【4】
「周囲におかしなことが起こり始めた、というんだ。
夜中にすすり泣く女の姿を見た、とか、重機に長い髪が絡まっていた、とか。
はじめは一笑に付していたが、木を切ろうとする者が、不審な死に方をしてしまうようになり、とうとう、建設会社の社長が大病をし、これは何かがあるのだろう、と、諦めるしかなかった、と。
確かに当時、私もそんなうわさを聞いたことがあった。
本気にはしていなかったが」
それは、よく聞くタイプの怪談。俺の生まれ育った地のそばに、そんな場所があったなんて。けれど、そんな話、すとんと信じることはできなかった。実際、白咲さんはいなくなってしまったのだ。
「もし」
イラつきながらコップに手を伸ばし、水を一口含んでから続けた。
「もし、枕森の、えー、なんだ、タタリ? が、何か関係あるとして、じゃあ、白咲さんは、その、いなくなった人たちは、どこに行っちゃったっていうんです? 今、どこにいるっていうんですか」
「わからない」
「わからない?
けど、でも、もう騒ぐな、諦めて泣き寝入りしろって、そういう事ですか」
「そうだ」
「なんでっすか!
だったら、そうだ、だったら、テレビとかに言いましょうよ。
マスコミにさ、うちの町に、こんな心霊スポットがあるって騒いでもらって。
そうすれば、失踪した人たちも、テレビで探してくれますよ」
それで見つかればメッケモンだ。自分のアイデアに興奮しながら身を乗り出したが、西谷さんは、顔色悪く苦い表情のまま、だめだ、といった。
「名越君、落ち着いてくれ。周りに聞かれたら」
「いいっすよ、そんなの。聞かせてやりましょうよ!
騒ぎになれば、逆に好都合……」
「だめだ!」
抑えながら、けれど、強い口調で言われて、さすがに言葉を止めた。
西谷さんは、周囲をちらりと気にして、深くため息をつき、話し始めた。
「マスコミに言ったり、騒ぎにしたり、それで、どうなる?」
「どう、って」
「一時期は、話題になるだろう。白咲君たちの行方についても、なんらかの答えが出るかもしれない。けれど、その先は、どうなる?
私は、もう子供たちも巣立ったし、バス会社をクビになったっていい」
「俺だって」
「待ってくれ、聞いてくれ。
周囲は、やがて飽きる。飽きて、忘れる。
マスコミが、根本的な原因まで解決してくれるならいい。
が、予測だが、きっと、すぐにこの事実は消されてしまう。
後ろに控えているのは、丸豪なんだ。その程度の力は持っている。
一通り騒がれ、飽き、忘れられても、何も変わらない。
これからもきっと、苦しめられ、失踪する運転手がでてきてしまうだろう。
いくら昔の話とはいえ、丸豪が過去にしてきたことが明るみに出れば、不利益を被ることになる。そうなれば、困る奴等はいくらでもいる。強い力でねじ伏せられてしまう。
私は、あと数年で定年だ。それまでの間だけでも、失踪者を出さずに済む方法があるのなら、なんとか尽力したいと思っている。
秘かに、外部になるべく漏れないように、丸豪の邪魔にならないように動かなければならないんだ」
それは、もっともだ、と思った。
生まれてからずっとこの街に暮らして来た者なら、丸豪の力は良く知っている。西谷さんも、もちろん、この俺も。
西谷さんは身を乗り出し、声を潜めていった。
「気付かずに忘れてくれれば、もう関わらずに済むのならば、その方がいいと思っていた。名越君を、巻き込むわけにはいかない、と。
けれど、もし、失踪する運転手を出さないで済む方法があるのだとしたら、力を貸して欲しい。
さっきも言ったが、私はもうすぐ定年だ。ここを去った後、情報を得ることも、動くこともできなくなってしまう。その後の事を頼めるのは、名越君しかいないんだ」
いなくなった白咲さんたちを探す方法が、もうないことはわかっていた。
だったら、せめて、もうこんな事を終わりにすることができるのなら、失踪する者を出さずに済むのなら、その方法を考えなければならない。
こんな得体の知れないこと、できる自信は全くなかったが、西谷さんの真剣な目に、頷くしかなかった。