第七夜 狙う者、護る者
◇◆◇
「お待たせ。蕾ちゃん」
「いえ」
媛奈さんは二人の友人を伴って校門に現れた。私は軽く頭を下げると、媛奈さんは軽く笑いかけてから先導して歩き始めた。二人の友人が私を不躾な視線で見つめる。
「へぇ、可愛いー」
「これが媛奈の義妹?」
「ち、違うってば!」
「私は木戸霧人の妹です」
上ずった声に重ねるように冷静に私は言うと、その二人の女生徒は少し意地悪そうな笑みを浮かべて媛奈さんの脇腹に肘をやった。
「このこのっ、こんな純情な子を騙してっ!」
「だから違うってば!」
馬鹿馬鹿しい。
私は内心で毒づくと、三人で絡み合うようにして歩いていく彼女たちを早足で追いかけていく。
私が何でこんな茶番に付き合わないといけないのか……霧兄ぃが来てくれれば……。
ふと脳裏に彼の笑顔と言葉が蘇った。
『ムスッとするなよ。蕾。笑顔が可愛いんだからさ』
……何故か、顔が熱くなった。
「あれ、蕾ちゃん顔紅いよ?」
「き、気のせいですっ!」
騒がしい四人の女生徒達を馬鹿馬鹿しいと思うのは、また別の人だったりする。
そんな中、ひっそりと尾行している者に私は気付いていた。それも一人や二人ではない……。
笑って会話を続けながら、私はこっそりポケットの中に手を忍ばせて携帯電話に触れた。
◇◆◇
その尾行を行う者達は明らかにあまり素行の良さそうには見えない人間であった。
今、五人の少年少女が自販機の物陰で悪い目つきで、四人の生徒を進むのを見る。
メイクを派手にした少女の一人が少年の二人に目配せした。その少年二人は目つきの悪い瞳を輝かせて頷く。そしてポケットに手を突っ込んで自販機の影から出た。
と、折しも、通りかかった一人のサラリーマンとぶつかって二人は蹌踉めいてしまう。
「おっと、失礼」
「……ちっ、気をつけろ」
少年の一人が吐き捨てると同時に踵を返す。その瞬間、サラリーマンの手がぐっと伸びて立ち去り掛けた少年の襟首を掴んだ。
少年達が抵抗する間もなく、自販機の影へと押し戻されてしまう。
「……ってぇっ! あんだよてめぇっ!」「やる気かゴラぁっ!」
少年少女は口々にわめき立てる。それを見て、サラリーマンは抑揚もなくただ無表情で呟いた。
「ただのガキ共か。連中かと思えば他愛もない……」
「何言ってんだゴラッ!」「金出して泣いて詫びろっ!」「死ねぇっ!」
喚いていた子供達はどこからかバッドや鉄パイプを抜きはなってサラリーマンに襲い掛かる。
そして、殴打。
しかし、殴打されている対象はサラリーマンではなく、子供達であった。
「な、ギャッ!」「何でっ、ぐえっ!」「がっ!」
武器達は彼らの手を飛び出してただ乱暴に暴虐の限りを加える。その一方でサラリーマンはただ淡々とその光景を見下しているだけであった。
「……ふん、組織に持って帰ってやるか」
少年少女達の意識が無くなった所でそう呟くと同時に武器達は殴打を止める。そしてサラリーマンはその身体を無造作に担ぎ上げるとそのまま自販機裏に広がる路地裏へと消えていった。
◇◆◇
「いや、ナンパだったか、失礼、失礼」
蹴り倒したチャラ男を僕はわざと踏ん付けながら謝罪する。
物陰に隠れていたのは明らかにチャラチャラしているチャラ男二人組であった。全く、蕾と言い、媛奈と言い、可愛いものだからこういう虫が多くて面倒だ。本命がどれだか分からないじゃないか。
思わずため息をつきながら物陰から出ると、施設に入っていく少女達の姿が目に入った。
どこに移動するか分からないから慎重を期さないといけない、か。
僕は少し考え込んでいると、携帯電話が震えるのを感じてそれを取りだした。
折りたたみのそれを開くと、そこの液晶には『美夜先輩』の文字が躍っている。
「……はい、もしもし」
僕は大通りの電柱に背中を預けながらその電話を受けると、美夜先輩は少し息を切らしながら電話越しに話しかけてきた。
『ふぅ……霧くん? 今どこ?』
「総合娯楽施設……あの北にあるでっかい奴です」
『あ、もしかして媛ちゃんと一緒?』
「いえ、彼女を尾行していたんですけど、施設に入られたのでどうしようかと」
『なるほど、彼女たちに見つかるとまずい事情でもあるの?』
「まぁ、クラスの話題になりそうですから少し考えていたんです。もしかして緊急を要しますか?」
『うん、詳しくは会ってから話すけど、〈影〉達が徒党を組んでいるみたい』
「……なるほど、複数視線を感じたということはそう言う事ですか」
僕はちらっと施設を眺める。こういう施設というのは誰か誘拐するのにはもってこいだ。意外と死角が多いし、何しろ人も多い。集団で来られたら厄介な話だ。
『とりあえず、私は今そっちに向かっているから。いざとなったら飛べるよね?』
「もちろんです」
『オッケ、じゃあ万が一のときはお願いね。もうすでに護衛が一人そっちに行っているから』
「え、誰ですか?」
『ゆっきーだよっ!』
「あー……うん、あの人なら大丈夫か」
僕はその人の能力を思い浮かべて一つ頷いた。あの人の能力は索敵、攻撃、防御、全てに転化することが出来る便利な能力だからだ。
僕は美夜先輩からの電話を切ると、施設を見上げて少し考え込んだ。
「確か、彼女たちは水菓子天国に行く、って言っていたっけ……」
水菓子天国とはスイーツがワンコインで食べ放題のお店である。確か、施設の三階にあるはずだ。もしその前にバロックという名前の衣服店に向かっていたとすれば、二階に彼女たちはいるはずだ。
さすがにもう二階か三階にいるだろうと踏んで、僕は施設へと足を向けた。
◇◆◇
「……ん」
視線が二つ減るのを感じて、思わず声を漏らした。
どうやら、〈絶影〉の人間が張り付いてくれているようだ。多分、霧兄ぃも頑張っているのだろう。私はそう思うとどこか嬉しいものがあった。
「ん、どうかした? 蕾ちゃん」
媛奈さんがケーキを口に運びながら視線を私に向けて訊ねる。私は少しはにかんで答えた。
「いえ、少し虫が。追い払われているので大丈夫だと思います」
「うん、そか」
彼女は少し申し訳なさそうに頷く。意味が分かったようだ。
私達は今、水菓子天国という店でケーキの食べ放題を楽しんでいた。私の対面に座っている媛奈さんの友人達はすでに五つスイーツを食べて六つ目を注文していた。
女子の胃袋はこんなに入るものか、と私は呆れながらも私も口寂しくなったので、何か注文しようとメニューに手を伸ばしてふと、外の様子が視界に映り、思わず引きつり笑いを浮かべた。
一瞬だったが、確かに〈絶影〉のあの人の能力が見えたのだ。
「あれ、何か美味しいメニューでもあった?」
媛奈さんの友人の一人が何か勘違いして訊ねる。私は慌ててメニューに視線を降ろすと、少し笑みを浮かべてメニューを示した。
「このケーキ、美味しそうですね」
「あ、羊羹ケーキかー。ここのは美味しいんだよねぇ」
「そうですよね……あ、すみません、オーダーお願いします」
「あ、はーい」
店員が明るい声を上げてこちらに駆けてくる。私は少し考え込んでから、メニューを指差しながら注文していく。
「特製モンブランロレを一つと、ブッシュ・ド・ノエルを一つ、羊羹ケーキを一つと、あと、チョコレートケーキを一つに紅茶をお願いします」
「畏まりましたー」
「……蕾ちゃん、結構食べるね……」
注文を取り終えた店員が明るい声で立ち去るのを見送っていると、媛奈さんはどこか戦慄した表情で私を見ていた。
そうでしょうか、と言いかけて私は視線を脇にやってその言葉を呑み込んだ。
意外と食べていたらしい、脇には二十皿ほどケーキの空いた皿が積み上げてあった。
私も女子なのだな、と自覚したそのときであった。




