微睡み日和
セレス占領軍の根城と化したフランクリン国門は、不気味なほどに静寂を保っている。あちらからの決戦は控え、あくまでこちらの出方を窺う構えだ。
未知のギフト持ち達がいるという噂もあるが、真偽の程は定かではない。
戦闘向きのギフト持ちは、ランドール国内では両の手で数える程度しか存在せず、セレスも同じ様に消耗していると考えられている。その他のギフト持ちは、国家繁栄の為に国が管理していた。
管理とは名ばかりの軟禁であったが…。
彼らは今は何処にいるんだろう?
ふとティルは昔の事を思い出しながら、任務である偵察を続けている。
フランクリン国門は、何十キロも先にずんぐりと聳え立っているが、ティルのギフトに距離は関係ない。
連続使用は目に多大な負荷がかかるが、短時間であれば問題ない彼のギフトが、遥かな先の国門を捉える。
黄色に淡く発光する瞳が、彼を人ならざる者にしているが、トアはそんなティルの横顔が蠱惑的だなと考えている。
自身もまた、望遠鏡で対象を覗く。
「歩哨の数が多い、昨晩の内に更に増援があったかもしれない。壁上には野砲に滑空砲に、固定式の要塞砲が改修して使用している…。壁の至る所から銃窓が開き、機関銃が据え付けている。唯一の救いは、破損している壁の一部が改修作業中な箇所があるくらいかな」
「聞いてて嫌になりますな、どれだけの数の命を吸い込むか…。自分達でないのを祈るばかりですな、ティル中尉」
いつも軽口を叩く髭面の准尉の口が、珍しく重い。本国奪還の最後の障害となりつつある、国門を苦々しく見つめる。
ティルは見たままをニミッツ中将達に報告し終えると、短く息を吐き、その場に尻餅をついていた。
「そうだね、味方の最後の砦が、悪の巣窟の総本山だ。夢なら醒めてほしいね准尉、僕達は勝てるかな?」
「ティル中尉、明日の風がどこに吹くかなんて、それこそ誰にもわかりません。後は運を神に委ねるだけです!」
「神に、…ね」
そう言いながら、颯爽と立ち去る髭面の准尉。武器弾薬の数を確認してくると言い、その場を後にする。
けど本当に神様がいるなら、この理不尽極まりない状況も、凄惨な戦争も、全ては予定調和なんだろうか?
僕にはギフトは重過ぎる。
羨望な眼差しや、嫉妬に塗れた視線を受ける僕に、どんな価値があるのか?
自分にどんな役割があるかもわからない、神様なんて…平等じゃない。
「ティル、貴方は独りじゃないわ?私と同じ名前を持つ家族なんだから、悩みは私と共有してほしいかな?」
「トアは何でもお見通しだね、顔にでも書いてあったかな?色々と考えていたら、頭が痛くなってね…」
「それは嘘ね、真剣な表情で何考えてたのティル?ほら教えなさい、白状しないとくすぐりの刑よ?」
「ちょ、ちょっとトア、…脇は止めて。僕は脇弱いんだからさ。…少し疲れただけさトア、戦地を渡り歩く毎日に、ギフト持ちだから必要とされている自分に、一体どれだけの価値があるのかなって」
「貴方は貴方、ティルはティルじゃない。私達遊撃隊の隊長で、私の一番大事な大事な想い人で、私の可愛い弟なんだから。そんな事言わないで、ティル」
「そっか、ありがとうトア」
そんなティルの手を、トアはゆっくりと重ねて身を寄せている。
トアの冷んやりとした体温が、どこか心地いい、連日緊張していたのか、任務ばかりの毎日で碌に休息を取っていなかったティルは、睡魔に襲われて僅か数分で微睡み始めていた。
どんな夢を見ているのか、その内容は分からない。ただ笑顔なティルの寝顔は愛おしく、トアは膝枕をして顔を撫でている。いつまでも、いつまでも…。
リュティス近郊、解放軍駐屯地の物見櫓の方で仲睦まじい様子な2人を、地上からツェーレとレベッカは観察している。
「早く結婚でもすればいいのよ、あんまり煮え切らない態度だと、私が襲っちゃうんだから…。まったく」
「襲うのはトア?それともティルちゃん?ツェーレ的にどっちかな?」
「察しなさいよレベッカ、私はちゃんと幸福になってもらいたいだけよ。あんたも他人の恋路の邪魔ばかりしないで、髭と仲良くしてきなさい」
「はいはい、達観しててつまんなーいツェーレ。もっと暴れ回るくらいの修羅場を予想してたのにな〜」
「…私をそんな風に見てたの?」
機械人形達の話は尽きない。
そんな中、解放軍と占領軍の軍備増強も着々と進みゆく。この十年戦争の終局は如何なる結果になるか…。