かいないか?」
「さぁ、わからないな…」
「そんな、あんたなら知ってるはずだ!」
「おい、マリーベル線に着いたぞ!おい、目を開けろ!動けよ、お前がこんなとこで死ぬもんか、お袋さんに手紙書くんだろ!頑張れ、今先生が診てくれるから…」
「…もうよさないか、彼はとっくに息絶えている。あちらの火葬場に連れていってやりなさい、治療は無駄だ…」
「先生、どうか!どうかっ!」
「我々医者も万能ではない、生きてる人間ではなければ、それはもう遺体だ…。気持ちはわかるが諦めてくれ、死者を蘇らせる事が出来る医者などいない、諦めてくれ…」
「次の者、診察する…」
「…うぐ、こいつはまだ!」
意気揚々と出撃した軍勢は、今や見る影もなく、誰もが傷つき、同僚や戦友の死に嘆きの声が聞こえる。
アントン・ジョシュアの両師団の生き残りは、僅かに3個大隊程であり、残りは全て戦死ないしは戦時行方不明として処理され、合流できずにブルトブルクに取り残された者は大勢いるはずだ…、意図せずに仲間を見殺しにした。
やりきれない思いが、兵士達の中で伝染していき、今回の攻勢は徒労ではなかったのかという思いに駆られる。
『セレスの大陸を蹂躙せし勇者達に捧ぐ。これは終わりではなく、始まりにすぎないのだ!諸君等の、真にランドールを想う者達がいる限り、我々は決して敗けない!我々の版図は増す増す拡大し、経済圏は広がりゆき、やがて世界はランドールの元で統一される!願わくば、諸君等の行く末に光があらんことを…』
3代目ランドール大公のラジオ放送が、虚しく広場にスピーカーを通し拡散されるも、兵士達の心には響かない。
それどころか、口々に日々の鬱憤を晴らすように、不満をぶちまける。
「拡大するどころか、今やこっちの国が存亡の危機なのを、お偉いさんはどの程度わかってるんだ?」
「そりゃあ全然だろ!頭の中がお花畑だから、こんな呑気な事が言えるんだ!だいたいだな、大公はだな…」
「おい、馬鹿!声を下げろ。俺達まで不敬罪で連帯責任になる!」
「なんでもいいから、ここから抜け出ししたいよ俺は、気が狂いそうだ…」
「そうだな…」
配給された薄味の豆の缶詰と、硬い黒パンを無理矢理に咀嚼しながらに、現在の気持ちを素直に吐き出す。
そして、味は悪いが腹持ちがいい配給食を食べきり、満腹になると、練兵場の芝生の上で、毛布に包まりながら倒れ込むように眠りにつく兵士達。
生き残った事に感謝しながらに…。
自分達の背後では、戦死者達の遺体が集団で火葬されている。
死骸を満載したトラックが列をなし、身元確認ができるものは個別に、そうでない者は集団でといった具合だ。
死骸を放置すれば感染症の元になるのもあるが、此の世に未練が残るという風習が根強いランドールでは、死者は火葬にてあの世に送るというのが慣例だ。
そんな火葬場では、友人達との最期の別れに泣き崩れている者もいれば、遺骨を御守り袋にいれる者もいる。
火葬場の側には牧師が立ち、送り出す魂に向けて聖句を唱えている。
「我々を創造せし神よ、今志半ばで斃れた敬虔なる信者が、貴方様の元へ参ります。どうかその広き懐にて、彼等に一度の安息を与えて下さる事を切に願います…。」
ティル少尉と、髭面の曹長も黙祷を捧げ、死者達の冥福を祈っている。
ツェーレとロペスも当然の如く祈りを捧げ、それをトアは不思議そうに眺めながらも、見様見真似で黙祷を捧げている。
【人の死生観って色々よね。家族や身内が死去すれば、墓や塚を立て、周忌毎に故人を偲び、また繰り返す。我々機械人形にはない、独自なものね…】
【我々は動かなくなれば廃棄して、それで終わりだが、彼ら人は違うんだよトア。輪廻の輪に魂を送ることは、肉体が滅びようとも、その魂は永遠に生き続ける。故人を想う者がいる限り脈々と続き、次代へ繋ぐ。それが人間の哲学であると、ロペスと一緒に人を観察し続けた私の見解よ】
【国や民族、地域性によって、死者の送り方は多種多様だが、火葬や土葬が一般的であるといわれているよトアさん】
【想う心、ね…】
【そうよ人を理解したいのなら、先ずは人の文化を理解しないと駄目なのよ、彼らの文化に触れる事は、創造主様方のお考えにより近づくきっかけにもなる!】
【焦ることはないさ、段々と理解する事が大事さトアさん。ひいてはナノローグ様の至上命題にも繋がると、俺とツェーレは常々考えているのだがね…】
【ロペス、あんたトアに甘いのよっ!】
【妬かない、妬かないツェーレ。嫉妬なんてらしくないじゃない?】
【や、妬いてないわ!バカっ!】
互いの意見を、通信で取り合う機械人形達。彼らの真意はわからない…。
ただ無表情に佇んでいるようにもみえ、それが髑髏の部隊章と相まって、不気味さに拍車をかけている。
周りにいるランドールの部隊は、そんな彼らを遠巻きに眺めている。
墓守犬の黒犬紋章、アザミの花の刻印、そして、新参である退廃的な髑髏の部隊章を掲げる部隊。
これらの部隊章は、敵に認知されてもいるが、当然味方にも知れ渡っている。
ギフト持ち達のシンボルマーク。
中でもこの攻勢の期間中に、認知度を最も上げた部隊は、髑髏の部隊章を掲げるティル少尉の中隊であり、名声ではなく畏怖という形でだが…。
千里を見通す瞳を持つ指揮官。
ベロニカの亡霊。
そして首切り。
麾下の部下共に活躍するティル中隊。
そんな活躍を、手放しに賞賛する者こそが、マリーベル線の最高指導者であるニミッツ中将その人であった。




