【2】
西谷さんが入社して10数年目の頃、やはり、同僚の運転手が行方不明になった事があった。失踪した男は、他県の出身で、何か訳があって、逃げるようにこの街に来た、という噂だった。陰気なタイプで、営業所の誰とも深くかかわろうとしておらず、西谷さんとも、親しかったわけでもなく。
だから、そいつが突然いなくなっても、仕事が嫌になって、挨拶もなく黙って辞めてしまったのだろう、という雰囲気だったし、西谷さんも多少気になりはしたが、探したりまではしなかった、と言った。
だが、その後も、忘れた頃に、比較的若い運転手が失踪する事件が続いた。
「え、その男と、白咲さんだけじゃなく、他にも?」
身を乗り出した俺に、体面に座っていた西谷さんは、苦々しくうなずいた。
「調べなおしてみたら、私が入社して以降、約30年の間に、3人、白咲君も入れると、4人の運転手が失踪している」
「だいたい、7,8年に一人の割合、ってところっすか」
「最初の失踪の翌年、一人。次が5年後、その5年後にも、また一人。
そしてその3年後、今年、白咲君が」
「無断で職場に来なくなった、というのでは、なく?」
窺うような俺の問いに、西谷さんは視線を落としたまま、ゆっくりと息を吐き出した。
「退職には、手続きが要る。社内だけではなく、職安だったり、役所だったりに提出する、記入しなければならない書類があるし、ロッカーに残っている私物も、片付けないといけないだろう。
けれど、それこそ、普段履いている靴も残され、人によっては金の入った財布すら置いたまま、一切の連絡が取れなくなっている。実家にすら、何の連絡もなく」
「靴や、財布まで?」
もし俺が失踪するとして、一番の気がかりは、やはり、金だ。
安定した収入がなくなり、住む場所も出なければならず、持ち歩ける荷物も最低限にしなければならないだろう。そんな状況でも、食べなければならない。金さえあれば、当面はなんとかなるはずだ。
なのに、着の身着のままで、財布すら持たずに?
公的機関への書類をちゃんとしておかなければ、失業手当や、保険、年金の受取にも影響が出るはずだ。
おかしい。やはり、おかしい。
そこまでのリスクを冒してまで、失踪しなければならない理由は、なんだ?
一人、二人ならあり得ないわけではないかもしれない。
30年で4人というのは、どの程度の数字なのだろう。
白咲さんは、この街を気に入っていると言っていた。決して、故郷との仲が険悪だったから、仕方なく、この街に暮らしているというわけでもなさそうだった。そこまでしてすべてを捨てていなくなるとして、故郷すら頼らない、なんて事があるのだろうか。
「それより前は、どうなんっすか」
俺の問いに、西谷さんは深く考え込んで、ぽつり、という風に話し始めた。
「なにせ、記録が何も残っていないんだ。
そのいなくなった4人というのも、私が記憶していたから、なんとか調べがついたという状態で」
「記録が、残っていない?」
「彼らも表面上は、普通に退職という形になっている。けれど」
口籠り、俺の表情を窺い、思い切ったように言葉を続ける。
「最初の、一人目の失踪の時、かなりの騒ぎになったんだ。
翌年の二人目の時も、なぜ、また? 何が起こっているんだって。
だが、噂はすぐに鎮静化した。私は、曖昧にされてしまった、という印象を持っている」
「誰かが、隠そうとしている?」
それは、俺も何となく感じていた。
人ひとり、突然いなくなったっていうのに、どこか、「ああ、またか」という空気で、妙に詮索を嫌い、誰も触れたがらない。少しでも空気を読むヤツなら、流されて自然と忘れていってしまうだろう。
「最初の失踪者より前、私が調べた限り、不審な退職者はいない。
職権乱用だと言われてしまうだろうが、何人か連絡を取った。みな、普通に引退後の生活を続けている。
一人目の失踪者の前、何か変わったことがなかったか、調べてみたんだ」
西谷さんは、これまでの事と、今回の白咲さんの失踪に、なんらか関係がある、と見て、秘かに調べていたのだそうだ。
「古い、古い話に行きついてね」
周りを気にするように、西谷さんは話し始めた。