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自宅にて事情聴取


遥……


『誰だ、アンタは』


俺は、お前の


『俺の、ナニ?』


×××、だ


『なんだと?』


忘れてしまったのか


『忘れる訳がない!俺はアンタを……っ』



俺を?











逆光で見えなかった人間の顔が見えそうな処で、意識が浮上した。





◇□◇◇□◇◇□◇◇□◇




「遥、目覚めたか」

 覗き込んでいた人物と目が遭った。その人物は俺の意識が戻ったことに、あからさまにほっとしたような声だった。

「ここ……は」

耳に聞こえた声は自分の声と思えない程に掠れていたが、とにもかくにも自分の声だった。

「君の家だ」

俺を覗き込んでいる人物……男が、落ち着いた声で言った。


白い天井は何処までも広がりを見せて居て。

(俺の家、こんなだったっけ?)

「俺の、家……?」


「”俺”?……遥。どうしたんだ?」

訝し気な声を出した後、男は俺をじっと見つめて。



それから。

俺は色々な質問をされた挙句。







「……なんてこと言ってたな、あいつは」

 ベッドの上で胡坐をかいて、誘拐時の顛末を語っているいる妻に、夫は頭を抱えていた。

「それはわかった。奴らからの裏も取れているが。それにしても、なぜ君はオトコ言葉なんだ?!」


 彼女の生死が解からず悶々とし。

救出チームを選出し、誘拐犯とその黒幕を特定している間にも、焦燥感は募るばかり。

 そして実働部隊を指揮し、彼女の無事を確認する迄、心臓が潰れる想いを味わった。

その恐怖と、妻を拉致した怒りを込めて、誘拐したグループ及び親玉達には死ぬより怖い恐怖を味わって貰った。


 それでも妻が目を醒ます迄は生きた心地もせず。

目を醒ましたら醒ましたで、”自分は男だ”とわけのわからない事を言いだした。



 ベッドの上の女性は、思いっ切り男を蔑んだ眼で睨んだ。


「は?バカいうな。俺は生まれたときから男だ。証拠もほら……っ!無いっ俺が俺であるべき証拠が無いっ!どうしてっ、俺はいつ『工事』したんだ!」

 ひょい、とパジャマのズボンの中を見せて、中身を誇示しようとしたのだろうか。想像したものと違っていたようで、ぎょ、とし、ついで”この世の悲劇!”とばかりに喚きだした。


 はあああ、と男は大きくため息をつき。


「……君ね。頼むから『工事』とか、下品な事を言わないで欲しいね」

言いながら、男は妻へ段々、苛立ちがMaxになったようで。

「だから、きみはわたしの妻で息子の母親で、戸籍上も生物学上も立派な女性だと先程から何度も言ってるッ」

キレて叫んだら、逆に吠え掛かられた。

「認めねーぞ、そんなことっ」


 言った途端、またしても妻はきゅうう……、と伸びてしまった。

男がやや慌てた様子で室外に出ると、医者を呼び込んだ。




◇□◇◇□◇◇□◇◇□◇





リツ。どーした遥のやつ。まだオトコごっこしてんのか?」

親友の正木 静流しずるがずかずかと書斎に入っってきた。


 この男が律司ただしの事を律、律、と呼ぶようになってから、近しい人間は彼のことを「律」と呼ぶようになった。律も静流を「セイ」と呼ぶ。


律は、疲れたような声でそれでも親友に文句を言った。

「……静。人の妻を呼び捨てにするな」


「いいじゃーん、律のものは俺のもの♪」

言わせも果てず、律からジャキン!と銃口を向けられ、静は慌ててホールドアップした。

「……て!馬鹿よせ、日本だと銃刀法違反でしょっぴかれるぞ!」」

「誰がお前のものだ、遥は誰にも渡さんっ!ラブラブな嫁がいるくせにっ、いっぺん地獄に落ちてこいっ!」

「わかったって!たくお茶目くらいわかれよなー」


 ぜいはあ。

二人の男は肩で息をしながら会話を続けた。


「……DNA鑑定したら、黒だったって?」

静が律に尋ねた。

律は昏い声で答える。

「ああ」


(我ながら、誘拐犯の策略に嵌っている処が忌々しい)

そう思いながら、研究者でもある律は事態の探求をせずにはいられなかった。


 息子の許可を得て、息子のたすくと母親である遥のDNA鑑定をした結果。

『久遠 佑と、久遠 遥の間に、99.99999%以上の確立で母子関係を認められない』との鑑定結果が出てしまった。信用に足る研究機関、3団体に依頼した結果全てが、だった。


「佑は大丈夫か」

「表面上は大丈夫だ。だが、やはり遺伝子上の母子関係が認められないのと、遥の別人格についてもショックなようだ」

「お前との父子関係はばっちりだったんだよな」

「ああ」


 対して、『久遠 佑と、久遠 律司の間に、99.99999%以上の確立で父子関係を認められる』との鑑定結果が、3団体から得られたのだった。




「私と佑は親子と認められたから、何か深淵な事情があるのだろう、とは思ってくれているようだ」


佑曰く。

『父さんが母さん以外と、スる訳ないしね。何か、現代のDNA判定では判別できない、親子関係がありえるのかも。

……ま。

母さんと実際に親子でないのならば、母さんにプロポーズをするのに支障ないから、僕は別に構わないけど』


「如何にもマザコンのアイツらしいジョークだな」

にや、と笑った後、静が首を捻った。

「しかし、わかんねーよな。佑とお前とのDNAが違うほうが、よっぽど納得いくのに」

再び銃口を額にぴた、と押し付けられて、静はまた喚いた。

「て、また銃を構えるなっ!モデルガンだとわかってても、そんな精巧な奴だと流石に心臓に悪いわっ」


律が舌打ちをした。

「ち、わかってたのか」

「伊達にお前と世界中の戦地を渡り歩いてねーよっ」



 二人とも、『国境なき医師団』として戦地ばかりを渡り歩いていたのだ。

身重の妻の随行を律は許さなかったが、遥はついてきてしまった。そして彼女もキャンプで人々の為に働いたのだった。


 彼らが扱うのは病気の他に、戦争による怪我の治療も多かったから、勢い火器に詳しくなってしまったのだった。

 その後、三人は揃って日本に帰国し。

律は一代で財閥を築き上げ。

静は、三人が各地の戦地で知り合った、傭兵上りの男達を集めたセキュリティ部門の会社を任されていた。




また、沈黙が落ちた。


「あとは遥チャンが、どうして人工授精をしようと思いたったのか……、だよな」

静が呟き、律が同意した。

「ああ」

 二人とも、佑が何等かの事故、もしくは悪意により別の子と取り換えられた可能性については微塵も考えて居なかった。


 DNAが律と佑の親子関係を認めていたし、自宅の寝室で助産師に取り上げて貰い、律もその場に立ちあっていたのだ。

 その後、遥が誘拐犯人に言っていた(遥自身はそんなことを言った記憶は飛んでいる)ように、自分の目が届かない限り、遥と佑を外出させることはなかったから、事故が起こり得る筈が無かった。



 律が疑問を呈した。

「だが毎日していたし、彼女は多忙な身だった。そんな暇はありえない。……なんだ」

独り言めいてみたが、親友の胡乱な視線に気づいて顔を親友に向けた。

「……なんだ、てお前。『毎日』て、鬼畜……」

親友の呟きにも無視して律は続けた。

「とにかく。遥にはそんな時間はなかった筈だ。人工授精なぞしたら、少なくとも当日は拒否するだろうが、そんな反応もなかったし」



「……他人の夫婦生活を堂々と惚気られる位、しんどいものはねェな」

「まだ解禁じゃないのか?」


 親友が嘆息するのに、律が尋ねた。


 二人は今年41歳の親友同士。

律は割と早くに結婚したが、静は三年前に結婚し。先頃、待望の女児を得たばかりだった。


「ああ。笑里エミリちゃんの寝顔と小百合の聖母みたいな顔を観れれば、俺のリビドーなんて……て、さりげに人んちの夫婦生活をほじくるなっ」


 親友の喚き声を無視して、律は言葉を続けた。


「頼みの綱は遥の記憶次第、なんだけどな」

「しかもオトコの人格が出てきたって……分裂症の兆しでもあったのか?」

律は即答した。

「ない」

「なら、誘拐時の会話が引き金か」

「そうだな」


二人の男は、暗澹たる思いに駆られた。



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