閑話 遠征軍から解放軍へ
失礼な特使達の応対に、神経を尖らせていた参謀は、もう何本目か分からないタバコのニコチンで、どうにか冷静さを保っていた。
応接室が戦場ならどんなによかったか、何度目かの自問自答を終え、事の顛末をニミッツ中将や、他の士官達に伝達する参謀。先日の特使以外にも、他の国々からの使者が訪れており、その擦り合わせも兼ねての会合が開かれた。
そしてチェルシー公女も、同席するの一点張りで、会合に出席していた。
「…以上が先日までの、お客人方の主張となります。ジェイコブ大尉、第三国の素性は明らかになったか?」
「あちらも情報機関の者のようで、なかなか尻尾を出しません。しかし1ヶ国だけ、特定できた国があります。セレスに負けず劣らずの大国、西のイン帝国の暗号符丁を使用した形跡がありました」
「…イン帝国か、セレスを支援したかと思えば、今度は我々を支援すると…。掌返しもここまでくると、考えが読めないな。わざわざ暗号符丁を残したのも、我々を誘う策かな大尉?」
「さぁ?そこまでは把握してませんよ、参謀殿。支援してくれるなら、利用してやるくらいの考えでよいかと…」
ジェイコブ大尉はニヤリと笑い、参謀も口角を上げて微笑んでいる。
一方でミラー少佐が挙手し、ニミッツ中将へと質問している。
「ニミッツ中将!今は目先の事よりセレスです、手痛い一撃をくれてやったのです。この機を逃さず更なる打撃を奴らに与えませんと、奴らの増長は止まりません!中将、私に出撃の許可を!」
「ミラー少佐、君の言い分もわかるが連戦するほどの体力が今の君にあるのかな?利き腕の怪我が完治していないだろう、先ずは治療だ。落ち着きなさい少佐、焦らずともよいのだ…」
「了解致しました…、ニミッツ中将がそう仰るのなら、自重します」
こうべを垂れるミラー少佐を、やんわりと諭すニミッツ中将。
少佐の勢いは削がれ、みるみる従順な態度へ変化してゆく。
だがティルの瞳は、少佐の痛々しい右腕を捉えたままだ。ギプスはとれたとはいえ、包帯の下の赤黒い肌が見え隠れしているのが心配だ…。だが、懸念を余所に尚も会合は滞りなく進みゆく。
「現在、我々の存在を利用せんと、多数の勢力が接触を図っている。だが、それは我々の立場が明確でない為に招いた事態だと考えている。不当に占拠されている、祖国ランドールを奪還する為に、我々は今日より解放軍と名称を改める。大公陛下の夢の続きを、我々の手で成就させ、国を取り戻す!」
「諸君、正義を成せ!」
居並ぶ士官達に、声高に宣誓するニミッツ中将。全員の顔をゆっくりと見回しながらに、敬礼している。
その日は具体的な方針が語られぬまま、お開きとなり、兵士達は各々の部屋へと撤収していく。
会議室を出た廊下で、ティルはミラー少佐へ思わず声をかける。
「ミラー少佐、少佐はずるいです!」
「…ずるい?どういう意味かしらティル中尉、私に意見する気?」
ピリピリした雰囲気の少佐に、身震いするティル。だが、自分の意見を素直に伝える思いは自分も負けない。
「少佐は自分に言いましたよね?軍人は生き残る事が仕事だと、けど少佐は自分自身をないがしろにしています!」
「それは、…そうね認めるわ。だけど私の心配なんて、生意気よ!ティルのくせに、この、この!」
「少佐、いたいれぇふ…」
ほっぺをぐにぐにと抓られるティル。
少佐は真顔でティルをいじめている、じゃれているのか、本気なのかは本人しかわからないことだった。