【プロローグ】
ケータイを手にアパートの窓から窺うと、ちょうど夜道を遠ざかり始めた姿が見えた。空気は街灯のオレンジ色を含み、夏の気配が、重く絡み付くような夜だ。
人通りのない線緒沿いの道を歩いていく背中を見送り、重い指でケータイを操作し、ディスプレイに表示された文字に数秒視線を留め、小さくため息をついた。
こんなに早く、連絡を取ることになるとは。
いつになったら終わるのだろう。いつになったら、忘れられるのだろう。
忘れることが不可能だったとして、せめて、過去の事として片づけ、記憶の底に封じることができたら。
(あの場所のように)
続けて浮かんだ言葉を振り払うように、西谷と表示されたケータイへ通話の指示を出す。コールの間、胸の内にあったのは、彼への申し訳なさ。5回ほどのコールで、はい、と応えたのは、西谷さん本人の声だった。
「夜分すみません、名越です」
「ああ、名越君」
いつものクセか、彼の人柄か、ぱっとうれしそうに歓迎の意を込めた呼びかけは、すぐに緊張したように止まった。俺からの、こんな不意の連絡が、何を意味しているのか察したのだろう。
告げないといけない。心を殺して、淡々と言葉にした。
「次の犠牲者です」
深く、深く息を吐いた気配の後、西谷さんは、意を決したように、話してくれ、と言った。