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第一夜 木戸家の食卓

「任務終了……地味に疲れたな……」

 僕はどすりと家のソファーに腰を下ろすと、ようやく家に帰ってきたのだ、という実感が湧いてきた。腰にくくりつけてある絶影刀(ぜつえいとう)と呼ばれる大ぶりのナイフを外してテーブルに置くと、深いため息が自然と腹の底から突き出てきた。

「霧兄ぃ、先に風呂入って良い?」

 私室からタオルと着がえを取ってきたと思しき蕾がひょこっと居間に顔を出して訊ねる。僕は少し抜けた声を出して返答した。

「ああ、じゃあその間に軽く夜食を作っておくよ」

「お願い。……いつも言っているけど、絶対に覗かないでよ?」

「わーっているって。てか一度も覗いた事ないだろ?」

「だから、絶対に、絶対にだからね?」

「はいはい」

 くどすぎるほど念押しした後、蕾は顔を引っ込めた。風呂場へ歩いていったのだろう。

 僕はそれを見送った後に胸ポケットから『(マイ)ノート』を取りだして少し妹の情報を整理する事とした。

 (つぼみ)は僕の妹で、高校一年生だ。

 長い黒髪をポニーテールで縛り、端正な顔で冷静沈着。その様子はまさに容姿端麗、さらに頭も良いと来て劣等生の自分から比べてしまえば情けなくなるほど優秀だ。

 ちなみに自分の名前は木戸(きど)霧人(きりと)と言って、高校二年生だ。驚くべき程、成績はよろしくない。ギリギリ赤点は取らないレベルではあるのだが……。明らかに妹とは出来が違う。こんな不甲斐ない兄だったら引きこもって泣いていそうだが、幸い、僕にも秀でている点が何点かあるのでそれで面目を保っていた。

 そのうちの一つは、料理だ。

 蕾は料理は出来るのだが、野菜を切ろうとすると何故かまな板まで寸断してしまう。早い話が馬鹿力なのだ。少しは加減すればいいものを……。

「はぁ……今日は再試で落ちたことに怒っていた、と。体調に不備はない様子」

 僕はため息を漏らしながら今日の蕾の様子を日記のように書き示しておくと、ノートを閉じて真新しいまな板と包丁を取りだしてから冷蔵庫の中身を確かめた。

「……野菜炒め、かなぁ」

 チンゲンサイともやしが萎びれかけている。これは使わねばなるまい。僕はそれを取りだして軽く洗ってからまな板に置くと、全てざく切りに。

 戸棚からフライパンとサラダ油、そしてスパイスの小瓶を思索の末に何本か取り出す。

 フライパンをガスコンロに置くと、スパイスをその脇に並べ、フライパンにサラダ油を垂らしてからガスコンロに火を入れる。油を全体に回しながらサラダ油をしまい、ヘラを取りだして暖まったフライパンの上に野菜をぶち込んだ。

 じゅううううぅっ! と野菜達に含まれる水が雄叫びを上げるのを聞きながら、僕はフライパンを振るい、ヘラを操る。途中で塩や胡椒、ターメリックに七味唐辛子を振り掛けた。

 十分野菜に火が通る頃に、どこか不機嫌そうな態度の蕾が湯上がりのジャージ姿で台所へ顔を覗かせた。

「何作っているの?」

「野菜炒め。カレー風味で」

「へぇ、ご飯よそっておくね」

「おう、頼む」

 僕はガスコンロの火を止めながら頷いた。フライパンを火から下ろし、皿を二枚取りだして分けて盛る。その傍らでせっせと蕾は二人分のお椀にご飯をよそる。このお椀は色違いの同じもので、箸もそうなのだ。妹曰く、『ふ、二つ買った方が安かっただけだからね! 勘違いしないでね!』だそうだが。

 僕は野菜炒めが盛られた皿を運搬すると、その後を蕾が追随してご飯を盛って移動した。

 居間のローテーブルにそれを置くとソファーに腰を下ろす。蕾も僕の隣に腰を下ろして、皿を近くに引き寄せた。

「……何で隣?」

 ローテーブルを挟んで向かいにもソファーはある。だが、蕾は平然とした顔で僕に箸を渡した。

「別に。何か困る?」

「いや、別に」

 だけど、風呂上がりのこの髪からの香りは何というか……。

 僕は首を振って雑念を振り飛ばした。駄目駄目。考えたら負けだ。

「いただきます」

「いただきます」

 僕達は合掌してから各々の食事に手を伸ばす。蕾は野菜炒めの皿を手にとってぱくりとチンゲンサイを口に運び、顔を綻ばせた。

「美味しい……」

「そか、良かった」

 僕は笑いながら野菜炒めを口に運ぶ。ターメリックのカレー風味が口の中で溢れた。辛みも丁度良く、我ながらよく出来ている。

 暫くもぐもぐと食事を進めていると、ふと蕾が思い出したように言った。

「そう言えば、桂さんが明日、話があるから本部に来いって」

「ほえー、まぁ、報告がありますから行きますけど」

「学校に終わった後に一緒に行こ」

「ん、姫様をお迎えに参りましょうか?」

「普通に校門で待ってくれれば良い」

「飛んでいって良い?」

「駄目。人目の事を考えて」

 そう言いながら食べ進めていく僕達。蕾はしっかりしていて頼りになる。今後の予定をスラスラと述べて僕に意見を求めてくる。僕は逐一それに答えながら、夜食を食べ終えた。

 蕾がせっせと皿を持って台所へと運ぶ。そのさらさらと揺れる濡れた黒髪を見ながら、僕も風呂に入ろうかな、とぼんやり思った。

 明日も一応、〈バイト〉なのだ。身体は休めておきたい。

 僕は立ち上がりながら台所に向かって声を放った。

「悪い、蕾、皿頼んで良いか?」

「良いよ。霧兄ぃは風呂入っていたら?」

「そうする」

「着替え、持っていこうか?」

「さすがにそれぐらいは自分でするさ」

「……そう」

 妹よ、何でそこは残念そうなのだ。

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