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陽炎が通る道  作者: ハロル・ロイド
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再会

 それは突然の出来事だった。

 目の前に黒い猫が飛び出した。浩二は咄嗟にハンドルを切りブレーキを踏んだ。車は大きく蛇行し、ハンドルを取られた。車は横滑りを起こしガードレールに接触したが勢いは止まらない。車体はゴムのように跳ね返り、そのままコンクリートの電柱に激突した。

 金属の潰れる音を最後に浩二の意識は遠のいた。


 気が付いたのは病院の中だった。肋骨を三本折りそのうちの一本は肺に突き刺さっていた。その程度の傷で済んだのは奇跡だ、と看護師から言われた。

 車は無残に大破しすでに廃車になっていた。

 「助手席にいた加藤はどうなりました?」

 看護師に尋ねたが、この病院に運ばれてきたのは僕だけとのことだった。

 他の病院にいるのだろうか?浩二は不安に襲われた。

 面会謝絶が解かれ最初の訪問者が交通課の警官だった。


 助手席の加藤が即死したと聞いたのはベッドの上で事情聴取をしたその警官からだった。


 ガードレールに接触をしたとき、助手席のドアが外れた。

運悪く加藤のシートベルトが破損、上半身が車外にはみ出た。その状態で車と電柱に加藤は挟まれたのだった。加藤は衝撃によって首が胴から離れ即死という事だった。


 病院を退院した浩二はすぐさまその足で加藤の家に出向いた。

すでに葬式は終わり、納骨も済ませていた。

 「なんと言っていいか、ほんとに申し訳ありませんでした。僕がドライブに誘わなければこんなことにはならなかったのに」

 浩二は加藤の両親に土下座して泣きながら詫びた。悔やんでも悔やみきれない、自分だけがおめおめと生き残った口惜しさと無念さに体が震えた。

 

 加藤の両親は浩二を責めなかった。それどころか「息子の分まで生きてくれ」と逆に労わってくれた。

 「息子は寿命だった」その父親の最後の言葉が浩二の頭から離れることはなかった。

 浩二は言葉が出なかった。

 加藤の両親にいとまを告げた帰り道、偶然幸子と出会った。幸子の射るような視線を浴び、目を逸らしながら深々と浩二は頭を下げた。何も言うことができなかった。黙ったまま逃げるようにその場を去ることが精一杯だった。


 浩二は東京の大学に入った。大学の近くの安アパートで独り暮らしを始めた。あの事故以来、車のハンドルを握ることはなかった。暫くは自己嫌悪に陥り友人もできなかった。勉学にも身が入らず、とうとう単位不足で、最初の一年目から留年する羽目になった。

 その後何とか及第点すれすれで四年に上がった頃、アパートからさほど遠くない区立図書館で思いがけず幸子と出会った。

 浩二はあの時の冷たい幸子の視線を思い出した。

 浩二は声を掛けるのをためらった。

 暫く逡巡していると幸子は席を立ち帰り支度をし始めた。


 「幸子さん。加藤幸子さんじゃないですか?」浩二は思い切って背後から声を掛けた。

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