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第八夜 一瞬の交錯

「霧くんっ!」

「ご足労感謝します。先輩」

 僕は息を切らしながら施設の三階に駆けつけてくれた先輩に敬礼して見せた。先輩は膝に手をついて息を整えると顔を上げて素早く訊ねる。

「状況は?」

「把握し切れていませんね。何ていってもあいつら、見かけは良いのでナンパが多くて……ああ、まただ」

 僕はガラス戸で他の売り場と仕切られた店内を眺めてうんざりした声を上げる。そこには声を掛けているチャラい兄ちゃんが二人いた。媛奈と蕾にあしらわれてすぐに退散していく。

 その様子を見て、僕と共に隣の売り場の物陰に隠れる美夜先輩はふむふむと頷いて見せた。

「じゃあ、何人ぐらい?」

「二人組が大体、四セットはいましたね」

「――多すぎない?」

「そう思っていた所です……けど、蕾は落ち着いているからあっち側は問題ないと思います」

「じゃあ、こっち側は?」

「多分、大丈夫だと思いますよ。いつも頭脳担当は蕾なんで少し推測は苦手ですけど……」

「肉弾戦も得意じゃないよね? 霧くんは」

 美夜先輩は息を整えきって顔を上げると苦笑して見せた。僕は苦笑を返すと、一応自分の考えを述べてみることにした。

「とりあえず、ナンパ組の顔は全員覚えています。どれかは確実に索敵部隊でしょう。恐らく、蕾が護っている事は感づいているはずです」

「となれば、次の行動は――」

 推定する僕達の頭上で店内アナウンスが流れた。

『お客様にご案内致します。高天高校からお越しの、蕾様、蕾様。お近くの店員までお声をお掛け下さいませ。繰り返します――』

「来ましたね」

「来たわね」

 僕達は思わずげんなりしながら呟いた。どうせ、ナンパ組に名前を聞かれてしまったのだろう。こうなれば蕾を動かざるを得ない。蕾はすでに僕らの存在に気付いているのか、すくっと立ち上がると一言断って迷いなく水菓子天国の店員に声を掛けている。

「どうしますかねぇ」

「――とりあえず、動く?」

「んー……いやまだ良いんじゃないんですか。あの人も見張ってくれているようですし」

「まぁ、あの人の目があれば安全だからね。さて……じゃあ、私達は〈影〉狩りに行く?」

「まだ〈影〉とは分かりませんがね」

 僕は素早く視線を走らせると蕾は従業員の案内でそこを後にし、そして媛奈達に視線を向けている連中に注意深く警戒を入れていく。

 そんな中、媛奈の友人が机に何かを置いて一人席を立ってすたすたと歩き始める。どうやらトイレに行くつもりらしい。僕はちらっと美夜先輩に視線をやると彼女は頷いて見せた。

 少女が歩いていった方向に美夜先輩が歩いていく。これで彼女は大丈夫、と……。

 さて、どうしようか悩んでいるうちに二人は席を立って動き始めていた。

 大体予想はつく。蕾が出て行ったしまったから追いかけようと考え、その前に友人の一人はトイレに行っておきたかったからお金を置いて先に行く。そして残った二人が会計を済ませようと言うのだろう。

 一時間近く食事をして時間を稼いでくれた媛奈に若干感謝だな。

 これで援軍は十分呼べたはず。

 僕はそう考えたが、二人が店から出た瞬間にその考えを後悔する事になった。


 その瞬間に、照明が全て消えたからだ。


「え……?」「む」「何!?」「きゃあっ!?」


 真っ暗な中、声が響き渡る。

 僕は一瞬にしてしくじったことを悟る。真っ暗闇では〈絶影〉達は能力を使えないのだ。つまりは並みの人間よりも弱くなる可能性も有り得る。

 全ての状況が悟れなくなった状況で、ぽつりぽつりと薄明るい光がちらほら現れ始める。携帯電話の明かりのようだ。どれがどれだか分からないが……。

「迷っている暇は、ないか」

 明らかにこれは〈影〉の妨害に違いない。だったら見つかるとかそういう外聞を気にしてなんていられないのだ。僕は腰から懐中電灯を抜くと、明かりをともして媛奈達が立っていたと思しき方向に駆けていく。だが、媛奈達が見つからない。

「遅かった、か」

 僕は歯噛みしていると不意に携帯電話が震えるのが感じてすぐにそれを取って応答する。

「もしもし」

『霧くん、女子トイレの方にすぐ来て』

 緊張感の孕んだ声。僕は案内板を探しながら小さな声で聞き返す。

「トイレの紙がないとかそういうオチは勘弁して下さいよ」

『冗談言っている訳じゃないの。媛ちゃん達がこっちに来ちゃっていて――』

「あー……」

 何となく分かった。もう片方の友人がトイレに行った方が心配だからと媛奈を引っ張っていってしまったのだろう。

『とりあえず入口は封鎖しているけど……私、明かりがないと戦えないし……』

 いつも明るい先輩も少し不安げだ。ようやく暗闇の中でライトを振り回して案内板を発見し、その案内に従いながら駆け足で移動しながら言う。

「今日、帯銃していますか?」

『ううん、慌てて来たから』

「すみませんね、僕達のために急がせたみたいで。先輩みたいないい大人が身近にいて貰えて僕達は幸せですよ」

『えへっ……お世辞が過ぎるぞ、少年』

 先輩の少し明るい笑い声が戻ってきて僕は安堵しながら言った。

「とりあえず、トイレには非常用の懐中電灯がどこかにあると思います。それで辺りを警戒して下さい」

『うん……分かった。早く来て……あ、明かり……』

 気がつけば足下の非常灯などが光り始めている。どうやら一定時間電気が途絶えると自動でつくようになっているようだ。

「トイレは全面的につきましたか?」

 僕は向かっていたトイレの方に視線を向けながら言う。そこには男女含めて六名程度の人達が集いつつあった。そして共通しているのは……一人の懐中電灯の明かりで、影を生み出してそこから黒い獲物を抜いているという事。

『え、あ、うん……』

「〈影絶ち〉を使って武器を抜いて下さい。もうすでに敵が多数外で待機しています。男女含めて六名、すでに武器を持っている様子です」

『――分かった。じゃあ、念のため確かめて』

「どうやって?」

『貴方達は〈紅影〉ですか? と訊ねる。それ以降は奇襲を食らわせて退いて構わないから〉

「退くような真似はしませんよ」

 僕は苦笑しながら腰のホルスターから絶影刀を抜く。大振りのナイフがほのかな明かり達で鈍い光を見せる。

「確かめた後、飛びます」

『あ……うん、まぁ……後悔しないようにね』

 苦笑するような言い方。どこか引っ掛かりながらも僕は電話を切ると、そのナイフを背に隠すようにしてその男女達に駆け寄る。

 そして一定距離を置いて僕はのんびりとした声を掛けた。

「すみません、そこの御方々」

「――はい?」

 一人の男性が優しげな物腰で振り返って訊ねる。さり気なく獲物を背に隠しているのはいかにもプロのようだ。多分、僕がナイフを掴んでいるのも悟られているか。

 表面だけは穏やかだが、二人の間に剣呑とした雰囲気が満ちた。

「お訪ねしたい事がございますが」

「偶然ですね、私も訊ねたい事があります」

「では、同時に自己紹介と行きませんか?」

「ええ、互いにそれで疑問が氷解すると思いますね」

 お互いは笑みを交わし合うと、あくまで社交的に同時に声を放った。


「〈絶影〉非正規雇用戦闘員、木戸霧人です」

「〈紅影〉第一部隊長、紅薔薇(あかばら)です」


 そして同時に獲物を振るう。

 相手が持っていたのは小さなサイズの黒い鎌、それが紅薔薇と名乗った男の手から放たれ、同時に僕の手から絶影刀が放たれた。

 空中で交錯する一瞬。その間に自身の懐中電灯で自分の影を作り、一瞬でその影を踏み、飛んだ。


 ――じょろろろろろ……。


「――え?」

「……あ」


 そして次の瞬間、目の前にいたのは。


 便器に腰掛ける媛奈の姿であった。


 絶賛、放尿中であった。

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