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誘拐(2)

「全く。センセーのお陰で、クライアントの商売上がったりなんですよ」

主犯格のオトコがぼやく。

「センセーは、単に人のやることなすことにケチをつけてれば脚光浴びる、いい商売をされてますがね」


「……」

(もうじき外れる)


「金は天下の回りものだ。センセーのご亭主ばかりに金が集まるのは、お天道様に申し訳が立たんでしょう。センセーが最新の論文を撤回さえしてくれさえすりゃ、うちのボスも助かる。関連企業も助かる。誰も損しない。四方、いや八方丸く収まる訳ですよ」


遥は再び男を睨みつけた。


「ふざけるな!お前らの雇い主が売り出した薬で、どれだけの新生児や妊産婦が、重度の障害を背負ったと思ってるんだ!国の行く末を担う人間たちに、していい行為じゃない!」


男は肩を竦めて気障に笑って見せた。


「折角のご高説ですが、アタシには興味のない事ですな。アタシはてめぇさえ面白く生きていけりゃ、問題ないし、国が滅びる前に死んでますんでね」

「……」


遥がさりげなく、後ろ手に意識をやっていると主犯格の男が改まって声をかけてきた。


「知ってるんですよ、貴女とご子息の秘密をね」



「へ?」

 遥の手が思わず止まった。


(あいつがマザコンだってこと?でも、そんなの周知の事実だし。そりゃ俺の隣の席を亭主と争ったり、隙あらば亭主を出し抜いて、俺と1on1のデートを目論んだりしている奴だけど。世の中のオトコはマザコンっけが強いっていうから、別にそんなことスキャンダルではないし)

遥は首をひねった。

(……あ!もしかして俺が童顔過ぎて、奴の母親に見えなくて”久遠財閥総帥夫人、若い愛人とデートか?!”てマスコミにすっぱ抜かれたとか!それなら有り得るな)

などと遥が見当違いなことをあれこれ思い悩んでいると。



「貴女とご子息のDNAが違うということをね。公表されたら、流石にまずいでしょう」

「はああ?」


(俺と奴とのDNAが違うゥ?何を言ってるんだ、コイツ?)

 話が全く見えない。その為、主犯格の男に遥は強気で嘲笑って見せた。


「頭沸いてるのか?あいつは俺と亭主の息子で、しかも出産したのは自宅。おまけに亭主が立ち会ってたんだぞ。俺が居ない時は、息子の世話は亭主がかかりっきり。ついでに教えてやるけど、亭主の、俺達への有り得ない程の溺愛っぷりから、奴が傍に居ない時は、四六時中ボディーガード達やメイドさん達に囲まれてて、自宅で軟禁状態。それでどうやってウチの息子が、取り替えっ子になるんだ」


 いささか恥ずかしい家の事情まで説明してやったのに、首謀者は全く理解しようとはしていないらしく。

遥の長広舌を辛抱強く聞いていた首謀者格の男は再度、説明した。



「貴女の卵子を使っていない、ということさ」


「へ?」

益々もってわからない。

(俺の卵子を使わなければ、そもそもどうやって受精卵が俺の胎に着床するんだ?)


「亭主の精子と他の女の卵子を使って、子供を出産したんだろう?」



「……AIHでもなく?」

「そりゃ、亭主の精子とアンタの卵子を使う受精方法でしょうが」

 男が遥の問に即座に返答してくる処を見ると、それなりにクライアントの仕事に精通しているのであろう。

(……てことは。代理懐胎って、ことか。だけど、どうして?)


遥の疑問をよそに男は得意げに自説をぶった。


「確かにアンタ達の息子のは、センセーと亭主の息子だ。だが、DNAがセンセーとは全く違う。おそらくアンタ、子供が出来なかったんでしょ」


 何が言いたいのか。

遥は男の考えを聴くことにした。

(考えるのは、それからだ)

黙っている遥の態度を肯定、と捉えたのだろう。男は饒舌に続けた。


「だが、子供がいないことで総帥夫人の座を追われかねない。そこでアンタは苦肉の策を講じた。それが、他の女の卵子に旦那の精子をぶっかけて出来た受精卵を、こっそりとアンタに植え付けて出産する方法だった、て訳だ。万が一調べられても、亭主とは”血が繋がってる”訳だしな。アンタは出産した、ていう実績があるから、”母”と認められる訳だし。全くうまく出来た筋書きだよ」


(鮭の子じゃあるまいし!)

遥は心の中でそう毒づいたが、確かに、男の言う通りだった。

--男の言っていることが、遥の知っている真実と相違がなければ、の話だが。

男はぺろり、と舌を舐めた。


「現在、日本では代理母出産は”違法ではないが、原則禁止としつつ試行的に一部許容する”、という扱いだ。久遠財閥総帥夫人で、生化学の分野における世界的権威でもある、センセーの代理母出産は一大スキャンダル、という訳だ……て、ことは、だ。どうなるか、わかるよな?」


 その意味がわかった。

久遠グループの株は大暴落、その波及効果は日本はおろか、世界経済をも狂わせかねない。


「アタシとしては、益々活躍の場が拡がりそうなんで、別にアンタがたの閨事情をリークして構わないんですがね」

男は舌なめずりをして、遥を見た。

「それではセンセーも、ひいては御夫君も窮地に立たされるから、親切なアタシとしては取引を申し出てる、という訳なんですよ」



(外れた!)


 測ったように男がす、と表情をへらへらして剽軽だったものから、真面目で昏い表情に変えた。

「……時間がない。頬を真っ赤に紅潮させて、目をキラキラさせているセンセーを見ているのは、眼福なんですがね。確かにアンタん所の狗どもが、ここを嗅ぎつけるのも時間の問題でしょう。おう!」


 主犯格の男が手下に顎をしゃくり、手下の男が、にたにたとナイフを手にして近づいてきた。


「動くなよ、センセー。じっとしてないと余計な傷を拵えることになるぜ」

舌なめずりをして、下卑な光を宿した目を遥に向けた。

「……たまんねぇなあ、綺麗ですました顔のべっぴんさんを泣かせる位、楽しいことねえや」



 そのとき、窓ガラスをぶち破って何かが飛び込んできた。咄嗟に遥は立ち上がり、その窓に向かってダイブした!

「てめぇ!!」

「しまった!」

遥の背に怒号と、パンパンと乾いた破裂音、複数の乱入してきた物音、何かが毀れる音が重なった。



(!!)

 遥は目を見開いた。

表玄関から連れてこられたときは、平屋の建物に見えた。

しかし、監禁されていた部屋は、建物の奥となっており。窓から飛び出してみたら、建物の裏は崖となっていて、優に2階建くらいの高さがあった。


 しかも地面は、下草が生えていて、実際の着地面が全く見えず、受け身が取れなかった。

なんとか一回転したものの、傾斜もあったのだろう。下草に足を取られて、仰向けに転倒してしまった。





 夫の私兵達が中を『掃除』するまで約3分。彼女を探していた男達が見つけ出す迄、それから約2分。遥は地面に伸びていた。



 

AIH=「配偶者間人工授精(AIH=Artificial Insemination by Husband)」

代理母出産・代理懐胎= 子どもを望む女性がなんらかの理由で自らの子宮を使って妊娠・出産できない場合、夫と自分の受精卵を第三者の女性の子宮に移植し、出産を依頼すること。

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