数の暴力
クロエは一瞬誰かの視線を感じた。
付近に敵兵の姿はない。
近くではなく、ずっと遠くから覗き見られているかのような違和感を感じる。
【ランドールのギフト持ちかな?】
だが確信はない、杞憂ならそれでいい、だが備えるべきだと考え、同僚のハロルド中尉に指示を出すと、ガスマスク姿の助手達を待機させる。
だけど、奇天烈な異能を使うギフト持ちの戦いは愉しい、自分のギフトとのせめぎ合い、弱者は強者に淘汰される。
考えながらにクロエは薄気味悪く嗤う。
声を押し殺すかのように、不明瞭な声が
辺りに聞こえる。
【ギフト持ちを生きたまま解剖したら愉しいかな?なるべなら脳は無傷で手に入れたい、それから血液と臓器の観察ね。最悪死んでしまったら、死体でも構わない。贅沢は言わないわ、身体の一部でもいい。検体は多いほうがいいわね】
胸ポケットから使い古した手帳をだし、走書きしたページを開くと、ギフト持ちと一般人の違いや、人体構造の違いなど、クロエの長年の研究の成果がそこにはびっしりと記録してある。
新たな毒物の発見とともに、ギフト持ちの身体についての究明にも、並々ならぬ情熱を燃やすクロエ。
そんな彼女の同僚であるハロルドが、一心不乱になっている彼女に声をかける。
「なにか発見したのかいクロエ?」
「ハロルド、敵のギフト持ちがいるかもしれない。念の為、分身体を周囲に厚く展開してくれる?あわせて偵察隊を複数用意して散開させて!」
「わかったよクロエ、それになんだか愉しそうだね。久方ぶりのギフト持ちに高揚しているね、顔がにやけてるよ?」
「あら?ハロルドは違うのかな?」
「僕も一緒さ、自分がまともじゃないくらいわかってるよ。戦うことに恋い焦がれているのさ、病気だよ」
「その症状は私もよハロルド、きっと不治の病だから遠慮はいらない」
同じ戦争狂いの2人は、相性がいいのか度々同じ任務に就くことが多い。
今回の任務も任務というよりかは、同窓会のような気持ちでしている。
周囲にいるハロルド中尉の分身体達が、次々に分裂していき、数百人のハロルド中尉が、数千人の規模となる。
鼠算式に数を増やすハロルド中尉達。
そこから半分は偵察に向かい、半分はクロエ達の護衛についている。
走り出しながらも、分裂して数を増やし続けているハロルド中尉達。
オリジナルのハロルド中尉の居場所は誰にもわからない、この戦場にいるかもしれないし、いないかもしれない。
「じゃあいってくるクロエ!」
「獲物は早い者勝ちだっ」
「横取りはなしだぞ?」
「軽くひねってくるよ」
別々に喋るハロルド達を、どこまでも笑顔で見つめ見送るクロエ。
この異常事態を、いち早く察知した付近のランドールの部隊が、ハロルド達へ攻撃を開始してゆく。
先頭を走るハロルド達が、砲撃で吹き飛ばされても、血は噴出せず、銃撃で撃たれようとも血もにじまない。
損傷がある程度のレベルになると、勝手に自壊し、砂のように崩れ去るだけ。
攻撃を受けているのに、数が減少するどころか、増加していっている。
正体不明の怪人達の群れに、ランドールのブルトブルク攻略部隊の攻撃が徐々にだが、浮き足立つような形となる。
「あいつらは何だ?なんなんだ!」
「知るかよ!手を動かせ、馬鹿野朗が」
「同じ顔の悪魔の群れだ、世界の終わりみたいだな畜生!戦車隊はいるか?奴らに突撃しろ、敵を通すな!」
だが一度怯んだ兵士達は脆い。
恐れは、恐怖感となり辺り一帯に流行病のように伝染してゆく。
撃てども撃てども敵が減らない。
いつしかハロルド中尉の大波が、ランドール軍が籠る陣地帯に襲来し、雑多な武器で惨殺劇を繰り広げてゆく。
「近接戦用意!着剣せよ!」
「ぎひゃ…!」
「この野朗!よくもっ」
「ははは、はははははは!ハハハハ!」
「あっははは!あっははは!」
「きゃっきゃっ!」
狂った嗤い声を上げるハロルド達。
小銃や機関銃で、ナイフに手榴弾で、銃剣にスコップ、はては素手まで使って惨殺劇を繰り返す悪魔の群れ。
ランドールの部隊は雄々しく戦ったが、多勢に無勢、数の暴力の前に大地に屍を晒していくだけであった。
「目標セレスギフト持ち。トア機関銃用意!前方に展開する敵に火力を集中運用、曹長達と歩兵小隊、砲兵小隊は弾幕を張りつつ後方へ後退しろ!」
「はっ、少尉!」
「わかったよ、全部使い切るぐらいのつもりでやるわ!ツェーレ伍長、ロペス伍長は足止め役を頼むわ!」
「わかったよ…」
「ん、任せろトアさん!」
ハロルド達は進みゆく。
ティル中隊と、ハロルド中尉の軍勢が会敵し、いよいよ距離数キロメートル先と迫りくる頃、トアは手に持つ機関銃を全力運用し、ハロルド達に猛撃する。
連続した機関銃の発砲音が響きわたり、辺りに弾がばら撒かれるように発射され、大波のように迫るハロルド中尉達を粉微塵に粉砕してゆく。
トアの討ち漏らしを、曹長にツェーレ、ロペス達の部隊が適確に屠り、敵を寄せつけないでいる。
量産し続けるハロルド達と、チームワークで対応するティル中隊。
それでも軍配はあちらに傾きつつある、このままではまずい…。
「トア!君の使っていた対物ライフルを僕に貸してくれ!もう1人のギフト持ちを狙撃して、奴の注意を逸らす!」
乱戦の最中大声で叫ぶティルに、トアは機関銃を撃ちながら、空いた左手で保管庫から無言でティルへ手渡す。
一瞬アイコンタクトをすると、機関銃の操作へと戻るトア。
ティルはライフルに弾を籠める。
白衣の女性へと照準を定めるために。




