戦場から戦場への宅急便
「ニミッツ中将、本国のフランクリン国門にて戦闘が開始されました。予断を許さぬ状況が続いております」
「…そうか」
煙草に火をつけ、煙を吐きながらにニミッツは参謀の報告を聴いている。
ランドール本国と、遠征軍が物理的に分断されてはや半年。戦況悪化は最早絶望的な状況になっている。
北部地帯のほぼ全域を失陥し、首都防衛の要たる国門までセレスの魔の手が伸びている。ランドール首脳部は降伏か、抗戦かの二者択一を迫られている。
大公からの勅命ではなく、最近はその腹心たるイズマイル卿からの指示が目立つのも気になる。
大公は病にでも伏せているのか?
「参謀よ、本国がセレスに抑えられたら、我々は何処に還ればいい?大公という明確な指針を喪った時、何を信じて戦えばよいのか?最近思うのだ」
「ニミッツ中将、我々は大公の軍であると同時に、ランドール公国軍なのです。それは後にも先にも同じだと考えます、であるのなら、世界情勢が変わろうと、我々を取り巻く状況が変化しようと、ただ愚直に走り続けるだけです」
「参謀らしい素直な意見だな、ならばその道を我々は共に行かねばなるまい。戦い続ける事こそ、我らが本分だろう」
ニミッツ中将が挽いた豆で淹れたコーヒー片手に、参謀とニミッツは窓から見える景色を眺めている。
銃火の音の絶えない、灰色に燻んだ空の下で公国の未来を考える二人。
中将の淹れたコーヒーは、どこまでも苦味の効いた味であった。
本国が危ない。
その噂で遠征軍内は持ち切りであった。
戦いに明け暮れる兵士達であっても、母国の情勢は気掛かりだ。
それはティル遊撃隊のメンバーも一緒であり、ティルは髭面の准尉と、トア達機械人形と相談を続けている。
「皆聞いてほしい、僕はクリフ大公が嫌いだった。大公への反抗心だけで、これまで戦い続けてきた。けど今そのランドール本国が窮地だ、大公とその家族、上層部の一部だけでも救出したい。国家の指導者達が纏めていなくなれば、国の再興は夢物語になってしまう!だから、皆の力を僕に貸してくれ」
居並ぶ士官に顔を向けるティル。
彼の顔は決意に満ちており、同時に信頼できる面々に自身の胸中を打ち明ける覚悟を見せつけられ、遊撃隊のメンバーも二つ返事で了承する。
「中尉、貴方とご一緒なら例え地の果てでも付き従いますよ。長年連れ添った仲なんだ、今更ですよ」
「ティル、君の願いは違う事なく私達機械人形が叶えるわ。その為の力がある、私達は一連托生なの。レベッカ、今回は貴方の能力が重要よ」
「了解よトア、ティルちゃんの頼みだもん、私の能力存分に発揮してやるわ。トアはエンデ型を全機保管庫に収容しといてくれる?それと、リュティスとライナレスを保管庫で繋げる事は可能?」
レベッカとトアは視線で会話するかの様に、会話を紡いでいく。
レベッカはトアの能力に期待しているようで、あれこれと提案している。
「エンデ型は了解。もう一つは難しいわレベッカ、保管庫も万能ではないの。認識出来ていない場所を、無理矢理に繋げる事はできない…。一度現地に行き、情報を蓄積して初めて可能になる事よ」
「そう、それは残念ね」
それならばと、自身の黒い流線形のバックパックを背負い、その身を戦闘機の中へと沈めていく。
ツェーレとロペスは、ティルと髭面の准尉に防寒具やゴーグル、酸素ボンベを付けるなどの世話をやいている。
「ティル君、上空は大気が薄いから身支度は整えないと、あぁそれと手袋も必要よね。後はこれと、それから…」
「……」
ツェーレは甲斐甲斐しくティルを着付けているのに、ロペスは無言で事務的に髭面の准尉を着付けている。
この差は何なのか?
ジト目になり、先程からツェーレに危険な視線を向けるトアをよそに、ティル達はレベッカの機体に身体を固定し、出発の時間を待つ。
留守番をする遊撃隊のメンバーが、ティル達を見送りに滑走路へと集まっている。制帽を振り、武運を祈っている。
「隊長ー!頼みましたよー」
「お気をつけてください〜〜!」
「レベッカ編隊長、頼みます!」
やがてレベッカの機体のエンジンに火が灯り、滑走路から徐々に離陸し、遥か彼方にあるランドール本国を目指す。
レベッカも最初からエンジンをフルスロットルで稼働させ、高度を下げて低空を高速で飛行する。
海洋を水飛沫を上げながら飛行し、そのあまりの機体速度にティルは顔を強張らせ、髭面の准尉はぐったりしている。
だが意識を手放さない様に、懸命に堪えながら、ギフトを発現している。
トア達機械人形も、レベッカへ相乗りしながら、各探知センサーを駆使し、目標を捕捉する準備を始める。
飛行を始めて数時間、辺りは夕闇へと移り変わり、日が沈みかかっている。
眼前のフランクリン国門にはセレスの旗が翻り、陥落している。
急がなければ…、時間がない。
セレスの上陸部隊と同じ時刻に、ティル達もリュティス上空へと到達する。




