飛び降り自殺
浩二は幸子と別れたあの時の夕日を思い出した。
「周りの景色は赤く染まっていた。まるで血の色のように…」
浩二は、フト首を傾げた。
当時の情景が、いつもなら甘酸っぱい切ない思い出として甦るのに、今日に限りなぜか生臭くおぞましい血の色を連想したのだ。
浩二の背筋に悪寒が走った。
そうか、あれを見たからだ。
浩二は納得した。
浩二はここに来る前にビルの下に群がっている人々に気づいた。
遠巻きに何かをのぞき込んでいるようだった。
気になって、人だかりを縫うように前に出て覗き込んだ。
歩道には、赤黒い血が街灯に照らし出されていた。
血の海という表現に近い状態だった。その海の中で人が横たわっている。うつ伏せになり顔が歩道に、
いや、血の海の中に没していた。
しかし、よく見れば顔がつぶれたためにそう見えたのだ。
その男のコメカミ辺りがずれた様に裂け、その中から白い豆腐のような塊がはみ出ていた。
浩二は思わず吐き気を催しうずくまった。
あの白い物体は脳みそだ。
浩二は、口に手を覆い逃げるようにその場を離れた。
「なんてもの見てしまったんだ」
あの赤い血が、幸子と別れた日のあの夕焼けと重なったのだ。
そして、偶然思い出した。
幸子との再会の約束を。しかも今日がその日だとは…。
たぶん自殺だろう。ビルの上から飛び降りたのだ。
自殺した男の左手首に嵌めたアナログ時計の針はニ時で止まっていた。
秒針が、十二の数字の位置を震えるように行ったり来たりしているのが鮮明に頭に残っていた。
あの男はニ時に飛び降りたのか…。
浩二はため息をついた。
何も死ななくてもいいのに。人生にはつらいことが山ほどあるのは分かるが、死に値するものなどない。
そう考えて浩二は思った。
俺だって、今が正念場なんだ。死にたい、、と思ったことは何度もある。
そう、つい、さっきも…。
ビルの時計を見れば、ニ時五分。
約束の時間まであと二十五分。
ホントに、幸子は来るだろうか。
こんな真夜中に。
浩二は夜空を見上げた。
白い小さな雪がチラホラ舞い落ちている。
今年は暖冬で雪が降ったのは、1月1日の元旦の日だけだった。降ったといっても1時間程度、すぐ太陽が顔を見せ数ミリの積雪はアッという間に姿を消した。
今日は積もるのかな?
幸子と会う時間が近づくにつれ気持ちが高揚し、そのせいか不思議と寒さを感じない。
しばらく歩くと、
浩二の目の前に目的の場所が現れた。




