心折れぬ者達
一方的な戦闘を終えたティル遊撃隊は、大公の居城から脱出してきた公女一行の元へ集合してゆく。
レベッカだけはエンデ型の指示を出す関係で離れた場所に存在し、周辺警戒を怠らない様周囲に睨みをきかす。
何人もの近衛が息絶える凄惨な現場で、大公夫人と侍女の前に立ち、震える手でこちらに向けて拳銃を構える彼女こそ、クリフ大公の一人娘であるチェルシー公女殿下その人だろう。
気丈に振る舞おうと、大分無理をしたのか顔色には疲労の色が濃く、衣服も乱れ、汗ばんでいる。
彼女の警戒心を刺激しない様、ゆっくりと近づき名乗りをあげるティルと、その背後から続く遊撃隊の面々。
「公女殿下と大公夫人で相違ありませんか?私はランドール遠征軍所属、ニミッツ麾下のティル中尉です。こちらは副官のトア少尉です、以後お見知りおきを」
「公女殿下、私はこちらのティル中尉の副官を務めておりますトア少尉です。救護が間に合い大変嬉しく思います」
「自分はティル遊撃隊、分隊長を拝命している髭面の准尉であります!道中何卒宜しくお願いします!」
はにかんだ笑顔を浮かべるティルとトア、髭面の准尉も精一杯微笑むが、どこか凄んでいるかの様な強面の表情。
公女達も眼をパチクリさせる中、全身血塗れ姿である、ツェーレとロペスの姿に唖然としながら釘付けとなる。
「同じく分隊長のツェーレです」
「分隊長のロペスです、宜しく」
まさか味方とは思っていなかった様で、チェルシー公女が完全に拳銃を下すまで、些か時間を要した。
だがティル遊撃隊の面々が、朗らかに自己紹介を続ける事で、ようやく信用したのか全身脱力した状態になる公女。
「…助かったよ、本当に。味方から裏切り者の背信者が続出してね。誰が味方か解らぬ状況で、信用できる者達だけを引き連れ、脱出を試みたんだが父上である大公は救えなかった。本来守護すべき主人を見限り、セレスに寝返った臣下の者達の影響なのだがな…。私も同じ道を辿るはずだったが、幸運に恵まれたよ。改めて感謝する中尉」
「あぁ…、クリフ。ごめんなさい、心優しい貴方を置き去りにして、私は無神経に生きれないわ。チェルシー…」
「母上、どうか心を強く持って下さいませ。私達が生き残ったのには、なにか訳があるのです!」
すっかり憔悴している大公夫人を、健気に励まし続ける公女。
彼女も今の公国の現状を憂いているのだが、母親の前では微塵も出さないと心に決めた彼女からは、独特な決意を感じる。誓いにも似たなにかだろう。
「公女殿下、大公夫人、どうぞこちらへ。首都リュティスから離れる事になりますが、我らが本拠地であるライナレスへとご案内いたします」
「…トア少尉、セレスのある大陸と、このリュティスからはかなりの距離だわ。そんな夢物語は信じませんよ、そんな非科学的な事ある訳ない」
「いいからいいから、公女殿下。こっちに来れば判るわ!私は嘘を吐かないのを信条にしているのだから」
「な、なんだ少尉⁉︎どこへ…?」
はやくもトアの敬語は崩れ、自分の立場と公女の立場が曖昧となり、普段の口調となりつつあるトア。
手を引かれるがままのチェルシーも、どうしていいか判断しかねる表情で、トアの顔を観察している。
「公女様の髪を早く直したい、衣服も修繕して、代わりの物をトアの保管庫から失敬しないと。それからチェルシー公女の好きな献立を組まなきゃだし、それからロペスにはあれと、これを…」
「ツェーレ、大丈夫か?」
公女への世話をする事に、並々ならぬ情熱を燃やすツェーレを、どこか苦々しく見つめるロペス。
度々起きる同僚の病を、ロペスは勝手に突発性メイド発作病と名付け、彼女の病が鎮まるのを密かに祈っていた。