表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/14

【8】

「やはり、梶宮を6番から外してもらえないか」


 梶宮が非番のある夜、乗務が終わった帰り際、年配の配車係に話してみた。西谷さんが現役だった頃から一緒にやってきた人だし、失踪事件にも理解がある。梶宮の様子が変わり始めていることに、気付いているはずだ。

 彼は、眉を寄せ、困ったように俯いて、悪いな、と言った。

 営業所の所長から、何か言われているのだろう。彼も定年が近い。無理を通させるわけにはいかない。不安を抱えたまま、営業所を出た。


 いつまでも、暑い。

 昼間、熱せられたアスファルトは、いまだに放熱をやめない。

 駐輪場に通勤に使っている自転車を取りに行こうとして、営業所の前の道に、誰かが立っているのに気付いた。無表情に、茫然と。

 梶宮?

 

「今日は休みだろう?」


「ええ、まあ」


 近付く俺をぼんやりみていて、ふいに我に返ったらしかった。

 その表情を見て確信した。ああ、やはり。このままでは、こいつも。


「晩飯は?」


「え、いえ」


「うちで食っていけ」


 逃げるように踵を返そうとした梶宮を、必死に止め、そのままほぼ強引に自分のアパートに向かって歩き始めた。

 梶宮は、無言でついてきた。

 さて、どうしよう。枕森の件には触れず、うまく誘導して、できれば、バス会社を退職させてしまいたい。この時世、仕事を辞めさせるのは忍びないが、わけのわからない理由で行方知れずになるよりずっといい。

 アパートについて、部屋に招き入れても、梶宮は、なんて表現すればいいんだろう、無抵抗だった。ぼんやりと、座卓のそばの座布団に正座して、ケータイをいじるでもなく、テレビのスイッチを入れるでもなく、ただじっとしていた。

 晩飯は、バカバカしいものを出そう、と思った。手の込んだものより、どこかチープな。温めるだけのレトルトカレーか、ハンバーグか。迷って、インスタントの味噌ラーメンを二袋分、小なべに入れた。

 あんな覇気のない、青白い顔をして。野菜を多めにしてやろう。

 出来上がったラーメンを、自分で運ばせて、先に麺を啜りながら、視界の隅で様子を窺った。

 恐る恐るという風に数本ラーメンを口に運び、すぐに、夢中になって食べだした。食えるなら、まだ救いようがある気がしてほっとした。


 空になったどんぶりを下げる頃には、梶宮は頬にも赤みが差し、満たされたような、どこか安心したようなカオになっていた。

 食後の一服に火をつけ、窓際に座った。

 梶宮の身に、何が起こっているのだろう。話して欲しい。が、もし話せないというのなら、せめて、しばらくの間でも職から離れた方がいい。

 さて、どうやって切り出そう。


「なんで、バスの運転手なんて、やっているんだ?」


 俺の問いに、顔をあげ、何かを言いかけて、やめた。


「あんないい大学を出て。こっちに仕事がなければ、田舎に帰ったってよかったじゃねえか。そっちの方が、まだ違った仕事があっただろうよ。ここに残ってまで、やりたかったわけじゃねえだろ」


 それは、ずっと思っていた、率直な疑問。

 出身大学の名を聞けば、ちゃんと就職活動をすれば、まあまあデカい企業に入れただろう、と、俺だけじゃなくたいがいのやつが思うはずだ。なのに、こんな、故郷から遠く離れた町で、わざわざ給与がいいとは言えないバスの運転手なんて、なぜ。


「名越さんだって、バスの運転手なんて、しているでしょう」


 むっとしたように言い返されて、逆に笑ってしまった。

 よしよし、元気でてきたじゃねえか。


「別に、落そうと思って言ったんじゃねえよ。世間話だよ」


 笑いながら再びタバコを口に運ぶと、梶宮は気まずそうに頬を赤くして俯いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ