外道の行い
ブルトブルク都市区画、そこは生者のいない死人の街になりつつある。
住民のいない街並みに、セレスとランドールの軍人達だけが、そこかしこに転がり屍をさらしている。
ランドール側の戦死者の中には、職業軍人もいれば、年配の退役軍人、まだ歳若い少年兵、純朴そうな顔の中年軍人など実に多彩なものだ。
国民皆兵を謳うランドール公国。
聞こえはいいが、戦争は確実に国民達の暮らしに暗い影を残し、豊かな暮らしを目指した初代大公とは、真逆な方向へと暴走する3代目ランドール大公。
初代は公国を拡大させ、2代目大公は公国をより盤石なものとし、3代目は偉大すぎる祖父や父の背中をみつめるあまり、国の舵取りを誤った。
祖父や父が逝去した後、彼を嗜める存在が不在となり、歯止めがきかなくなった大公は無策な侵略戦争へと突き進む。
軍事費には巨額な予算が投じられ、軍部からの支持は絶大だが、国民達には暗君として嫌われていた。
歪な歯車を回すかの如く続けた戦争が、千年帝国を目指した公国の首を、自ら締め上げ続けていると知らずに…。
兵士達の死に顔は、安らかとは程遠いものであり、凄惨なものだ。
そんな光景の中、セレスの部隊は都市区画を続々と陥落させる。
先頭には白衣のエバンズ軍医に、今日は壮年の顔つきのハロルド中尉がいる。
中尉は見てくれだけは大人だが、口調がどこか子供っぽいものだった。
「いやークロエ、右も左も死体死体と、この世の終末だよここは。もう直ぐここら一帯はケリがつくけど、この後は工業区画にいくのかい?」
「ハロルド、この世の終末ではないわ。始まりなのよ、旧い時代の有象無象は消え去り、新たな時代が創生される。そして列強の一角は消え去り、転換点を迎えているといっていいわ。これは必要な犠牲なのよ、我らが聖戦の」
「ちょっと大袈裟すぎやしないかい?戦争に恋してます、とかの方がしっくりくるんだけどねクロエ。理由なんて、それぐらい単純なほうがいいだろ」
「人を殺人鬼みたいに言わないでほしいな、まぁ否定はしないけど」
世間話をしながらに、セレスの部隊がランドール側を圧倒し、死骸を踏みにじりツバを吐きかける。
頑強に抵抗する場所に関しては、発見してはしらみ潰しにしてゆく二人。
同じ顔の兵士達と、毒物を自由自在に扱う軍医に、ついに恐怖に堪え切れなくなったランドール側の兵士達が、白い布切れを棒にくくりつけ、セレス側に何度も振っている。
降伏の意思表示。
都市区画に籠るランドールの部隊は、司令部には独断で軍使を派遣し、セレス側との交渉を行う様子である。
「降伏だと?」
「ふざけやがって、嬲り殺しにしろ!」
「何人殺したと思っている!今更自分達だけ助かると思うなよ!」
「私刑にしろ!私刑だ!」
口々に言い募る兵士達を、クロエとハロルドが宥める。
「まぁまぁ彼らも苦しいのさ、ハロルドと私が言い分を聞いてくるよ。皆もそれでいいわね?あと少し距離をとって不測の事態に備えてて、何があるかわからない」
「わかりました…。軍医がそうおっしゃるのなら、指示に従います!」
ほどなくして、都市にある年代物の住居で降伏の使者と相対する二人、緊張感剥き出しの使者に、朗らかに笑みを浮かべるクロエを見て、多少安堵するランドールの兵士。
一方のハロルドは仏頂面で。
他のセレスの部隊は、待機している。
「わ、我々はそちらに降伏する、交戦の意思はない。直ちに武装を解除して、そちらの指示通りにしよう。我々は、もうこれ以上戦えない。へ、返答は如何に?」
「心中お察しします軍使殿、まずはそちらの人数を確認したいので、この場に集めてくれませんか?こちらから攻撃は行わないと約束しましょう、そちらがしない限りはですが…」
「わかった、それは誓って!降伏受諾に感謝する、直ぐに集めよう」
ほどなくしてランドールの残存兵が、集合する。武器を捨て、無抵抗を表す両手を掲げた状態で。
負傷者を合わせれば数百人規模だろうか、結構な人数だ。
だが、軍使はきになっている。
こちら武装を解除したのに、あちらの降伏を快諾した白衣の女性の周りにいるガスマスク姿の兵士は、完全武装のままなのが、どうにも違和感を覚える。
「人数は足りるかしら?」
「はい先生許容範囲内です!」
「それで、持続時間は?」
「30分程です。それ以降は気化して霧散します、念の為一定以上撒きます!」
「結構だわ、ではそれで」
しきりにこちらを観察し、メモや書類に目を通している。
何かの打ち合わせだろうか?
ふと白衣の女性と視線が絡む。
朗らかな笑みはなりを潜め、薄ら寒い笑みを浮かべて、値踏みする視線のような。
「い、如何なされた?」
「いやね、大変心苦しいのですが…」
「軍使殿、やはり貴君らの降伏は受入れられそうにない。残念だが諦めてくれ、我が方の兵士達が殺気立っていてな」
「ここでお別れだ軍使殿、どうか元気で」
「な、なんですと!話がちがう!待ってくれ!話し合おう…私達は対話を!」
「総員構え、弾種は黒に濃度は標準、経過観察を行うのを忘れずに。風向きに留意せよ、これより臨床試験を行う!放て!」
発煙弾のような、黒い球体が打ち出され、中から黒い煙が溢れ出し、ランドールの降伏部隊を飲み込む。
「あぁ、あ、息が、息ぐるじい」
「ごぼ、ごぼ、ごほ…」
「助けて、神様!がみざま…」
煙を浴びた者達は、黒い染みのような痣を無数に浮かび上がらせ、肌を掻き毟りながら絶命してゆく。
新種の毒薬の実験の機会を得たクロエは上機嫌に死人をみつめる。
降伏した部隊の成れの果てが大地に横たわっている。
「なるほど、なるほど…。効能は個体差ありで、即効性はあり。時間にして10分前後か、要検討ね。この毒薬はいささか危険ね、自軍に被害がでるわ」
「それから…」
効果を調べていたクロエにむけ、聞き覚えのある声が響く。
「下衆め、お前からは腐った汚物の匂いがする。お前は無抵抗な奴らを死にいたらしめて、悦に浸っている悪党だ。私が引導を渡すから覚悟しろ!」
「可愛いらしい兵士ね、ところで君は何故毒物の効果がないんだい?貴方もギフト持ちなの?あぁ素晴らしい、メスで切り開いて中を覗きたいわ。貴重な検体だわ!」
「先生生け捕りにしま…しょ…」
途端にクロエの興味の対象が、機械人形であるツェーレにむく。
ティル隊のツェーレが憤っている。
彼女の行いは仁義とは程遠い、奴らは殺す。生かしてはおけない…。
ツェーレは、クロエの周囲にいるガスマスク姿の兵士を一閃し、動脈を断ち切る。
黒光りしたククリがツェーレに握られ、血がしたたっている。
「貴方も人殺しが好きな目をしている。血の匂いに魅せられた、そんな瞳だわ。私達のご同類だ濁っているね、素敵よ!」
「一緒にするな、変態め」
クロエがどこか独り語りのように、ツェーレを勝手に評価している。
ツェーレは相方のロペスを伴い突進する。




