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宝物の洞窟

 久遠邸は厳重な警備に護られており、家族間の信頼もあることから、それぞれの書斎にロックなどする必要はない。

が、お互いを出し抜くためにパスワードやロックを施していた。お互いにパスワード破り、書庫破りをするのが家族間のささやかなお遊びになっていたのだ。勿論、プライベートにはお互いに考慮している。


(遥の表パスワードは簡単なのだが)

自分もそうだが、家族の名前といかに溺愛しているか、というもの。


 ずきり、と胸が痛む。

喧嘩した時など、自分をどれだけ愛しているかを伝える為に、パスワードを更新してくれていた、遥が。

パスワードを解析して、ドアが開くと、満面の笑みで自分を待ち構えてくれていた遥が。

(遠い)

敵意の籠った眼差しで、警戒と緊張、そして嫌悪を纏わせて自分を遠巻きにしている、妻。

だが。

(どんなことをしても、取り戻す)

君を。


 記憶喪失はいつ戻るのかすら、わからない脳の疾患。

(もしかして、一生このまま)

律は首を振った。

解析班も医療班も、尽力してくれている。

(諦めるな、諦めたらそこでお終いだ)


意識をパスワード入力画面に戻した。


パスワードヲ、イレテクダサイ

『RITSU1TASUKU2LOVES』

入力しながら、先ほどの痛みが再度胸を襲うのを感じた。

(遥は何時だって、私を最優先にしてくれていた)

”佑はいつか、ラブリーでキュートな恋人のモンになる奴だからな!”


俺の恋人あいてはアンタだけ--


ピー--……。

表パスワードが解除された音が響いて、次のメッセージがディスプレイに、パっと点滅した。


ツギノパスワードヲ、イレテクダサイ



(ここからだ)

律は気持ちを引き締めた。


 3回間違えると警報が鳴る、書庫のロックを司っているパソコンが爆発するなど日常茶飯事で。

キーをタッチする時に加わる圧力とスキャンした指紋から、『誰がいまパスワードをやぶっているか』を割り出し、パソコンに把握させる。パソコンに搭載されAIが、その人物の思考パターンの裏をかくようにパスワードを10回近く求めていくのだ。


ネットワークとは切断されているから、遠隔操作によるハッキングも不可だ。



 何度かパスワードを打ち込む。

最後に問われたパスワード、『遺伝子ニツイテ、26文字デ定義セヨ』はこの事態において皮肉な話だ、と苦い笑みが口の端に零れた。

(開いた)

書庫のかぎがカチリ、と解錠された。


(我が妻の書斎ながら、ここは世界中の研究者が求めてやまない宝物満載の洞窟だな)


 世界的な研究者である遥が思いつくまま、構築し書き散らした数々の論文も納められており、読むだけでも楽しい。まして自身も医学博士であり、数多くの研究論文を発表している律であれば、尚更だ。

だが、今日はそんな時間はない。


(何か手がかりを見つけなければ)


 本来、(忌々しいことに)親友の静が言っていたように、父である律と子である佑のDNAが一致しない方がありえたのだ。しかし彼らは父子関係が認められ、遥と佑には母子関係には認められなかった。

ここからはじき出される結論は、子が何処かで取り替えられたか、遥が人工授精をした可能性を意味してしまう。


(遥の卵巣及び卵子が疲弊しており、受精能力がなかったとは聞いていない)

無事出産しているのだから、この際、懐胎時の子宮の疲弊度は考慮しなくてよいだろう。

 子が出来たことは嬉しい。

が、家を継がせる為に子供が必要であったかと聞かれれば、答えはNOだ。


 久遠財閥、と世間には評されているが、所詮は律が一代で作り上げた帝国だ。それを子に継がせたいという妄執は持ってない。

 佑には、”欲しければ全力で掴み取れ”、と言ってあるし、有能な人間がいればはそちらに任せる心づもりでいる。

遥も同じようなことを言っていたから、財産への執着で他人の卵子を使用してまで人工授精を敢行したとは考えづらい。





 自分と愛する人間との間に、二人の遺伝子を掛け合わせた子供を得ることは、家族を作る意味の一つである。そして、嬉しくて愛おしくて誇らしい、という事については、伴侶を得た時と同じ位に幸せなことだ。

 が、家族の最小単位はアダムイブだ。『子供が出来なければ、世界中の子供を養子にする』と遥は常々言っていた。そんな彼女のことだから、自分の遺伝子は残せなくても、ともかく律の遺伝子を持つ子供が欲しかった、という理由であるとも思えない。


 第一、夫であり医学者たる自分に相談なしということも解せない。隠し事がないとは言わないが(結婚記念日に、お互いに何を贈るかとか)、夫婦の根幹を揺るがすような事はむしろ積極的に話し合い、理解しあおうとしてきた。


(筈、だった)

 お互いに見せている己など、氷山の一角に過ぎないことをわかっていたつもりであったが。

妻からの愛情を受け取れない精神こころは、猜疑の侵入を簡単に許し、揺らいでいた。





 資料のなかから、古いノートが出てきた。

(!)

そこには、遥の友人が不妊治療に悩んでいることが綴られていた。




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