クリスマスには赤い薔薇を
また今年もクリスマスがやってきた。
一人のクリスマス。
誰かと過ごすクリスマスなんて、もう忘れてしまった。
はじめは寂しいと思っていた一人のクリスマスも、今では一瞬落ち込むけど、慣れてしまった。
それでも冬になると、友達が「合コン行こうよ」などと誘ってくれる。
クリスマスを一人で過ごさない為に。
だけど、そんな気にもなれなかった。
心はあの日にとらわれたままだから。
幸せだったあの日。
その幸せが儚いなんて思いもしなかった。
何度呼んでも返事が来ないと知りつつ、ひとつの名前をつぶやいてしまう。
そんなことをすれば悲しくなるだけだど知りつつ、呼び続けていた。
返らない返事は、心の傷をただ広げるだけ。
それに気づいてから、名前を呼ばなくなった。
けれど、同時に心は凍ってしまった。
心から愛してたから。
もう二度とあんな風に誰かを愛するなどないと。
全てを諦めていた。
だけど、今、何かが変わりそうな、微かな予感が微かにしていた。
仕事が終ると真っ直ぐ家に帰ってくる生活。
一人暮らし故に淋しくて、元々好きだったパソコンに費やす時間が増えた。
一人で部屋にただポツンといるより、同じ趣味の仲間で話してた方がいい。
そう思うのは、きっと当然の事だろう。
玄関先で、家の鍵を探している時に携帯が鳴った。
メールだ。
鍵を探す手が自然と慌てる。
着信音で誰かわかるように設定してあるから、すぐに誰かわかった。
悠だ。
家へ入ると鞄から携帯を取り出し、鞄を放ると服もそのままに携帯メールを開く。
タイトルはなく、差出人は悠となっている。
そのメールを開く。
『お疲れ。メール遅くなってごめんな。急に寒くなったけど、体調は大丈夫か?掲示板見たぞ。赤い薔薇を腕いっぱいか?(笑)いつか叶えばいいな。俺は、イヴも仕事だよ。』
なんてことのないメール。
悠は、本好きの集まりで知り合い、話しをしていくうちに仲良くなりメールのやりとりもするようになった。
本当のところは、仁美の中にある闇を悠が心配してくれているというのが本当のところだが。
悠は夜の仕事をしているために頻度にメールをするわけではない。
だからか、着信があるとつい急いで返事をする。
今の心の寂しさ、人恋しさ。そしてそれと同時にある、恋愛への恐怖。
悠だけは全部知っている。
『これから仕事?寒くなって来たから気をつけてね。じゃあ、悠が叶えてよ(笑)でも、仕事じゃ仕方ないか〜。仕方ない、我慢してあげる。でも、本当にこの時期はカップルが目について嫌」
冗談を交えて返事を送った。
悠は関西、そして仁美は東京。
生活時間帯は逆で、面識もない。
でも、冗談でそんな事を書ける位には仲良かった。
「わかってるよ。悠だってくれないって」
仁美は寂しそうに呟いた。
直と別れてから、今年で3年目になる。
去年までは、二度と恋愛はしないと決めていた。
今年になって、特にその気持ちが変わったわけじゃない。
ただ、悠と話すようになって、何となく悠が気になる存在になった。
けれど、仮に悠を好きになっても何も進展しない。
それは初めからわかっていた。
仁美に忘れられない恋愛があるように、悠にもあるのだ。
そして、悠は恋愛を放棄し、一時の夢の中へ身を投じた。
なのに、仁美の中にはゆっくりと変化が起きていた。
「悠と会って、話してみたい」
悠とメールを始めてから間もないころ、一度仕事で関西に行く事になった。なので悠にメールしてみた。
「仕事で関西行くから、悠のお店行ってみたいなぁ」
そうメールした。
しかし、悠からの返事はなかった。
その時はひどくショックだった。
けれど、それも仕方ないと思い、それ以来はそういうことは言わずに、ただのメル友のようにメールを続けていた。
しかし、仁美の中の密やかな、でも確実に変化した気持ちは消えたわけではなかった。
ただ、諦めただけ。
所詮、届かない。手だけでなく、想いも。
「諦めるのには慣れてるよ〜だ。ね、悠」
仁美はベッドの上に置いてあった、テディベアのぬいぐるみを引き寄せ、抱きしめた。
このぬいぐるみは仁美が一人の寂しさから、不眠症になり、精神的にバランスを崩した時に薫が送ってくれた物だ。
『俺の名前つけてさ、寂しい時に話しかけてよ。"オレ"は聞いてるし、仁美の手を取るから』
そう言って送ってくれたのだ。
それから、部屋にいる時はテディベアの悠に話しかける癖がついた。
子供っぽい。そう思いながらも、本物の悠に話しかける代わりにテディベアに話しかけていた。
「やっぱり、諦めなきゃだめだよね、悠?わかってるのに…バカだよね。笑ってやってよ」
仁美は淋しく一人で呟いた。
「赤い薔薇の花束を」
仁美がそういうにはわけがあった。
正直、薔薇は嫌いな花ではないし、好きな花だ。だけど赤い薔薇の花束、というのには訳があった。
仁美が直と付き合い始めた頃、電話でつい大喧嘩になってしまった事があった。
電話を切る時に、「ごめんなさい」と仁美は謝ったが、直は聞こえなかったようにガシャンと電話を切った。
付き合い始めて間もなかったから、仁美はすごく落ち込んで、一晩中泣きじゃくっていた。
寝付いたのは朝方だった。
やっとついた静かな眠りを邪魔したのは、いつも仁美が「可愛げない〜」と言うチャイムの音がやっと訪れた眠りを邪魔したのだ。
眠い目を擦りながら、壁の時計を見ると、朝の9時少し前だった。
まだ3時間位しか寝ていない。眠い筈だ。
「もぉ、こんな時間に誰よ。押し売りだったら、追っ払ってやる」
そう一人ごちてドアを開けると、仁美の目の前は真っ赤に染まった。
いや、真っ赤に染まったのではない。視界が赤一色で覆われたのだ。
「一体何?」
と思った仁美の視界が急に明るくなった。
「ごめん」
真っ赤な薔薇の花束を仁美に押しつけると、直は頭を下げて謝った。
「直、仕事は?」
「休んだ。仁美と仲直りする方が先決だと思って」
この時間に仁美の家に着いたと言うことは…
「仕事行くよりずっと早起きしたよ」
苦笑いしながら樹がいう。
直の仕事場は自宅から30分で、仁美のところまで、1時間半かかる。
「直…」
「本当に昨夜はごめん」
直が再び頭を下げる。
それで二人は仲直りした。
それから仁美は、赤い薔薇の花が好きになった。
赤い薔薇の花言葉も理由のひとつだけど。
クリスマスイブまで後2日という日の会社のお昼休み。
友人の恵からメールが入った。
「一人者同士集まって食事行こうって言ってるんだけど、仁美も来ない?イブの日の6時半にS駅だよ〜♪」
恵の言う"一人者"は、仁美にとっては知らない人ばかりだ。
恵は人見知りをしない。
だけど、仁美は初めて会う人ばかりの中で楽しめるほど、人見知りしないとは言えない。
仁美が一人で寂しがらないように、恵が気を使ってくれてるのはわかっていた。
イブは去年までと同じように、一人ケーキを買って、好きな映画をDVDでも観て過ごすつもりだった。
一人でケーキを食べるのは寂しい。
でも、そんな寂しさにも慣れてしまった。
だけど、せっかく恋が出来ると思った相手は悠で、望みなんてない。
諦めないで頑張れと人は言うけど、悠と話していて、難しいと感じていた。
仁美が直と別れて時間を止めたように、悠も同じように時間を止め、そして夢の世界で生きることを決めたのだ。
現実の世界へは戻る気は全くない。
だから、仁美は希望を持てなかった。
悠で動きかけた心は、今なら何とかなるかもしれない。
誰かを探そうというより、少し自分の世界から出てみるのもいいかもしれない、と思う。
けれど、即決出来ずに、
「ありがとう。でも少し考えさせて」
と返事をした。
悠は無理だから…、そう思いながらも、少しは期待したい気持ちが残っていたからだ。
恵から誘いのあった夜、悠からメールがあった。
いつもなら一往復で終るメールが、悠も時間があるのかメールのやり取りを繰り返した。
悠からのメールの着信がある度に、仁美の顔はほころんだ。
そして即レス。楽しい時間だった。
けれど、ひょんな事で意見がすれ違った。
そして、それっきりメールは途絶えた。
「仁美は結局、忘れてないんだよな。俺を好きだと言ったのも寂しさからだろ」
「そんなことない。薫はいつも無視してたじゃない」
そんなやり取りだった。
悠には何度も冗談まじりで思いを告げていた。
だけど、それに対し悠は何も返事をくれたことなどない。
それなのに…。
「悠のバカ!」
携帯をガチャンと閉じ、ソファーに放り投げ、ベッドの上の悠を引き寄せると部屋の角に投げつけた。
その瞳からは涙がこぼれていた。
「これじゃ私、大バカじゃない。こんなバカいないよ」
けれどなぜ悠は突然、仁美が直を忘れてないと言ったのだろう。
悠に惹かれる気持ちに気づいてから、直の話しをする事はなかった。
なのに、なぜ?
いくら問いかけても戻らない返事に、思いは余計に悲しさを増すだけだった。
「もう、これで悠とも終わりだね…」
なんて呆気ない幕切れだろう。
いや、終わりなんかないのかもしれない。
二人の仲は何も始まってさえいなかったのだから。
「さよなら、悠…」
取り寄せた携帯をあけ、そう呟きながら悠のメールアドレスを着信拒否する。
そうでもしないと悠からのメールを待ってしまいそうだったから。
悠と出会ったサイトもお気に入りから削除した。
それから、恵みに誘われていたイブの日の食事に参加するとメールした。
イブの日。
仕事帰りのS駅。
たくさんの待ち合わせをしている人がいるが、ほとんどがカップルだ。
恵たちの仲間は、仁美を入れて6人。
どこのお店に行こうかと悩み、駅から少し離れたアジアンダイニングに行く事にした。
そのダイニングは、薄明るい蒼い光で照らされた、雰囲気のあるお店だった。
「一人者の集まりだから」
恵はそう言っていたけど、知らない人が見たら、仲の良い仲間の集まりに見えるだろう。
いや、実際、仁美を抜かしたメンバーは仲が良いのだが。
一人では飲まないお酒も頼んだ。
カシスソーダ。仁美が一番好きなお酒だ。
お酒をゆっくり味わいながら、アジア多国籍料理を楽しんだ。
もちろん、仲間たちとの会話も楽しんだ。
仁美の前に座ったのは、キリッとした一重瞼が印象的な、仁美より2歳年下の由だった。
その目がどことなく、直を連想させた。
「なんか、仁美さんが一人者ってピンとこないんですけど、本当は誰かいるんじゃないですか〜」
お酒で少し顔が赤くなっている。
「そんな事ないよ。今日はいつもよりお洒落して来たから。それに、照明が暗いせいよ」
「そうかなぁ」
そんな二人の会話を聞いて、仁美の隣に座った恵がちゃかす。
「な〜に、由ってば仁美に惚れた?年上好きだもんね〜」
恵の言葉に、由の顔が余計赤くなったように見えたのは、気のせいだろうか。
時計が10時を回った頃、パーティーはお開きになった。
みんながそれぞれの方角へ別れ、仁美も歩き出した時由の声が聞こえた。
「仁美さんって、僕と方向一緒ですよね?送って行きます」
「え?いいよ。私の方が先だし」
「じゃ、途中まで一緒させて下さい」
そう言われたら断れず、途中まで一緒に帰る事にした。
実際並んでみると、由は結構背が高かった。
175cmはないだろうが、それ近くはあるんだろう。
外気にあたり、お互いにお酒も醒めてきた。
「仁美さん、急ぎます?」
「え?そんなことないけど…」
「少し散歩しませんか?」
「いいけど」
そう返事すると、由はやったぁ!と言わんばかりに笑顔になった。
その笑顔は無垢なようで、子供みたいで可愛くて、つい私も笑ってしまう。
「あ!笑った!」
由が私を見て言う。
「気づいてませんでした?仁美さん、ずっと目がね、笑ってなかったんですよ。なんか寂しそうで、だから僕、気になったんです」
真顔で言う由に、何も言えなくなった。
悠と連絡が途絶えて、それで参加した集まり。
集まりは楽しかったけど、その最中もずっと悠の事が頭から離れなかった。
悠は今頃仕事だろうか?可愛いお客さんと一緒なんだろうか?
そんな事を考えていたのだ。
「恋人ですか?」
視線を正面に向けたまま、由が聞く。
私は下を向いて苦笑した。そんなふうに見えていたんだろうか。
それとも、由が勘がいいのだろうか?
「違うよ。好き…というか憧れてた人」
何でもないように笑って見せた。
「別れたんですか?あ、ごめんなさい、突っ込んだ事聞いちゃって」
ペコリと頭を下げる由。
「付き合ってなんかいなかったから。ただ、私がいいなと思ってただけ」
そう、悠とはなんでもなかった。
私が一方的に悠に憧れ、悠は友達としてつきあってくれてただけ。
「まだ、忘れられないですか?僕、仁美さんの事好きです」
由は真っ直ぐな目で私を見て言う。
冗談でしょう、と茶化すには真剣な目過ぎて出来ない。
そんな真っ直ぐな由の目を見れなくてうつ向く。
「今日会ったばかりじゃない」
そう、会ったばかりで何を言ってるの。
「会った日に何言ってるんだ、って思うかもしれない。実際、仁美さんの事を良く知らない。でも、仁美さんの寂しさを訴える目を放っておけない。僕は、仁美さんの笑顔が見たい」
由の言葉に、不覚にも視界がボヤけた。
「赤い薔薇の花束…」
「え?」
「私に告白するには、赤い薔薇の花束がいるのよ」
茶化して言った。
そうでないと泣いてしまいそうだったから。
「すいません。困らせてしまって。帰りましょう。送ります」
そう言って由は私を家まで送ってくれ、帰り際に携帯のメアドと電話番号を交換した。
由が帰った後、着替えるのもダルく床にペタンと座り、ボーっとしていた。
何があったのかよくわかっていなかった。
だって、誰が、一人が寂しいからと出かけた集まりで告白されると思うだろう。
由…。
目だけでなく、どこか直を彷彿とさせながら、直よりも優しい目と真っ直ぐさを持っていた。
「仁美さんの笑顔が見たいんです」
由の言葉が頭の中をリフレインする。
そして、目には由の笑顔が焼き付いている。
何だか、胸が温かくなる笑顔だった。
もう一度見たい…。
だけど、由の言葉を素直に聞く事は今の私にはできなかった。
それは由がいい加減そうとか言った理由ではなく、私が人の言葉を信じるのに臆病になってるから。
その時、バックの中の携帯が鳴った。
画面を見ると、悠の名前。
先日、メールは拒否したけど、電話は一度しかないから、忘れていた。
「もしもし…」
「仁美?悠だけど…。この間はごめんな」
「…」
なんと言っていいかわからず、涙が出てきた。
「泣いてるのか?」
聞こえるはずもないのに、うなずく。
「あの後、すっげー後悔した。何言ってんだ俺って。俺さ、仁美が好きだよ。でも、仁美が望むような関係にはなれない。赤い薔薇の花束もあげたいけど、俺はそこまで仁美を愛してやれないから、あげることは出来ない。ごめんな。仁美も知ってるけど、まだ忘れられないんだ。バカだけど、無理なんだよ。でも、仁美の事は友達として大切に思ってる。これは本当だから」
携帯ごしの悠の声にただ涙ばかりが溢れてくる。
「知ってたよ。知ってたよ…」
「そうだな。イブの日にこんなこと言ってごめん。でも、謝りたくて。それに、都合がいいかもしれないけど、それが俺からできるプレゼントだと思って。またいい友達でいようぜ」
なんて勝手な言い草。
それでも拒否することはできなかった。
「ん…。電話ありがとう。今、仕事中じゃないの?」
「ちょっと席立って来た。じゃ、仕事に戻るよ。また時間のある時にメールするからさ、着信拒否解除してくれよ。じゃな、おやすみ」
「おやすみなさい」
そう言って電話は切れた。
涙が止まらなかった。
あのまま音信不通にならないで良かった。
ぬいぐるみの悠を抱きしめ、そのまま泣いた。
悠との電話を切って、どのくらい泣いていたのだろう。
ふいに玄関のチャイムが鳴った。
こんな時間に誰だろう、と覗き穴から見ると、由の姿が見え、慌てて玄関を開ける。
由は頬を赤くして、白い吐息を吐いている。
そして、手元には…。
「これ!」
爽やかに笑って、手元の赤い薔薇の花束を差し出す。
仁美は何も言えず、花束と由の顔を何度も往復して見た。
「あれ?えっと赤い薔薇の花束でいいんですよね?!」
仁美はただうなずいた。
「ちょっ!仁美さん泣いてたんですか?大丈夫ですか?何かあったんですか?」
あたふたとしながら、ポケットからハンカチを出すと涙をふいてくれた。
そんな由の温かさに余計に涙が溢れてきた。
「ちょっ…仁美さん、どうしたんですか?何かあったんですか?」
心配そうに仁美の顔を覗きこむ由。
「振られたの。電話があって、大切な友達って…」
そう言うと涙が余計に溢れてきた。
「……」
由は何も言わない。
そして、急に薔薇の花束ごと仁美を抱きしめた。
「僕じゃダメですか?大切にします。こんなふうに泣かせたりしない。涙なんか、僕が忘れさせて見せます」
抱きしめていた腕を離して、頼りなさげな目で手に持った赤い薔薇の花束を見つめている。
こんな時間にあいてる花屋を探すのは大変だったろう、と思った。
しかも、赤い薔薇の花束なんて指定つきだ。
なのに、由の手には溢れんばかりの赤い薔薇の花束がある。
「それ、私に?」
泣き笑いで聞くと、由は頷いた。
「さっき帰ってから、どうしても今晩中に仁美さんに渡したくて、花屋さん探し回ったんです。赤い薔薇がなかなかなくて時間がかかっちゃいましたけど」
大変な思いして、わざわざ探してくれたんだ…。
その由の気持ちに胸が熱くなった。
「それ、貰ってもいいかな?」
仁美が聞くと、由はにっこりと笑って花束を差し出して言った。
「好きです。冗談なんかじゃなく。僕と付き合ってください」
緊張した由の言葉に黙って頷き、花束を受け取ると由に軽く抱きついて耳元で言った。
「ありがとう。こんな私で良ければ…」
そう言うと、由は仁美をぎゅっと強く抱きしめた。
その由の腕の中は、どこよりも温かかった。
新しい年が明け、仁美は由と時間を過ごすようになった。
悠から貰ったぬいぐるみは役目を終え、今はタンスの上に飾ってある。
捨てようと由に言うと、「思い出なんだから」と言ってタンスの上に飾ってくれた。
その代わり、由はピンクの抱き枕を買ってくれた。
ピンクは仁美に似合うと言う由の言葉と、ひょろっとした由が抱き枕みたいで選んだ。
今もまだ悠とたまにメールのやり取りをしているが、それは全部由に話している。
由は何も言わないでただ笑っている。
その笑顔がたまに不安にさせるけど、由なら大丈夫。
そう言い聞かせている。
ある日、由と二人で買い物をしている時、恵にバッタリ会った。
クリスマスの後、電話で恵には報告していたが、会ってはいなかった。
仁美と由を見て、恵はにっこりと笑って言った。
「おめでとう、幸せにね。由、仁美を泣かせたらただじゃおかないからね」
その言葉に、由は仁美の肩を抱き、
「わかってますよ」
と笑顔で返した。
そして、仁美はその隣で微笑んだ。
その微笑みを見て、恵は仁美にウインクをしてよこした。
二人を祝福してくれているのだ。
直と別れ、恋が怖くなり、そして悠への淡い気持ちは儚く消えた。
でも、今隣には由がいて、大事にしてくれる。
だから昔のように笑えるようになった。
もう誰も愛せないと思っていたのに…。
あれはクリスマスマジックなんだろうか?
それとも、サンタさんからのプレゼント?
そう思うことはあったけど、どっちでも構わないと思った。
そんなことよりも、今、由が隣にいてくれる。
その幸せを大切にしたい、と心から思うから。