忠義の騎士
フランクリン国門を抜けたセレスの軍勢が、首都リュティスへと雪崩れ込む様に侵入する。相対するランドール国軍の動きは鈍く、離反者や逃亡者、敵側のセレスへ協力する扇動者まででる始末。
亡きドミニク大佐も所属していた反クリフ大公の一派も蜂起し、地方からの残り少ない援軍を首都へ到達しない様に、国道は封鎖される有様だ。
建国当時からのリュティスの街並みはセレスの兵士達に破壊され、火付けが横行し、珍しい物や価値ある物が手当たり次第に略奪され、見目麗しい者が捕まるなど、統率された軍とは程遠い野党の群れの様な無秩序振りであった。
本来軍の規律を保つ筈の憲兵隊も、一緒になって略奪に参加し、ランドール人や投降兵を縛り首にし、笑顔を浮かべて街灯に吊るしていく。
ランドールへの怨みが、首都に辿り着いた事で爆発し、セレスの兵士達の理性を失わせている。抵抗も微弱、守るべき国民達はなす術なくされるがままとなり、どの様に扱うかは現場の匙加減一つ、歴史は勝者が創ると言わんばかりの態度で、リュティスを闊歩する兵士達。
大公の居城では、クリフ大公本人が捕縛されたニュースも、セレスの兵士達を勢いづかせる一因となっている。
居城の軒先で、まるで見世物の様に扱われるクリフ大公。彼からは生気がなく、俯いたまま檻に入れられている。
「ブヒブヒ鳴いてみろよ豚大公!お前はただじゃ殺させねぇ、家族や親類の首を檻の前に並べて、みっともなく命乞いをした姿を拝んでから殺してやる!」
「今革命政府の要人がお前の処遇を決める為に、本国よりお越しになる。まぁ期待するなよ?翌日公開処刑だからなぁ、処刑人に俺が立候補してやるよ!」
「ほら餌だ豚っ!」
「こぼすなっ、食べろ豚!」
クリフ大公の居城を占拠した兵士達が、檻に囚われた大公を罵倒し、卵や腐った食べ物を投げつけ、衣服は汚れて物乞いの様な姿へと変わっている。
嘲笑を浮かべる兵士達とは別に、リュティス攻略の指揮官達の表情は硬い。
大公本人の身柄は確保したが、肝心の身内である大公夫人や、一人娘であるチェルシー公女、知恵袋たるイズマイル卿の所在がてんでわからない現状に、苛立ちを募らせている。
このまま取り逃がす失態を犯すならば、連座して我々も大公と共に処刑されるかもしれない…。今回本国より革命政府の要人と、国防委員会のお偉方もお越しにるなるという話だ。
「大公の身内の所在は?」
「未だ掴めません、居城に別館、大公の私邸を抑えましたが、それらしい人物は発見していないとの報告が!」
「急がせろよ!本国より要人が来るのだ、我々が失態を演じるのは赦されない。どの様な裁きが下るかわからんぞ!捜索隊を増やせ、首都を練り歩く無法者達を根こそぎ動員しろっ!」
「はっ!了解致しました!」
リュティスを占領しつつあるセレス攻略部隊は焦っていた。ランドールの指導者連中を丸ごと国外に逃がしたとなれば、叛乱の芽を将来への遺恨として野放しにするのと同義である。
捕まえる事さえできれば、地方へ軟禁するのも、秘密裏に殺害するのも、政略結婚させるのも思うがままだ。
チェルシー公女は走る。
公用車では目立つ、ならば移動手段は徒歩だと、大公の居城から脱出した一行は、友好国である隣国の一つを目指して我武者羅に走る。
冷静な判断ができない父上を置き去りにしてしまったのは、悔やまれるが、捕まればどうなるか。明日の朝日を拝めずに断頭台の露と消えるかもしれない。
「…ああクリフ、チェルシー今からでも引き返してクリフを助けましょう?」
「なりません母上!今戻れば、イズマイル卿達の時間稼ぎが徒労に終わります!暫くは苦労をかけますが、ご辛抱下さいませ母上。私達は生きなければ!」
「…そんな、ごめんなさいクリフ」
「公女殿下と大公夫人、間も無く出口です。周辺にセレスの者がいるかもしれません。ここからはお静かに願います」
近衛の者が身を屈め、出口の扉を半開きにして周囲の様子を伺う。
大公の居城より繋がる、秘密の脱出口より走り続けて半日は経っただろうか。
日はとうに沈んだ筈なのに地下道は熱が篭り、空気の巡りが悪いのかジメジメとした高温であった。
公女達は汗を拭い、それぞれが武器を持ちながらに、唾を飲み込む。
外に敵はいるのか?
リュティスはどうなったのか?
父上はまだご存命なのか?
ぐるぐる様々な事柄を考えるチェルシーは、やがて近衛と共に出口を出る。
だが密告者でもいたのか、寂れた家屋の周りには、既にセレスの部隊が待ち受けており、近衛が銃撃戦の末に次々と射殺されてゆく。
チェルシーも自身の拳銃を握り締め、今後の進退を考えている。
銃口を自分に向け、辱めを受けずに高潔な死を選択するか、セレスの傀儡となる苦渋に満ちた生か。チェルシーは母親と侍女の前に立ち、瞳を閉じる。
だが暗がりで分からないが、どうやらセレス以外の勢力が、私達との接触を阻止している様で、それも徐々に落ち着き、辺りは再び真っ暗になる。
暗がりから一人の若い男性の士官と、女性の士官がこちらに声をかける。
敵ではない様で、ランドールの紺色の軍服を纏い、彼らの制帽には髑髏の刻印が刻まれていた。
「チェルシー公女殿下と大公夫人に相違ありませんか?参上が遅くなり申し訳ございません。周囲の安全を確保しております、私が先導致します」
「…う、うむ大事ない。すまない助かったよ、君達は一体誰なんだい?」
「私はニミッツ麾下の、セレス遠征軍所属のティル中尉、こちらは私の副官のトア少尉です。お見知りおきを。」
片膝をつき、恭しく臣下の礼を取る二人の軍人に、安堵しつつも目を白黒させるチェルシー公女達だった。