生存を求めて
ブルトブルク攻勢最終日、コーウェン師団は全軍をあげ、アントン・ジョシュアの残存兵の回収に執念を燃やす。
師団の最後尾には、殿軍としてコーウェン少将が自ら陣頭指揮を執り、ギフト持ちであるミラー少佐、ジェイコブ大尉が脇を固め、クロエの毒気より快復したティル中隊が出張っている。
少将は虎の子の部隊を、惜しげもなく戦線に投入し、残り僅かな機甲部隊も温存せずに運用している。
ブルトブルクの空では、現在進行形でランドール空軍が、師団の撤退を全力をもって支援している。
付近の空軍基地から、100数十機もの支援戦闘機が集結し、セレス空軍の要撃を切り抜けた編隊が、低空飛行で対地攻撃を繰り返し行っている。
機銃掃射で、セレスの部隊からは血煙が上がり、人の原形を留めていない。
ランドール側も、セレスからの猛烈な対空攻撃を受けるも、被弾しながらにセレスへの攻撃をやめない戦闘機群。
なんとしても残存勢力を、マリーベル線へと帰還させたいランドール側と、引導を渡すべく躍起となるセレス側。
その闘争は、攻勢の中で最大の激しさとなり、両軍共に死力を尽くしている。
破壊された都市区画の一画を、巧妙に陣地化したティル中隊は、家屋の窓から狙撃銃を突き出し、セレスの軍勢を散々に狙撃し、敵の前進を阻んでいる。
狙撃銃は薄っすらと熱を帯び、指先の感覚が熱いような気さえする。
スコープを覗き、目標を求め、引き金を引き、狙撃銃に次弾を装填する。
空薬莢が散乱し、薬室からは煙が燻る。
しかし、セレスの軍勢は止まらない。
友軍の死骸を乗り越え、なおもランドールの部隊に追い縋ろうとしている。
地に落ちたお菓子に群がる蟻の様に、どこまでも、どこまでも執拗に…。
敵の体力は途切れない。
まるで無尽蔵であるかのように、ランドールの抵抗を無意味であると、セレス側からは、逐一増援が来襲してきている。
「敵さらに接近およそ距離1000、狙撃小隊構え、接近中の目標斉射の後、さらに同一の目標を攻撃する」
「またかよ、畜生!」
「弾込めろ!敵は待たねーぞ!」
矢継ぎ早に指示を飛ばすティルと、セレスの部隊がひっきりなしの攻撃にぼやく隊員。
「曹長、弔い合戦だ!タイミングを合わせてくれ、頼むぞ?」
「わかりました少尉、少尉といると退屈しませんな!労働組合に過剰労働で訴えたい気分ですよ!いつでもどうぞ少尉!」
距離700、スコープ越しにセレスの兵士達の顔が見える。目つきは血走り、どこまでも病的な顔つきだ。
なにが彼らをそこまで駆り立てるのか?
距離600、付近に弾痕をマーカーした地点を抜けた所で、一拍おいた後に、ティルの号令の下一斉に狙撃銃が火を噴く。
「時間合わせ、3」
「2」
「1」
「放てっー!」
家屋の窓から、数十の狙撃銃が一斉に火を噴き、後方からの砲撃が加わる。
次々に崩れ落ち、身体がバラバラに吹き飛ぶセレスの兵士達だが、被害度外視の無茶な突撃により、後続が続々と押し寄せる。
「ランドールの生き残りに鉄槌を!」
「前進!前進っ、ドルノブイ型は歩兵の前へ展開せよ、敵の射線を遮れ!」
セレスの後方から、新たに戦車部隊が姿を現し、こちらを圧迫させている。
こちらの稼働可能な戦車はもはや数えるほどなのに、平野部に残骸が散らばる。
「小隊各員、装填後は各自の判断で狙撃し続けろ!セレスを通すな!」
「トア、戦車の新手だ!頼めるか?」
「いいわティル!頼まれた、あとツェーレとロペスは敵に接近中だから、引き続きティル達には援護をお願いするわ!」
通信機より声高に指令を出すティル。
そんなティルの要望に、なんでもない様に、朗らかに応じてみせるトア。
彼女は保管庫より、突撃砲の砲塔を取り出し、両手に抱えながらに、砲撃する。
くぐもった金属音をさせながらに、セレスの戦車部隊を次々と喰らうトア。
とても両手で抱えるなんて真似はできない、そう思わせるほどの衝撃音と、射撃の反動でトアの脚が地面に深くめり込んでいる。
「まるで鴨撃ちね、単調な動きの鉄の匣、いや鉄の棺桶かしら。セレスの兵隊には同情するわ、戦車は付近にまだいる?」
「鴨みたいに可愛気はありませんよ」
「そんな巨大な砲塔を扱えるのはトアさんくらいですよ?後方からさらに10接近、連中自慢のドルノブイ型です!」
「はぁ、退屈しないわねー」
ティル中隊の兵士達が、トアへ接近を試みるセレスの兵士を排除している。
重低音を響かせるトアの砲撃が続く。
そして、付近に待機している少佐へと連絡をとるティル少尉。
「ミラー少佐、こちらも可能な限り援護しますが、少佐の判断を優先して下さい。敵を抑えるのにも限界が…!」
「大丈夫さティル、大丈夫だよ…。私はランドールのギフト持ちだ!困難な戦いなど取るに足らない、会戦の時もそうだが、私達を舐めた報いを奴らに受けさせる!」
「少佐、気をつけて…」
「ティル、貴方誰に心配かけてるの?貴方の方こそ油断しないようにね」
膨れ上がるセレスの後続と、先細りのランドールの前衛が衝突する。
結果は、言うまでもなくセレスに軍配が上がり、ランドール側が敗走する。
だが敗走中のランドールの部隊からは、鉄骨や瓦礫の残骸が雨霰と降り注ぎ、セレス側は容易には近付けない。
瓦礫の雨を降らせながらに、ミラー少佐は、鉄柱を自分を中心に旋回させながら、強引にセレスの攻撃を散らしていく。
瓦礫の雨の下敷きとなり、息絶えた兵士達が、潰れたカエルのように、臓物を辺りに撒き散らしている。
旋回する鉄柱に身体を潰され、手足や頭、臓物が大地に転がる。
「なんなんだ⁉︎あれはっ…」
「関係ない前進しろ、ランドールの蛮族共に、セレスの魂をみせろ!」
「ですが、あれは…」
「ひぎゃ…」
「だ、だめだ、化物だ!ぐえ…」
そして足の止まった敵に対しては、ジェイコブ大尉率いる情報部隊と、ツェーレとロペスが協力して陣中へと突入し、敵の混乱を誘発させている。
ツェーレは蠱惑的な表情をさせながら、自らの持論を展開する。
敵兵を斬殺させながらに…。
「刃物はいいわ、研げば研ぐほど、深みが増すかのように味がでる。そして手に馴染むのよ、身体の一部になったみたいにね。ロペスもそう思わない?」
「いいや、俺にはこいつが性に合う。刃物は刃こぼれするが、こいつは砲弾さえあればご機嫌なのさ。敵を殺せと囁き声さえ聞こえてきそうだよ…」
「あら?変ね、魅力がわからない?」
「ツェーレ、君は変わり者だよ…」
お互いに平行線を辿ったまま、話の決着がみえないでいる。
惨殺劇を繰り広げながらに。
ジェイコブ大尉達は、無駄口を叩かずに、ただ黙々と職務をこなす。
高官と通信兵、通信機材を率先して叩き、指揮系統を寸断させていく。
「敵は引き上げているか?」
「はい大尉、緩やかに後退中かと…」
ジェイコブ大尉の呟きに、同じ隊の者が付近を双眼鏡で確認して、状況をみやる。
被害が許容範囲を超えたのか、セレスの動きがようやく止まり始める。
「ツェーレ伍長にロペス伍長、助かったよ。協力に感謝する。あんたらも中々に、修羅場慣れしているようだ…」
「当然の事をしただけよ大尉、今の内に私達も後退しないと、奴らはすぐ来るわ」
「大尉、礼には及ばない。我々としても、大尉達の援護のおかげで自由に動けたのが大きい。マリーベル線への帰還が急務である以上、まだまだ通過点だ」
「頼もしい限りだ、俺の隊にスカウトしたいぐらいの逸材だよ、あんたらは…」
「どうも…」
ククリの血を数度払いながら、ぶっきらぼうな態度で謝辞を受けるツェーレに、やんわりと微笑むロペス両伍長。
ジェイコブ大尉が笑いながらに煙草に火をつけ、束の間の一服を楽しんでいた。




