首切りツェーレ
ツェーレが敵を求めてひた走るのを、ロペスはただ黙って援護する。
都市にある家屋の屋根沿いを移動しながらに、ツェーレの周囲にいるセレスの兵士達を、彼が持つ砲筒で砲撃する。
粉塵と一緒になり、セレスの兵士達の身体のパーツが飛散している。
ロペスは軍人タイプとして設計されたが、同僚であるツェーレは元々ハウスメイドタイプとして、一般家庭に普及していた型番であり、家事全般をこなすごく普通の機械人形であった。
親しみが湧くようにとあえて小型に設計されたタイプであると、ツェーレ自身から聞いたこともあるロペス。
【人の皮を被った屑…、人の皮を被った屑共…、屑は殺す!屑は殺す!屑は殺す!湧いてでるなら、纏めて殺す!殺す、ころす…コロスコロス、コロス…】
先程からツェーレの思考が、ノイズのようにロペスとトアに伝わっている。
表層心理と、深層心理がごちゃ混ぜになり、彼女は正常な思考ができていない。
極めて不安定な状態だ。
【個体名ロペス、ツェーレの変調は、これが初めてではないでしょう?過去に何があったか知りたい。知っている限りでいい、情報提供を求む】
【個体名トア、自分もあくまで主観でしか語れないが、おそらくは眠らずの都時代に、何かしらの因果関係があると思われると推測する。その時個体名ツェーレが仕えていた家族に、よくない出来事が起こったとだけ…、私から報告する】
【そうか、彼女の仕えた家族が…】
【この件に関しては、自分はこれ以上は語りたくない。追求すれば、彼女ツェーレの存在意義そのものが歪む危険があるとだけ忠告しておく、個体名トア】
【わかったわ、ありがとう…】
ロペスは昔、彼女が自身の昔語りをする際に、意図せずに一瞬だけ彼女の記録の断片を覗いてしまった時があった。
それは未だに、ロペスが彼女に対する負い目となり、彼女に無条件に協力するきっかけにもなっている。
ツェーレが頼まれていたお使いから、仕えていた家族の待つ家に帰宅した際、家族達は一様にバラバラにされ、分解されたかのように惨殺されていた。
その犯人は、一時期眠らずの都を騒がせた連続猟奇殺人事件の被疑者だ。
そんなバラバラにされた家族を前に、彼女は泣けなかった。いや、泣くことが出来ないでいた。
そんな機能は機械人形にない。
ただ家族達の身体の部位を一つにまとめ、一人一人抱き締める。
「奥様、旦那様、ツェーレが戻りました…。今から、坊っちゃんの好きなオムレツを、私がですね腕によりをかけて…ですね」
平静を装うにも、口が上手く回らない。
自分を慕う幼い坊っちゃんは、虚ろな目をしながら、なにも語らない…。
「 ああ、あああっ!ああああ!」
それからツェーレは、嗚咽混じりに絶叫し、長い時間声を上げながら、一家団欒をするはずだったリビングから、半日ほどうずくまり動けないでいた。
買った荷物が玄関に散乱したまま…
それがロペスの見た、ツェーレの記録の断片であり、真実であった。
トアも、ロペスが重く口を噤んだ事に、それ以上は追求せずに加勢する。
ロペスは砲筒に砲弾を装填し、トアもまた腰のホルスターから拳銃を取り出し、セレスの部隊へ攻撃を加える。
みるみる数を減らすセレスの部隊と、自分達の助手達を見て、手放しにツェーレを称賛するクロエ。
「わーすごい、貴方素早いわね!私の助手達が廃棄されちゃったわ、ますます貴方に興味が湧いたわ!けどね、私はまだ死にたくないの。まだまだ実験もしたいし、経過観察もしたい。私を待つ検体達が大勢いるの!だから、またね…」
「逃がすか!お前はここで、私が!」
「ハロルド!殿は任せたわ、残った者は記録を纏めて即時に離脱しなさい!残存兵を回収して後退する!」
「わかった、クロエ…」
「は、はい先生!直ちに!」
「了解いたしました!都市外縁部まで下がるぞ、負傷者を優先する」
大勢のハロルド中尉の後ろで、めまぐるしく動くセレスの軍勢。
まるで肉壁のように、自身の身を挺して防戦するハロルド達に、悔しさから歯噛みするツェーレ。刃が奴に届かない。
「やぁ、また会ったね小さいお嬢さん。今回は僕達が引くけど、次はこうはいかないよ?君達の顔、覚えたからな」
大勢いたはずのハロルド達も、クロエ達が離脱したのを確認すると、煙のように霧散して後退してゆく。
「トア、次の区画へ!まだ私達はランドールの者達を助けられるはずよ!ここの兵士達には悪いことをしたけど、私達はまだ、戦える!まだ抗える!」
「そうね、次へ行こうかしら」
「俺はツェーレに付き従うだけだ…」
白衣の女性と、同じ顔の奴を逃したのは痛いが、肝心の救援がまだ終わっていない。ツェーレは先へと急ぐ。
他のブルトブルクの都市区画へ急行する機械人形達、瓦礫の山に籠るランドール部隊への掃討作業中の、セレスの横合いを思い切り殴りに殴る。
前衛をツェーレ、中衛をトア、後衛をロペスがそれぞれ担当し、役割を果たす。
敵の密集箇所にロペスが砲撃し、崩れたところをトアが牽制、近接距離に近付いたツェーレが刃を突き入れていた。
流れるような作業に、敵の対応はどこまでも緩慢であり、見知らぬ軍服姿のトア達にただただセレス側は狼狽していた。
赤い染みが大地に広がり、セレスの兵士達の死骸が量産されてゆく。
とりわけ頭と首が離れた死骸が多い。
ツェーレの激情を表すかのように。
肩で息をするかのように、ツェーレは既に事切れた兵士を何度も刺突している。
「この、この!お前達が憎い!」
ロペスは黙して何も語らないが、トアはツェーレにむけ何度も呼びかけるも、まるで聞こえないかのように反応がない。
そこでトアは、ツェーレの額に軽くデコピンをかまし、無理矢理に意識をこちらに向けさせ、彼女を諌める。
「いたっ…」
「ツェーレ、止めなさい。もう彼は息絶えている、それ以上は死者への冒涜よ。ロペス、貴方も相方ならツェーレを制止なさい。それでは相方の意味がない」
「…悪かったわトア」
「すまないトアさん、気をつけよう」
真剣な表情のトアに、居住まいを正すロペスと、バツの悪そうなツェーレ。
トアはツェーレの顔についた返り血を、丁寧に拭ってやり綺麗にしている。
「独りで戦わないで、貴方はまだ理性ある機械人形でしょツェーレ?自分から壊れたりしないで、私達がいるんだから…」
「うん、少し感情的になった…。トアありがとね、私は危うく…」
「あたっ…!」
再びデコピンをかますトアに、ツェーレが素っ頓狂な声を上げ呻いている。
「ん、わかればよろしい!」
トアが悪戯っぽく微笑んでいる。
助け出されたランドールの部隊の兵士達も、見知らぬ兵士達に戦々恐々としている有様で、トア達の言動をみている。
守備隊の指揮官がトア達に礼を述べる中、トア達は微動だにせず佇む。
死体の山の中で…。
「きゅ、救援感謝する!そちらはどこの部隊の方々なんですか?」
「コーウェン師団所属の特務の者だ!軍機により部隊名は伏せるが、私はトア准尉、後ろの二人はツェーレ伍長に、ロペス伍長だ。よく生き残ってくれた。都市近郊に我が師団が負傷者を回収している。貴君らは部隊を迅速に纏めて、至急合流されたし」
「かたじけない!恩にきる!」
「いいのよ、指揮官殿これが仕事だから。道中可能なら、後退中の兵士達も一緒に拾い上げてくれるかしら?」
「わかった!ご武運を特務准尉!」
「貴方達もね…」
片手でヒラヒラと簡単に挨拶もそこそこに他の戦区へと向かう、特務と名乗る救援部隊達。彼らは何者なのか?
黒の軍服を纏う兵士達。
大振りなククリを持つ、血塗れの少女の姿がやけに脳裏に焼きつく。
この惨状は彼女達の仕業か?
指揮官の背中が嫌な汗が流れ落ちるが、理性がそれを強引に抑えつける。
彼女達の姿はもう見えない…。
「隊長、奴等は一体なんなんですか?しかもこの死体の山…、まともじゃない…」
「まともな奴なんていないさ、こんなイカれた時代ではな。とりわけ彼女の顔は空虚だった。まるで処刑人、いやそんな生易しいもんじゃないな…。首切りだ」
「首切りですか、おぞましいですな」
セレス側よりも先に、ランドール側での噂が広がりゆくツェーレの名前。
様々な悪評と評価と共に…。




