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陽炎が通る道  作者: ハロル・ロイド
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木枯らしの吹く街

 この場所に来たのは十年ぶりだろうか。

 男は辺りを見渡した。都会のど真ん中だが、さすがにこの時間は人通りはまばらだ。しかもこの木枯らし、今にも白いものが、空から落ちてきそうな雰囲気だ。

 暗い静寂が街を包んでいる。

 今は午前二時をホンの少し回った頃、昔でいえば丑三つ時、あの世とこの世が通じる魔の時間とでも言おうか。物の怪、妖怪、悪霊、死霊、生霊その類と出会ってもおかしくない時刻だ。


 四車線の幅広道路に時折、車が猛スピードで走り抜ける。男は小走りでその広い道路を反対側に渡った。

バスストップがある。その時刻表の前に男は立った。

 男は、その歩道沿いの店舗を見渡した。一軒だけを除いてシャッターが閉まっている。明るく輝いている店はコンビニ店。

 「確かコンビニの隣に二十四時間営業の喫茶店があったはずだが」男は目を凝らして見ると、その場所は駐車場に変わっていた。

 「十年一昔か。よく言ったもんだ」

 男は、そう呟きながら歩道を歩き始めた。暫く歩いて角を左に折れた。前方に地下鉄の出入り口が見える。ガードレールに沿って洞窟のような暗い空洞がポッカリと口を開けている。

 男はそのまま進んだ。その左手には高層ビルが連なっている。あるビルの玄関先にレトロな雰囲気の丸時計が備え付けてあった。まるで、学校の校舎に取り付けてある時計そのものだ。

 男は立ち止まり時間を見た。

 「約束の時間までだいぶあるな」男は思った。


 街灯の灯りが等間隔に闇を刻んでいる。誰一人歩いている者はいない。

 「本当に来るだろうか?」鈴木 浩二はフト思った。

 十年前に別れ際に約束した言葉を思い出す。


 「将来どこかで会う約束をしないか?」

 「会う約束?」加藤 幸子はポカンとした顔で浩二を見つめた。暫くして、いつもの笑みを浮かべ、「どうして、会わなければいけないの?」と幸子は尋ねた。

 「どうしてって、…」浩二は言葉に詰まった。


 彼女が疑問に思うのは当然だった。

男同士なら将来の夢を語り合い何年か後に再会の約束を果たす。よくある話だが、男女間の場合はどうだろう。しかも二人の間に多少の恋愛感情があった場合は。

 ただ、純粋に彼女の将来の行く末を見届けたいと浩二は考えていた。十年後に彼女が幸せであるなら祝福し、そうでなければなにがしらの手助けをしたいと思っていた。

 幸子は浩二の親友、加藤実の妹だ。幸子を小学生のころから知っている。一人っ子の浩二にとって幸子は妹のような存在だった。


 浩二が高校卒業時、不幸な出来事が起きた。

 当時免許を取得したばかりの浩二にとって、車は恋人以上の高根の花だった。中古の車を親にねだったが父親は猛反対。しかし、祖父が大学入学祝いという事でお金を出したのだった。

 婿養子の父親は渋々それを承諾した。

 当然のこととして浩二は毎日のようにドライブに出かけた。祖父を後部座席に乗せてのドライブだが。それでも、運転ができる幸せに浸っていた。

 そんなある日、浩二は泊りがけの遠出をしようと考えた。泊りがけとなれば、病気がちの祖父を連れていくわけにもいかない。必ず、同伴が条件という事で車を与えてくれた祖父の手前誰かを乗せないと…。


 浩二は親友の加藤実を誘った。

加藤は高校は違っていたが同じ町内に住んでいて家が近い事や、同じ町内のサッカークラブに入っていた事でよく連れ立って遊んだ。浩二は目的の大学に入ったが、加藤は浪人した。

 家で燻ぶっていた加藤にとって浩二の誘いを断る理由はなかった。加藤は喜んで応じた。

 六月の早朝、朝の四時半。まだ太陽は顔を見せていないが空は青く澄み渡っていた。

 浩二の祖父が見送りに玄関先に出てきた。

 「実君、悪いね。」祖父が申し訳なさそうに告げた。

 「いいですよ。僕も家で暇してるだけですから」

 「浩二、安全運転で頼むぞ。実君に迷惑かけずにな」


 運転席に乗り込んだ浩二は、手を振り笑って答えた。

 「じゃあ、行ってきます」実は軽く会釈して助手席に乗り込んだ。

 

突然、カラスの鳴き声が空から響いた。

 三人は上空を見上げた。

 いつの間にか周りの屋根の上に無数のカラスが止まり浩二たちを見下ろしていた。


 「カラスまで見送ってくれるとは、幸先がいいねえ」浩二はそんな冗談を飛ばしてキーを回した。


 浩二はゆっくりとアクセルを踏み祖父をバックミラー越しに眺めた。祖父は気になるのかいつまでも屋根上のカラスを見ていた。

 六気筒の二千cc、走行距離八万キロ。エンジンは快調。車の窓を開け放しアクセルを踏み込む。

軽快に走る。二人で何を話ししたのか、今となっては覚えていない。しかし、わけもわからずとにかく楽しかった。

カーステレオのボリュームを思いっきり上げて、そしてスピードも上げた。一時間ほど走っただろうか。メーターは制限速度を超え浩二はスピードに酔いしれた。


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