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第六夜 学園と付け狙う者

 そいつらに見つかったのは運の尽きか。

 鞄を担いで歩くその悪友とは、まさかのT字路で出くわしてしまった。

 彼はじっと僕と媛奈、そして蕾を見つめると無言で胸ポケットから二つ折りの携帯電話を開いてこちらに向ける。僕は瞬時に距離を詰めてその手を掴みながら問いかけた。

「待て、マイフレンド。今時古いと言われるガラケーで何をしようとするんだい?」

「決まっているじゃないか、マイフレンド。君達の様子を写メってみんなの携帯に配信さ」

「止めろ、どんな誤解を振りまくつもりだ」

 その携帯電話を閉じさせると、ちぇっと彼は舌打ちした。その傍らで彼の隣を歩いていたスーツ姿の男性が品良く笑ってみせる。

「誤解なのかな? それは」

「先生も止めて下さい。もう」

 僕は思いっきり深いため息をその場でついた。


 この二人は黒田北斗(くろだほくと)黒田湖南(くろだこなん)という兄弟で、北斗の方が高天高校教諭であり、湖南は僕の悪友で同じクラスの生徒だ。

 二人は人が良く、いつでも助けてくれるのだが。

 人一倍スキャンダルというか、そういう噂には目ざとく、情報通の人間でもある。

 兄弟の情報網はもはや高校内に収まらず、市内であれば何でも情報収集できる、とか。

 それ故に。

 見つかると大変になるのだ。特に珍妙な場面で。


「それで名実共に夫婦になったのか?」

「何でそうなるんだよ……」

「でもさ、あの道」

 僕ら五人で固まって歩きながら、湖南は僕の出て来た道を指差して言う。

「あの道って野和神社に繋がる道だよな?」

「……裏手の山道があってな、そこからウチの家まで近道になっているんだよ」

「お前の家、真反対の方向だよな?」

「……う」

「下手に誤魔化さなくても良いって。それで?」

 湖南はニヤニヤしながら僕を見つめて続きを促してくる。視線を媛奈と蕾に向けるが、二人は仲良く話をして明らかにこちらには興味を示していない。

 僕は仕方なしに両手を上げて降参だという姿勢を見せて答えてやる。

「昨日から媛奈の家に厄介になることになってね」

 その言葉に湖南はぽかーんと口を開いた。北斗さんも意外そうにしている。

「おやおや、もう同棲生活……? 送迎だけだと思っていたんだけどな」

「……ヤったのか?」

「どうしてそんな下世話な話になるんだ!」

 僕が思わず叫び声を上げると、湖南はふむふむと頷いて言った。

「ヤったのか」

「ヤるかバカ!」

「何だと! その状況でヤらないとはお前、男か!」

「男ですけど何か!?」

 何故か媛奈のじとっとした視線を感じながら、僕が吼え返すと、はぁ、と湖南はため息をついて肩を竦めた。

「据え膳食わぬは何とやらだな」

「はぁ?」

 僕が戸惑う中、北斗さんがくすくすと笑っていた。


 本日は九月末で終業式であった。

 学校も午前中で終わり、僕はロッカーの中身をバッグに突っ込んでいると、媛奈はクラスメイトの女子と楽しそうに話しているのが目に入った。

 バッグをロッカーの上に置きながらそっと耳を傾ける。

「媛奈、これから水菓子天国行かない? 冬物の服も買いたいしさ」

「賛成ー。私もバロックの新しいお洒落なコート買いたい~」

「良いね。あ、でも……」

 媛奈は賛同し掛けて僕に視線を向けて口ごもった。目ざとくその女子はそれを見て冷やかすように言う。

「あらら、旦那と一緒に帰りたいの? 邪魔しないわよ?」

「だ、だからそんなんじゃないって」

 誤解を招くのはノーサンキューだが……。僕は嘆息するとバッグを担いで媛奈達の方へ歩み寄った。

「呼んだか?」

「よ、呼んでないわよ!」

 媛奈が顔を真っ赤にして怒鳴る。その頭を軽く撫でて苦笑すると、その媛奈の影をそっと踏んだ。そして出口に向かいながら手をひらひら振って告げる。

「僕は帰るけど、蕾を誘ってくれると嬉しいな。あいつ、暇だろうし」

「あ……じゃあ、そうしようかな」

 媛奈のほっとしたような声が背後で響いてくる。これで媛奈の方は安泰だろう。僕は安堵しながら教室を出ると、廊下では湖南が壁に寄りかかってニヤニヤと笑っていた。

「良いのか? 嫁を放っておいて」

「だから嫁じゃねえって……」

 僕はややげんなりしながら廊下を歩く。その後ろを湖南はひょこひょこと跳ねるように歩いて着いてきた。


「あれ、蕾ちゃん誘うんだ、結局」

「ほほう、義妹(いもうと)との関係を深めて親の承諾を取りやすくするつもりですな?」

「何でそうなるのよ!」


「……嫁じゃないのか?」

「だから違うって……」

 背後の声にげんなりした瞬間であった。

 僕は妹にメールを打ちながら湖南と共にその場を後にする。


 窓の外から、不自然な視線を感じ取りながら。


   ◇◆◇


「殿下、呼びましたか」

「ん、美夜、少し面倒な事が起こった」

 そこは〈絶影〉執務室。二人の男女が対峙し、見つめ合っている。

 そのうちの女性の方はどう見ても少女にしか見えないが、その瞳は凛とした強い光が覗いていた。一方の男の方は似合わない髭を生やした青年で、眉間に激しい皺が寄っていた。

 その様子に不自然さを覚えたか、美夜はすぐに近くに寄ると青年は机の上にあった紙を見せた。そして顔を顰めた。

「〈絶影〉の護衛三人が死亡した……? そんなはずは……」

「間違いない。〈影滑り〉で護衛対象を連れてきた劉の報告だ。見る間に包囲されていたらしい。その劉も先程、息を引き取った」

「……それは変ですね。殿下」

 美夜は努めて無表情で話す。それは感情が出てしまうのを恐れているのか。抑えた声で告げる。

「〈影〉達は本来、徒党を組みません。影を奪われる事を極端に警戒するから」

「……確かに、〈影〉が能力を発言できるのは影の範疇だけ。故に、徒党を組んで下手に自分の影を奪われる事を嫌う……だが」

 そこで青年は強い眼光で美夜を見据えた。その瞬間、美夜が冷や汗を浮かべてわずかに後退った。

「……野和媛奈の能力が、バレたのですか?」

「恐らく。すぐに媛奈さんの護衛について欲しいが……」

「わ、分かりました」

 美夜は小さなその身体を翻すが、その背中に青年は慌てて声を掛けた。

「ま、待て。まだ言い終えていない!」

「え……?」

 美夜が振り向くと青年は紙をブーメランのように投げ渡した。彼女は受け取ってそれに目を通す。

「連中の旗印……?」

「そう、〈影〉は徒党を組んでおり、劉の報告だと旗印を掲げていたという。その旗印は……」

 一拍息を吸い込む青年。美夜と青年は同時にその言葉を吐き出した。


「〈紅影(べにかげ)〉」


 美夜の小さな手の中でわずかにその旗印の写真が歪んで見えた。

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