【6】
止めたかった。
が、営業所と西谷さんとの約束もあった。
騒ぎにしない。丸豪が批判されるような、また、悪いうわさになりそうな事は全力で隠す。つまりは、枕森に関する史実の事。呪いだの、祟りだのといった言葉を出すことも、それらしい事を話すのも禁止。
でなければ、恐ろしい目にあって行方知れずになりかけ、助かったヤツラが、ある事ない事触れ回る可能性がある。ヤツラは、余所者で、この地を離れてしまえば、ここに残される、丸豪のおかげで生活が成り立っている者たちの都合なんて、どうだっていいのだから。
営業所からそう結論付けられ、それでもどうにかおかしな兆候が出始めた運転手を6番路線の担当から外す対応をしてもらうために、渋々条件をのむしかなかった。
深沢は、再び、6番路線を担当するようになった。
やつれ、疲れて、何かを悟ったような、薄く涙を浮かべているような目をしていた。顔色、悪いんじゃないのか、女でもできたのか、と、からかう様に言えば、口の端をあげて薄っすら微笑んでいた。
そして、いなくなった。
営業所には、やっぱりね、というような、諦めに似た空気が漂っただけだった。事情を知らない奴らは、動揺していたようだが、周囲の、話題にするのを避ける空気に、大っぴらに騒いだりすることはなかった。
西谷さんにも報告した。当然、ひどく落胆させてしまった。
俺は、何ができたのだろう。わかっていたとして、結局、放置するしかなかった。
しかし、これで上もわかってくれたはずだ。他県出身者に6番路線を担当させることは、極力避けるようになってくれるだろう。
そんな俺の見通しは、あっさりと裏切られた。
「梶宮、来週から、6番追加な」
配車係は、俺と視線を合わせないようにしながら、そういった。
まてよ、うそだろ。
梶宮は、入社2年目の、20代半ばを過ぎた、他県出身の。
動揺と、驚きから、なぜか笑ってしまった。当の梶宮が、幾分、むっとしたように俺を見た。
「梶宮君も、もう6番を担当するようになったんだねえ」
動揺を隠すようにそういうと、ぷいとその場から去って行った。
その日の夜、配車係に詰め寄った。
「なんで、梶宮を6番に? あいつは」
「私からの指示だよ」
別方向から掛けられた声に、吐き気を覚えた。
数か月前、この営業所の所長になった、俺の少し年下の男。丸豪一族の、なんたらとかいう、遠縁の一人だという。
「ジンクスだかなんだか知らないが、ずい分と非科学的な事にこだわっているもんだ。今までは前の所長の顔を立てていたが、古い慣習は、改善していかなければならないだろう?」
「ジンクス。実際、深沢はいなくなりましたけど」
「深沢君、ねえ。彼は、自分から6番路線の担当を希望していたそうじゃないか」
ぎっと睨むと、一瞬、舌打ちしそうに顔を歪め、すっと視線を逸らした。
「夏休み時期になる前に、梶宮君にも、仕事を覚えてもらいたいんだよね。
6番路線に慣れてもらわないと、他の運転手が休みを取ると言っても、断らないといけない。なにせ、ほら、急に運転手が減っちゃったわけだから」
深沢がいなくなった事を理由に、梶宮をその代わりにしよう、っていうのか。
「だいたい、そのジンクスからいうと、梶宮君は大丈夫なんじゃないの?
一人いなくなった後、次は数年後、なんでしょ?
それに、なんでもないっていう人もいるんだし。
余所からきて、土地勘もなくてこっちの生活に慣れていなくて、そういうストレスが原因なんじゃないかと思うんだよねえ。気持ちが弱いヤツが、勝手にいなくなっているだけでしょ」
反論、できなかった。
なぜ、他県出身でも、何事もなく、大丈夫なヤツがいるのか。
ユウレイなんです、呪いなんです、なんて、声高に言っても、鼻で嗤われるだけだ。
けれど、予感があった。深沢の時と、同じ。
梶宮も、「誘われる」と。
そうして、梶宮は、6番路線を走り始めた。
最初の一月ほどは、特に変わった様子はなかった。
けれど、盆休みも過ぎる頃、何かを考え込むような様子を見せ始めた。
乗務前、配車係は、運転手に、体調の事などを口頭でいくつか質問する。少しでも不安があれば、安全を優先してシフトを代わる。
梶宮は、疲れたようなカオで、淡々と、
「大丈夫です。問題ありません」
と、言っていた。
こいつもきっと、問い詰めても何も言わないのだろう。
「深沢さんって、なんで辞めちゃったんですか」
ある日の点呼後、梶宮は突然そう切り出した。
配車係と、古くからいるベテラン運転手は、その言葉に硬直した。
一身上の都合だ、と誤魔化そうとしていたが、梶宮は、病気ですか、引っ越しですか、他社に転職したんですか、と、妙に食い下がっていた。このままじゃ、まずい。
「そんなことを聞いて、どうするんだ?
他人の事をあれこれ詮索する前に、道の一本も覚えたらどうだ?
それとも、他に条件のいい会社があったら、転職希望か?
なんなら、こんな仕事辞めて、探偵にでもなるか? ああ?」
割り込んで、強い調子でそういうと、俺の事を怒鳴り返さんばかりに睨み付け、それでも口をぎゅっと噛んで、営業所を出て行った。