第十八夜 媛奈奪還作戦
「着いたよ」
大森さんの言葉に僕達は顔を上げると、そこにはおんぼろの廃工場が存在した。
周りに何もなく、空地のど真ん中をでかでかと占領するように立っている。最近、どこぞの会社が買い取って大規模な遊園地にするらしい。
何故かここの工場だけはこれだけボロボロなのに売り渋ったとか。
まぁ、出来るだけ値段を引き上げようとしたのだろう。
閑話休題。僕はシートベルトを外しながら辺りを伺う。丁度あった物陰に車は隠しているが、おそらくもう場所は掴まれているだろう。
「蕾、とりあえず先手を取ろうか」
「――そうね。じゃ、竹千代」
「分かってる。どーにかする」
助手席に座っている竹千代は軽く請け負ってくれる。
彼女の〈影掴み〉はいろんなところで役に立つ上に、応用が利く。いざとなれば彼女が動いてくれるはずだ。後部座席に座っていた僕と蕾は各々近い扉から出ると、その工場を見据えた。
時間は正午、影は小さく、自分たちの方を向いている。
「まずは確かめるよ。霧兄ぃ」
「分かった」
その意図を悟って僕は蕾の手を取ると、足元に意識を集中させた。そして、飛ぶ。
次の瞬間、僕達は工場のすぐ北に位置していた影の元へと移動した。
「やはり媛奈はここで監禁状態――」
「霧兄ぃっ!」
僕が呟きかけた瞬間、蕾が強引に手を引っ張った。不意の行動に僕は思わず体勢を崩す。が、蕾はそれに構うことなく地面に手をつき、身の丈ほどの影太刀を引き抜いた。
無理な体勢のまま、蕾はそれを振り回す。それと同時に何かが弾け飛ぶような音が響き渡る。
僕は地面に手を突きながら顔を上げると、そこには影太刀によって弾かれて宙を舞う黒いクナイの姿があった。そして工場の壁には張り付いてクナイを構えている一人の戦士……。
「読まれていた、か!」
「霧兄ぃ、離脱――」
「出来ると思うか!」
僕は思わず悲鳴を上げながら絶影刀を抜き放って飛んできたクナイを追い払う。
その間にじりじりと引き下がるが、絶え間ないクナイの連続で逃げることは適わない。その間に、工場の扉が開いて中から鬨の声を上げて〈紅影〉の連中が駆けてくる。
まずい、どうにかして離脱しないと……!
「霧人君!」
不意に、背後からエンジン音と共に凛々しい声が響き渡った。それと同時に背後からぱっと何かが浴びせられる。これは――車のライト!
ということは今の影はその光に消されて、逆方向に影が……。
考える間もなく、僕は蕾の手を掴んで足元に意識を集中させた。そして一瞬にして、飛ぶ。
僕の眼はすぐに何もない空地を見た。
「よしっ!」
蕾は着地と同時に笑みを見せると、影太刀を腰の捻りを加えてすぐ背後に立つ工場の壁にぶち当てた。
圧倒的な質量が薄っぺらい壁をぶち破る。壁に大穴を穿ったその瞬間には、僕は中へ飛び込み、その中を探っていた。
そこは暗闇。光も一切ない工場で大穴を穿った場所だけが光が差している。
このままだと格好の餌食となってしまう。咄嗟に僕は絶影刀で防御の姿勢を固めるが、何も来ない。
不意に工場の真中から光が降り、何かが照らされた。
そこにいるのは……十字架に張り付けられた、媛奈だ。
「媛奈さ――」
蕾が思わず声を上げて近寄ろうとする。僕は間髪入れずにそれを制して腰のベルトにぶら下がっている懐中電灯を掴みながら言う。
「紅薔薇さん、なかなかな歓待、ありがとうございます」
「……ふふ、バレてしまったか」
媛奈の脇で声が響く。素早く僕は懐中電灯のスイッチを入れてその方向へとライトを突き出した。
その瞬間、予想以上に手前にいた紅薔薇はそのライトで生じた影に手をつき、身の丈ほどの巨大な鎌を引き抜く。その攻撃には蕾が対応していた。
「はっ!」
「ふぅんっ!?」
蕾が踏み込みと同時に腰の捻りと遠心力を加えた薙ぎを繰り出す。それを紅薔薇は身の丈ほどの鎌を収縮させて威力を吸収しながら目を細める。その膠着の一瞬に僕は横合いから絶影刀を叩きつける。
だが、紅薔薇は的確に僕のナイフを腕で受け止めた。
「くっ!」
小手が仕込んであったか! 僕は咄嗟に身を引くと同時に、蕾は影太刀を力を込めて紅薔薇を突き放す。紅薔薇はとんぼ返りを切って暗闇へと隠れる。
「ふふ、腕は衰えていないようだね」
「当たり前よ」
「媛奈を返して貰いに来たよ」
僕と蕾が並んで声を放つと、影の中からしばらく沈黙が占めたが、すぐに声が返ってくる。
「それは適うかな? ここは〈紅影〉の拠点だ。君たちにとっての敵は」
その瞬間、四方八方から光が満ち溢れる。暗闇に慣れていたために、一時的に僕達の視界が奪われてしまう。が、咄嗟に僕と蕾は背中合わせになって急襲に備える。
そんな中、面白そうな声が降ってきた。
「圧倒的多数だ」
瞬きをして目を慣らしていく。そして目に入ったのは確かに圧倒的多数であった。
「数は……五十。よくこんなに集めたわね」
背中越しに声が響いてくる。呆れたような声が告げる通り、僕達の頭上に繰り広がっているのは天井からぶら下がっている五十の男女であった。
「しかも、それだけじゃない」
僕は辺りに視線を向けて言う。そのぼんやりと光る辺りを。
そう、屋根、床、壁が全て発光しているのだ。影は消えるが影が生じさせないほどの弱光。
つまり。
「〈影法師〉が封じられた……!」
蕾はその愕然としたようにその言葉を紡ぐ。
が、僕は逆に飄々と笑って見せた。
「それぐらいで木戸一族を防げると思ったら大間違いだ」
「え……?」
「違うのか? 蕾。ふがいないお兄ちゃんの背中を守ってくれないのか?」
僕の言葉に、蕾はしばらく黙り込んでいたが、ふっと優しい笑みを漏らして僕の背中に背中をぐっと押し付けてきた。
「仕方ないわね。もう」
しょうがなさそうに笑って、蕾は左手をそっと僕の右手にあてがった。僕はそれをそっと握る。
柔らかな背中の感触がする。
ふわり、といつも使っている石鹸の香りがする。
それに混じって、彼女の少し酸っぱい汗の香りが漂う。
何よりも僕の右手に強い信頼が伝わってくる。
ああ、何でこんなに安心できるのだろう。
彼女が背中にいるだけで、僕は何だってできる気がするんだ。
限りなく愛おしいその感触は、胸の中で焦がして少女と繋がっている。
だったら、負けない。
五十人が相手だろうと、千人が相手だろうと、二千人だろうと。
獲物を構えて襲撃しようとする敵を見据えて、蕾は僕に背中を預けながら楽しそうな声で歌う。
僕は笑って背中を預け返すと、返す言葉を歌うように紡ぐ。
「来るよ。霧兄ぃ。遅れを取らないでね」
「出来るだけ頑張ってみるさ」




