交渉模様
同日深夜、モロゾイ村郊外にある空き家にて集う機械人形達。
トアはランドールの軍服を着込み、オレンジ色のペイント弾を詰めた拳銃を二丁、腰のホルスターに下げている。
対するツェーレは、白い三つの円環のマークが刻印された、眠らずの国の国旗をあしらった黒の軍服を纏い、訓練用のゴム製ナイフに、オレンジ色の塗料が塗られた物を一振り構えている。
見届け人を務めるロペスも、ツェーレと同様の黒の軍服を纏ってはいるが、装備は無く、丸腰状態である。
あくまでも審判役といった形だ。
寂れた空き家の前に広がる、どこまでも広大な野原の上で、互いに見つめあうトアとツェーレの両者。
「よく来たわねトア!小間使いにしてはいい根性ね、褒めてやるわ!協力した人間に情でも移ったのかしら?まぁ私は、あなたをとっちめることが出来ればなんでもいいのだけれどね」
「えぇツェーレ、私も勝てる試合を落とすつもりはないもの。君もロペスのように素直なら、こんな面倒なことはしたくないんだけどね…。無理矢理縛りつけてでも、君を連れていくわ」
憎まれ口をたたき合い、ツェーレは一方的に敵視した感情をトアにぶつけ、食堂の時に会った、愛想の良い性格はどこかに隠れてしまっていた。
対するトアは飄々とした態度で、感情が窺えしれない物腰だ。
ロペスはトアをつぶさに観察する。
『トアは始まりの個体が創造されたあとに、ナノローグ様自らの手で生み出した第1世代型とも呼ばれる雛形世代。対する我々は、機械人形達によって創造された第2世代型だが、性能や能力には大きな差があるはずだ…。』
『長引けば、恐らく不利になるのは我々の世代のはずだ。どうするつもりだツェーレ?無策ではないはずだが』
ロペスは思案しつつも、模擬戦の音頭を取るべく、右手を掲げる。
「これより模擬戦を始める!トアとツェーレは前へ、両者互いにどちらかの武器が、先に相手に命中した方を勝ちとする!両者に相違はないな?」
「ないわ、ロペス!」
「準備は終わってるよ?」
互いに獲物を構える両者、ツェーレはゴム製のナイフを構え、体勢を低くしてトアをジッと見据える。
対するトアもまた、二丁の拳銃を腰のホルスターから抜き放ち、両手を脱力したようにだらんと構えている。
「では、始めっ!」
言うやいなや、二人は動き出す。
先ずは牽制射撃のように、数発のペイント弾をツェーレに向け放つトア。
ツェーレはそのペイント弾を、蛇行する事で躱してゆき、みるみるとトアとの距離をつめていく。
その行く手を遮るかのように、ペイント弾が発射されるも、飛び退く事でどうにかトアの射撃を回避するツェーレ。
【厄介ね、近づけばナイフの方が速いのに、あちらさんに隙が少ない。強引に乱戦に持ち込むしかないか…。問題はどうやって引き摺りこむかかしら?】
トアもまた、ゆっくりと動きながらにツェーレの動作を確認し、マガジンに弾をこめて拳銃の具合をみている。
【近接格闘に絶対の自信があるみたいね、今のは意外と自信があったのだけど、奴のセンサーの感度がいいのかもしれない。なら奴の先を捉えるしなかいか、ふぅー気苦労が絶えないわ…】
ジリジリと動く両者だったが、先に動き出したのはツェーレであった。
先程の小手調べではなく全力の機動速度をもって、トアへ迫るツェーレ。
相手への侮りもなく、驕りもなく、脚部への負荷を限界までかけて回り込み、右へ左へとトアを翻弄し、まるで円を描くかのように素早く背後に回り込むことに成功するツェーレ。
野原には、ツェーレがつくった轍のような深い溝が刻まれている。
何発ものペイント弾を躱し、今やトアの懐にまで入りこんだツェーレ、この距離ならやれる、私の領域だ。
「もらった!」
「…残念ね、ツェーレ」
薄気味悪い笑い声を漏らしたトアは、完全に死角となっている背中に向けペイント弾を放っていた。
「なっ、なに⁉︎」
身をよじり、どうにか回避行動をとった為に、一瞬ツェーレの体が宙に浮いてしまった。その僅かな隙、時間にして一瞬をトアは見逃さなかった。
もう片方の拳銃から放たれたペイント弾が、ツェーレに着弾し、黒い軍服に大きなオレンジ色の染みをつくった。
「ふっふー、私の勝ちかしら?」
「…糞!」
どこか得意げなトアと、正反対に悔しげな表情を浮かべるツェーレ。
ロペスが声高にトアの勝利を告げて、奇妙な模擬戦は幕を閉じた。
「それじゃあ約束通り、私についてきてくれるかしらツェーレ?ロペスもそれで異存はないわよね?」
「あぁ、俺に異存はないトアさん。全てはナノローグ様の意思ならば、俺は貴方に協力いたしましょうトア」
「わかったわ、約束の反故なんてダサい真似はしないわよ。これからはあんたの指示に従うわトア!ただ、ここから出る前に半日くれないかしら?」
「半日?別に構わないが…」
朝陽が昇りはじめ、夜の帳が明けてきた頃に、ツェーレはトアに奇妙な頼みごとをしたのに、不思議顏なトア。
ツェーレ達にとって、モロゾイ村は活動の場であり生活の中心であった。
別れはきちんとしたい。
それがツェーレとロペスの願いだった。
どこか人間らしいと感じたトアは、ツェーレ達の頼みを快諾し、村の外れの看板の前で待っていると告げると、ひとまずはその場を後にした。
それからはロペスとツェーレの二人は、流れ者である二人によくしてくれたご近所さん巡りをし、村長に謝辞を述べ、働き先の食堂に突然の辞職を丁寧に謝罪し、退職金はいらないといった。
「ロペスさんにツェーレちゃん、ランドールの本国への里帰りか、ここも淋しくなるな。いつでも帰っておいで、ここは貴方達の故郷なんだから!」
「ロペスさん、ツェーレちゃんをしっかり守ってやんなよ!こんなご時世だが、私ら飯屋は、飯作ってなんぼだ。その温かい飯でお客を喜ばしてやんな!」
「ありがとうございます親方!それに村のみんなも、落ち着いたら遊びにきますので、どうかお元気で!」
「私からもお礼を!流れの私達にこんなによくしてくれて、皆さんとの出会いは宝物でした!また、どこかで!」
どこか晴れやかな二人の雰囲気を、引き止めるのは野暮だと思い、二人を精一杯暖かい気持ちで送り出す村人達。
その見送りは、二人が見えなくなるまで続き、手を振り続けていた。
「モロゾイ村、良い村だったわねロペス。次はどんなとこかしら?」
「どこでも構わないさ、君が横にいる、それだけで俺は十分さ。これだけの理由じゃ納得しないかい?」
「ぷっ、なによそれ」
村の近くに隠してあったあばら小屋にある二人の装備を身につけながら、トアの待つ看板前へと向かう。
模擬戦の時の眠らずの国の黒い軍服姿に、ツェーレは背中に特徴的な大振りなククリと数種類のコンバットナイフを、腰や脚、腕に巻きつけ、小型のピストル型の拳銃を胸から下げる。
ロペスも同様な黒い軍服姿に身を纏い、ツェーレと同じピストル型の拳銃を腰に吊るし、無骨な黒い砲筒を背中に背負いながら、専用の弾頭を大きな背囊に限界まで詰め込んでいた。
「お待たせトア!」
「待たせたかなトアさん?」
二人の表情はどこまでも晴れやかで、迷いなどまるで無いかのように、トアと合流をはたした機械人形達。
白い円環のマークの入った外套を誇るように、ツェーレとロペスの足取りはどこまでも軽かった。