機械人形の意思と覚悟
トアは保管庫の中で、ティル中隊の面々を見回す。クロエの毒の影響は、確実に彼らの身体を蝕み、気怠げな様子だ。
身体の痺れが消えないでいる。
何人かの兵士達は、トア達に追い縋るように立とうとするも、足元が覚束ない様子でフラフラしている。
そんな兵士達を、保管庫に並べた簡易ベッドへ戻し、トアは暫くは静養するようにきつく言い聞かせる。
「待ってくれトアさん、俺達も戦える。足手まといにはならない!」
「そうとも、だから…」
「いや病み上がりだよ」
「それに後遺症が残るかもしれないし、本調子になるまでは無理は禁物よ。毒が抜けきるまでは安心しちゃダメ!もちろんティル、君もだよ?曹長にはティルの名誉ある御守りに任命します!」
「任せて下さいよトアさん、少尉の御守りは慣れていますし!」
「待ってトア!そんな少数だけでは無謀だ、都市区画の友軍の救援は分かるが、ツェーレとロペスだけなんて。どう戦うつもりなんだ?」
まるで駄々っ子のように、トアへと正直な気持ちを伝えるティル。
いくらトア達が機械人形でも、返り討ちにあうんじゃないかと不安を募らせてゆくティル。独りに戻るのは辛い…。
「君は消えたり、しないよね?」
そんなティルを落ち着かせるように、トアはティルの頭を優しく撫で、ゆっくり頭を抱き締めた。
そしてティルにだけ聞こえる囁き声で、諭すように語りかけるトア。
「心配してくれるのは嬉しいよティル。大丈夫、私は貴方のお姉さんなんだよ?それに私達は機械人形なんだ、軍人である君達が戦うのが仕事なら、私達もまた戦いを宿命づけられた存在なの。私達は戦いの中でしか、自分達を表現できない。けど私を想ってくれる人を残して、貴方の前から消えたりしないわ…」
「約束するよ、ティル」
機械人形のトアの肌は、どこかひんやりとした無機質なもので、動力部である胸からは歯車の音が聞こえる。
母親がいたなら、自分をこんな風に抱き締めてくれるものなんだろうか?
ティルが自問自答する中、ゆっくりとティルの頭から絡めていた腕を離すトア。
どこまでも晴れやかな笑顔だ。
「トア、約束したからな!」
「えぇティル、機械人形に二言はないのよ。ちゃーんと守るよ!」
「いってらっしゃいトア」
「いってきます…、ティル」
仕事に向かう前の、玄関先での朝の挨拶のように仲睦まじい二人。
それから、保管庫の風景がチグハグな街並みを歩いて行く機械人形達を、黙って見守るティル中隊のメンバー達。
だが、数分歩いた後に、トアが突然振り返り驚きの台詞をティルへと吐いた。
「帰ったらまたハグしてあげるわー」
その言葉にティルは耳まで真っ赤となり、頭から煙がでるかのように照れている。
当然髭面の曹長や、他の兵士達から執拗に質問責めにあっているのが、遠目からでもわかるのに、トアはご満悦だ。
「トア、あんた昔と随分と違う印象だわ。『始まりの個体』が直々に調整でもしたのかもしれないね?」
「いや、あれはトアさんの自然体だろうよツェーレ。創造主様達の側に居続けた存在だ、普通のことさ」
「さてね、どうでしょう?」
口々に言い募る同僚の機械人形に、どこまでも戯けた態度のトア。
彼らが着ている服装は、ランドールの紺色の軍服ではなく、眠らずの都時代の黒い軍服を着用していた。
故郷を守護し続けていた時代の物に、袖を通す意味は、彼らにとってティル中隊は還るべき場所であることを意味しており、替えがたいものの意思表示である。
三つの円環が重なる様な、特異な紋様を刻んだ黒の軍服。
「開門せよ…」
トアの言葉に応じるように、保管庫の空間が、不明瞭な音を立てながら、空間を無理矢理にこじ開けていく。
やがて三体は沈みこむように、再び混迷の戦場へともどり、保管庫の中はただ静寂だけが支配していた。
ツェーレは憤っていた。
無抵抗な兵士達に、虐殺の指示をだしたあの白衣の女性に。
いつの時代にも、人の皮を被った外道が存在している。時代がそれを許容するかのように、一定の数が…。
ある者は人質を抱えたまま、周囲一帯を人質ごと吹き飛ばした人格破綻者。
またある者は、どれだけ人を殺せるか、ゲームの様に行う愉快犯。
そしてそれらの行為を面白がり、主義主張に関係なく実行する模倣犯。
そんな奴らを見ると、ツェーレの心はいつも、形容し難い殺意の感情が全身に沸々と湧き上がる。
【あいつは同類だ…、屑の仲間だ…】
【私の好きな人間達を意味も無く殺す…。害悪でしかない。ロペスと誓ったんだ、不条理な死を認めないと!誰もが幸福に生きる権利がある!】
背中の大振りのククリを抜き放ち、狙いを白衣の女に定める。
ツェーレのククリは、刀身がどす黒く変色し、どれだけの血を吸ったかわからない様な色合いを醸し出している。
女の周りにいるガスマスクの奴らは、あの屑の手先か、なら容赦しない。
「毒物が効かない!先生、生け捕り…」
頭を真一文字に切り放つツェーレ。
ガスマスクの男からは噴水のように、血がいつまでも噴き出している。
五月蝿い…。
白衣の女性が語りかけてくる。
「貴方も同類ね?人殺しが好きな瞳をしているわ、濁りきった存在ね」
五月蝿い、五月蝿い、黙れ…。
屑の奴が、勝手に私を評価するな。
私はツェーレ、お前達とは違うんだ!
ガスマスクの奴らを先に殺す事に決めたツェーレは、クロエの言葉を無視するように行動を始める。
脇にいるロペスと共に。
ナイフを喉に突き立て、動脈を切り裂き。眉間にナイフを投擲し、セレスの畜生達を鏖殺するツェーレ。
大振りのククリを、不気味な音を立てながらに振りかざす。
毒ガスをばら撒くことをやめないセレスの兵士達に、確実にトドメをさす。
「お前らが人なら死ななきゃおかしいだろ!とっくに致死量のはずだぞ、何故死なない!何故倒れない!これは先生と俺達の最高の作品なんだっ」
ゾン
ガスマスクの男の頭が転がり、くるくると周りながら、不思議そうな顔をしながらに、絶命した。
「俺達は先生の側で…ず、…と」
「あんたらを殺す存在、とだけ言っておくわ。私はお前達を許さない…」
ツェーレはクロエを真っ直ぐみつめる。




