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第四夜 〈絶影〉の役割

 憤然としてエレベータに入り、ボタンを押す。

 扉が閉まるのを見てから、私はため息をつきながら背中を背後の壁に押しつけた。

「何よ……もう」

 霧人もお母さんも……こんな馬鹿馬鹿しい事に荷担して――。

 影が凶暴化する? そんなはずないのに。

 お伽噺としても冗談が過ぎている。作り話のクセに作り込んで――。

 ふと、霧人が見せた書類を思い出し、私は頭を振った。

「あれは捏造よ。あたしを嵌めようとしているだけ。駄目駄目、信じちゃ駄目」

 そう、明日学校に行ったら霧人はすまなそうに笑って『悪い、上司からの命令だったんだ』というに違いない。そう、そうに違いない――。

 私がそう言って落ち着けようとした瞬間、足下がひらりと何かが動いた……気がした。

 思わずギクリとして自分の足下の影を見る。だが、何も異常はなさそうだ。

「少し感化されたかしら」

 ふぅ、とため息をついて顔を上げる。その瞬間、思わず息を呑んだ。

 目の前には写真で見たような〈影〉が立っていたからだ。

「え……あ……」

 思わず絶句する。

 どうして。

 何で。

 ドッキリじゃなかったの?

 影が襲ってくるなんて嘘でしょう……?

「う……そ……?」

 驚きのあまり、その場でよろめいて倒れる――。

 その瞬間、とん、という何かが着地する音と共にそっと背中が支えられた。そのまま優しくそれに抱かれて耳元で囁かれる。

「嘘じゃないんだ。これが」

 聞き知った声に思わず安堵し、今度は腰が抜けてその場で座り込む……のを寸前で力強い腕が助けてくれる。その腕の手の中にあった懐中電灯がぱちりと音を立てて影に光を照射すると、目の前に立っていた影はすぐに消滅してしまった。


   ◇◆◇


「――大丈夫か? 媛奈」

 懐中電灯の光を消しながら、僕の腕の中でぐったりしている媛奈に声を掛けた。

 丁度、エレベータは一階に到着していた。扉が開いてすぐに〈閉〉のボタンを押して閉め、総司令室へのボタンを押すと、またすぐにエレベータは上へと動いていく。

 媛奈は僕に抱かれた体勢でじっとしていたが、息を整えると自力で立ち上がった。そして、振り返って少しはにかむ。が、顔色は少し悪い。

「ありがと……あれ、でもどうやって……」

「……その説明は少し落ち着いて、総司令室でしようか。ほら――」

 僕はポケットから板型チョコレートを取りだして差し出すと、媛奈は少し目を丸くした。

「え……?」

「チョコだ。少し囓れば元気になるよ。ゆっくり、落ち着いて食べて」

 僕は〈絶影〉のバイトの過程で、自分の〈影〉に出くわして我をなくすパターンも、よく見ていた。だからそのためにチョコレートは常備しているのだ。

 媛奈は僕を見上げて弱々しく頷くと、チョコレートを受け取って包装紙を剥き、一口囓ると少し笑って見せた。

「甘い……」

「そっか。ゆっくりな」

「うん……」

 頭を撫でてやると、少しずつ落ち着きを取り戻しながら媛奈はチョコレートを囓っていく。エレベータが目的の階へ到達する頃には、媛奈は顔色を少し持ち直していた。

「歩けるか?」

「それぐらいは大丈夫。その、ありがとね、助けてくれ……て……っ」

 媛奈はニコリと微笑みながら開かれた扉へと足を踏み出す。だが、エレベータから出た瞬間、媛奈は身体をふらりとよろめかせた。僕が慌ててその肩に手をやって倒れないよう支えてやると、媛奈は苦笑いをした。

「はは……貧血みたいです」

「大丈夫か? 何なら負ぶさって行くか?」

「ううん……でも、腕、貸してくれると嬉しいな」

「仰せのままに、姫様」

 紳士(ジェントルマン)風に言うのではなく、真摯に、でも少し戯けて言うと、媛奈はくすりと笑って僕の腕に絡みついて寄りかかるように歩く。

 その腕に、重圧(プレッシャー)を感じる。彼女を支えなければ、というプレッシャーと、そしてもう一つ……。

「霧人、大丈夫?」

「ん? 何が?」

「若干、顔赤いよ?」

 貴方の胸が押しつけられている重圧のせいです。

 とは言えず、僕は苦笑いで誤魔化して慎重に二人で歩き、総司令室に辿り着く。扉をノックして入室を求めるとどことなくほっとしたような声で「入って」と告げられた。

 扉を押し開けると、安心した様子の表情の桂さんが出迎えてくれた。

「霧人くん、さすが上手くやったようだね……大丈夫かい?」

「少し貧血気味だそうです」

 僕はそう言いながら媛奈を椅子に座らせると、彼女は、ありがと、と小声で囁いて少しチョコレートを囓った。

 僕は小声で、どういたしまして、と答えてから彼女の隣に座る。

 すると、何故か半眼の蕾が僕の袖を引いて言った。

「霧兄ぃ、鼻の下伸びている」

「気のせいだ」

 ジェントルマン風に言うと、またしても蕾は呆れたような表情を見せてそっぽを向いた。その隣の美夜先輩は苦笑している。

 桂さんは自分の席に戻ると、深くため息をついてから申し訳なさそうに媛奈を見た。

「申し訳ない。媛奈さんが見たのは我が組織の人間だ。実物を見なければ信じないと思ったのでね」

「確かに……そうでしたが……」

 少し苛立ったような視線を媛奈が桂さんに投げかけると、桂さんは恐縮したようにその場で縮こまった。それを庇うように媛奈のお母さんが口を挟む。

「ごめんね。私も承諾したの」

「お母さん……」

 参ったように媛奈は嘆息する。桂さんはもう一度詫びを入れてから、美夜さんに視線を向けてからすぐに媛奈を見つめた。美夜さんは視線の意図を察してまた立ち上がり、本棚に向かう。

「改めて説明しよう。〈絶影〉は明治初期に生まれた、〈影〉を撃退するための組織だ。〈影〉は先程のように自我を持って立ち上がり、宿主を殺そうとする。宿主を殺した後はその宿主と入れ替わって何くわぬ顔でまた生活していく。記憶や癖を持続しているから不自然な点は何もない……まぁ、それだけなら良かったのだろうが、その〈影〉は自分の影を使って特有の能力を使う。その〈影〉から剣を抜いたり、またはその影を爆発させたり……いろんな能力がある」

「そんな能力者を放っておくのは政治的にも、治安的にも宜しくない」

 僕は桂さんの言葉を引き継ぎながら、書類を取ってきた美夜さんの書類を受け取ってページを捲る。今度はその能力の項目を見せてみる。媛奈はそれに目を通して苦笑した。

「〈影絶ち〉……影から武具を抜くなんて、そんな実際に見てみないと信じられないね」

「まぁ、そんな能力があったらこの世界の通行人に常に刀剣を持ち歩いている奴がいるという事だ。だから、僕らが事前にそれを防ぐ。まず、〈影〉に襲われる事を防ぎ、もし〈影〉が喰ってしまった人間がいればそれはそれでこちら側に取り込み、管理する。大事な仕事だ」

「それともう一つ」

 順繰りと言わんばかりに美夜は身を乗り出して語り始めた。

「〈影〉に襲われても幸い、撃退できた場合が存在するの。そのときは〈影〉に食べられたときと同様にその能力が使えるようになるの。あ、どうせだから〈影絶ち〉を見せてあげてよ」

「はい」

 蕾は立ち上がると自分の影に手をつける。そして何かを掴むようにぐっと手を握って持ち上げるとそれに付随して真っ黒い太刀が影からずずずずと引き抜かれた。

 その様子を見て、媛奈は目を丸くする。

「え……あ……すご……」

「もう貧血起こさないでくれよ」

「さすがに心構えがあるから大丈夫だけど……え、これ切れるの?」

「切れるよ」

 僕は彼女の手からチョコレートの包装紙を頂戴すると、それを蕾の方へと振るった。蕾はわずかに目を輝かせて身の丈ほどあろうその太刀を振るう。

 次の瞬間、包装紙は真っ二つに引き裂けてその場に落ちた。

「……はは、嘘みたい」

 それを見て引きつり笑いを浮かべる媛奈。僕はチョコを食べるよう促すと、桂さんは微笑んで言った。

「今度こそ、納得してくれたかな?」

「一応まとめますが」

 蕾が影の太刀を影の中に落として吸い込まれるのを驚嘆の目で見つめながら言う。

「〈絶影〉は〈影〉と戦う秘密結社で、己の能力を利用して戦っている、と」

「補足するならば、戦うだけでもなく、桂さんは〈政治〉をするし、非戦闘員もそれなりに働いて事前に防ぐ心がけをしているぞ」

 僕がそう付け足すと、媛奈はふぅんと頷いて桂さんに視線を向ける。

「納得しました」

「なら安心だ。さてここから本題だ。椅子蹴ってまた出て行かないでくれよ?」

「あ、その前に」

 媛奈は声を上げてちらっと僕の顔を見つめる。僕は小首を傾げた。

「何?」

「霧人の能力って?」

「ああ、これ?」

 僕は笑って意識を集中させる。そして足下がふわりと浮かぶような感触がしたその瞬間には、彼女の後ろ、影の上に立っていた。

「え……うわっ!」

 一瞬で椅子から消え、後ろに忽然と現れた僕に媛奈は身を仰け反って驚いて見せた。僕は苦笑しながら歩いて椅子に戻る。

「僕の能力は多少異質でね。〈影法師〉といって踏んだ対象の影に一瞬で移動できるんだ」

「それって物質も?」

「おお、そうだぞ」

「ってことは学校の影を踏んでおけば一瞬で移動できるの?」

「まぁ、ちょいと難しい理屈があるんだけどな。これが。まずこれは、一番最近〈影踏み(マーキング)〉した相手の影にしか飛べない。後、これは能力者全般に言えるけど、明かりのない場所、つまりは月のない夜や照明のない地下などでは使えない。〈昼夜〉は別だけど……。それに、その影のある場所、どこでも行ける訳ではなくて、自分からいる場所の最短距離に現れるんだ」

「つまり、物凄く夕方なんかにやったりすると、影が伸びているからそこまで近づけない可能性がある、っていうこと?」

「対象の影に気を配っていないといけないな」

 僕が肩を竦めて言うと、媛奈は可笑しそうにくすくすと笑った。

「それでも寝坊する可能性が低下するじゃない」

「あー、いや、なかなか蕾が使わせてくれなくて……さっきからつねられている、痛い痛い」

 僕は腕を抓る蕾に視線を向けると、彼女はわずかに不機嫌そうに言った。

「力の乱用は避けてよ。集中力を割きすぎて本番で貧血とかになったら大変なんだから。二人分飛ぶのには力を使うんだし。霧兄ぃは数学が苦手なんだからっ」

「分かったから抓るな、止してくれ!」

「もうやらない? 乱発しない?」

「しない! しないから!」

「なら良い」

 蕾は手を離してそっぽを向く。僕は腕をさすりながら嘆息した。そして少し可笑しそうに笑っている媛奈の方に向いて訊ねた。

「これで質問は以上?」

「うん」

「じゃあ、桂さん、続きを」

「話の腰を折って申し訳ありませんでした」

 僕と媛奈が続けざまに言うと、桂さんは微笑んで頷いて見せた。

「じゃあ、本題に入ろう。ではこちらにいるのはもはや皆さんが周知の通り、媛奈さんのお母さん、乙姫(おとひめ)さんだ」

 部屋の脇でずっとニコニコと一同の話を聞いていた胸が大きな巫女服の女性を指し示して桂さんは言う。彼女はぺこりと頭を下げた。

 桂さんは穏やかに説明を続ける。その背後の赤く染まっていた街並みは徐々に夕闇に染まっていっている。もっとも、街並みは僕の位置からは見えないが。空しか見えないから憶測だ。

「野和神社は昔から何故か〈影〉の人間から追われる事が多い。最近発覚した事実だが、野和一族には特殊な能力があってそれを〈影〉が狙っているらしい」

「なるほど、つまり」

 蕾は冷静な声で告げた。

「媛奈さんを護衛しろということですか」

「蕾さん相手だと話が早すぎるな」

 桂さんは参ったと言わんばかりに両手を上げて苦笑する。そして、頷いてから僕を見つめた。

「野和一族のその能力は十七才から本格的に開花する。野和神社は神に護られている神社だけど……」

「神無月は護る神がいなくなる訳ですか」

「……話が早すぎるよ、蕾さん」

 桂さんはかくっと首を折って嘆息をつく。顔を上げてまた僕を見つめる。

「これから十月中、媛奈さんをずっと護衛して欲しいんだ。霧人くん。キミの能力なら緊急時に媛奈さんを追跡する事も可能だし、蕾さんも傍にいてくれる。だからお願いしたいのだが……」

「〈バイト〉でしたら拒否権はないでしょう?」

 僕は苦笑しながら答えると、桂さんは嬉しそうに頷いて見せた。そして乙姫さんは立ち上がるとわずかにたゆんと胸を揺らせた。

「霧人くん、媛奈を任せましたよ。媛奈、私は暫く家を空けます。ですからしっかりやるように」

「分かったわよ。お母さん。神社は任せて」

 媛奈は苦笑して自分の胸を叩く。母親譲りの胸がたゆんと見事に揺れた。

「霧兄ぃ、鼻の下……」

「伸びていない」

「どうだか」

 ぷいとそっぽを向く蕾。これは機嫌を取らねば……。

「では、任務の件、承りました。では、家に帰っていいですか?」

「ああ、構わないよ。早く支度すると良い」

 桂さんはにっこりと笑って頷く。――支度?

「あの、支度って一体……?」

「まさか……」

 蕾の顔がわずかに引きつる。ずっと傍観していた美夜さんが笑みを見せた。そんな中、桂さんは優しい笑顔で言った。


ずっと(・・・)、と言っただろう? 二十四時間警護を頼んだよ」

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