人体収集家
ブルトブルク近郊での、セレス側とランドール側の戦闘は平行線を辿ったまま、ランドール側が撤退の信号弾を打ち上げた事で、初日の攻防は幕を下ろした。
ランドール側の1日目の戦いの成果としては、セレス側が構築した塹壕陣地帯を、何箇所か制圧しただけにとどまり、当初思い描いたブルトブルク地帯への本格侵攻とはならなかった。
攻勢側のランドールは、守備側のセレス側より明らかに死傷者が多い。
一方のセレス側は、ランドール側の攻勢を阻止したと、大いに士気を上げ、気の早い者が祝杯などをあげる。
セレス側のヘンリー司令の機転により、東部方面軍をいちはやく陣地構築に全力投入出来たことが功を奏した。
対戦車砲や機関銃、野砲などを計画的に配置しての火線の構築、兵力の集中配備、敵側の攻撃ルートの計算など、緻密な計算の上での勝利でもあった。
しかし翌日には通常兵力の他に、ランドール側の化物達の投入が予想される。
手堅い勝利は今日で終わる。
本当の戦いは、明日から始まる。
かねてより召集をかけ、ブルトブルク地帯へと編入させたギフト持ち達。
いささか性格に難があるが、それを補って余りある我が軍のエース達。
ブルトブルクの都市の中、臨時司令部となっている市長の邸宅で話を進めるヘンリー司令と高官達。
翌日からの方針の会議の中、現在の戦力分析を行うヘンリー司令。
「さて、ランドール側のギフト持ちの確認だが、暴虐のヨハンナに不可視のジェイコブ、千里眼の奴、それと噂のベロニカの亡霊がいるとされている。勿論他の戦線からの増援もあるかもしれん」
「4名のギフト持ちですか…」
「対する我々のギフト持ちは2人、些か不安を覚えますな。どれだけランドールの奴らに抗えますかな?」
ギフト持ちの人数だけを聞くと、露骨に不安げな表情をみせる高官達。
彼等はギフト持ちの能力を未だに疑問視し、軍隊の外に置きたがる、前時代的な古い考え方をする軍人達だ。
ギフト持ちの可能性を信じるヘンリー司令にとって、彼らのような考え方は唾棄すべきものだ、清濁あわせることで活路を開ける方法もあるはずだと。
「諸君忘れたのかな?かの2人は、会戦でも活躍し、その後も各戦線で比類なき戦果を上げる、我が軍の精鋭だぞ。ギフト持ちは数ではない、質であると何度も申したはずですな各々方?」
「司令、別に我々は頭ごなしに彼等を否定する訳ではありません!兵士達を重要視してほしいのです、彼らは替えが効かない特殊な兵種なのですから!」
「左様ですぞ司令!」
「我々の本文は戦う事のみ、何故そのような軟弱な奴等に、我々が軽んじられるのか?理解できかねる!」
「では諸君、何故そんな奴等に我々は痛い目に遭い続けている?彼等は私達より遥か先をゆく、人類の進化の形だ。会戦では我々が辛勝したにすぎないのだ、そんな彼等を厚遇するのは当然だ!」
おし黙る一同にヘンリー司令は軍議の先を促し、どうにか話が纏まってゆく。
「伝令、2人を此処へ呼んでくれ!私の名前を出せば理解するはずだ!」
「はっ、ヘンリー司令!」
バタバタと駆け出す伝令を見守り、軍議へと戻るヘンリー司令。
伝令が向かった先は、都市より離れた野戦病院であった。
前線で負傷した兵士達が、簡易なベッドに寝かされ、怪我の程度により色分けされた札がついている質素なものだ。
何人も軍医や看護婦達が行き交い、そこはさながら戦場のようである。
「…先生、俺は駄目だ…!」
「なに言ってるの馬鹿ね、弾が貫通しただけよ泣き言言わないの。弾が体内に残留したほうが悲惨よ、麻酔なんてなしで即外科手術だったわよ君」
「…運がいいのかな?」
「そうそう、幸運を噛み締めなさい」
セレスの朱の軍服の上から白衣を羽り、にこやかな笑顔を浮かべる、栗色の髪色をしたサバサバした女性。
「いたいた!クロエ軍医、クロエ・エバンズ軍医、司令部の伝令の者です。ヘンリー司令より召集です!至急私と共に前線司令部へとご同行を…」
「少し待っててくれる?検体達の様子を観察してから向かうわ、ヘンリー司令ならわかってくれるからさ」
「検体…?私もいきます軍医!」
「貴方物好きね、別に構わないよ…」
クロエ軍医は白衣をなびかせながら、野戦病院とは別の棟へと向かう、それを生真面目な伝令は追う。
その棟は厳重に封鎖され、完全武装した歩哨達が出入り口を警備している。
検体という不穏な言葉といい、薬品の保管庫に物々しいまでの見張り達。
「クロエ軍医!異常ありません」
「ご苦労様、あぁ彼は私のお客さんだから大丈夫。そのまま仕事して…」
柔らかな笑みを浮かべているが、中に入り地下への階段を降りてゆくにつれ、建物からは濃い血の匂いがする。
伝令はこのあと、クロエについてきた事を後悔する事となる。
そこは軍医の個人的な人体実験場であった。彼女は自身のギフトの能力をよりよく知る為に、日夜狂った事をしている。
彼女クロエの能力は、自分の体内で毒物を精製し、散布・流布する能力。
より長く苦しめる神経毒や、無味無臭な毒、細菌毒、人体を効率よく破壊する為の様々な毒物の研究場。
検体とは生きたランドールの兵士達であり、半死半生の者もいれば、四肢が激しく痙攣する者、身体に斑ら模様の黒い染みが浮かんでいる者もいる。
それを淡々と観察し、経過を記録し、軍医に報告をする助手達。
伝令はその光景をみて激しく嘔吐する。
彼女は人を治療する傍らで、人を壊す研究を行っているという矛盾。
「貴方は、軍医!貴方は人間じゃない、貴方は狂った存在だ!」
「狂う?医療の進歩は度重なる人体実験の成果でしょ?これは必要な事なのよ伝令君。この研究はセレスの進歩にも繋がるし、ひいては私達の寿命を延ばす手がかりになりえる事よ。まぁ、今すぐ理解しろとは言わないわ」
「なんなんだあんたは!なんなんだよ、俺はあんたを、認めない」
「はぁ、もういいわ貴方…。私の気持ちに共感すると思ったけれど、とんだ勘違いだったわ。今楽にしてあげる」
クロエは叫ぶ伝令に手をかざすと、そこから微小の毒物を精製し、伝令を強引に黙らせると助手に片付けを命じる。
助手も慣れた様子で伝令を運び、焼却炉へと伝令だった者を処分する。
「検体達の経過は順調ね、ただそろそろ新しい検体が欲しかった所だから、ちょうど良かったわ。ヘンリー司令には感謝ね、ランドールの兵士達を見繕う場所を提供してくれるんだもの」
「成人男性の検体を多めにお願いいたします軍医、消耗が激しいので…」
「貴方達の研究が荒っぽいのよ、まぁ融通してもらうわ。検体達の観察、引き続き頼むわね。頼りにしてるよ?」
「はい軍医!」
それから野戦病院より司令部に着陣したエバンズ軍医は、やや気怠げな様子でヘンリー司令の元へと現れる。
もう1人のギフト持ちとともに…




