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第十七夜 兄妹の絆

「すみません、桂さん。僕が迂闊でした。媛奈は今――」

「いや、今回のは失策とは言わないよ」

 大急ぎで戻った僕が会議室に入ると、そこにはすでに桂さんと美夜さんが地図とiPadを見比べて線を引いていた。二人とも焦っている表情ではあるが、そこまでは緊張していない。

「今、警察に掛け合って追って貰っている。だが、あのナンバーは盗難車だったそうだ」

「それで、連中は――」

「まだ捕捉し切れていない。だが、すぐにリークできるだろう」

「そう、ですか……」

 少し安堵の息をつく僕。桂さんはわずかに視線を上げると、困ったような笑みを見せた。

「やっぱり憔悴したような顔をしている。そんなので失策だと言って叱ることなんて、出来ないよ。だから今は取り返すことに集中しよう。大丈夫。〈紅影〉の連中もすぐには手を出さないはずだ。媛奈さんの持っている能力自体が大きいから、吸収には手間がかかるはずだし」

「だから、今は蕾ちゃんを慰めてあげて」

 美夜先輩にはお見通しらしい。僕は黙って頭を下げるとその会議室から退室した。

 そこには静かに項垂れてベンチに座り込む蕾の姿があった。その姿からは後悔の念しか感じられない。

 彼女は失策を悟った後、すぐさま車を追跡しようとしたが、もうすでにそれはどこかへと走り去ってしまった後。呆然とする彼女を半ば引きずる様に抱えて、回収に来た大森さんの車で建物へと戻ったのだ。

 僕が黙ってその隣に座ると、彼女は掠れた声で囁いた。

「――ごめんね、霧兄ぃ」

 悲惨なほど、ガサガサに掠れた声に胸が引き裂かれそうになる。

 僕はその肩に手を置くと、小刻みにその肩が震えた。

「私が……しくじったから……しくじくったからッ!」

「自分を責めるな、蕾」

 僕はその肩を強く腕で引き寄せて抱きしめると、彼女は、でもっ、と声を張り上げて僕の腕の中で嫌々をするように首を何度も振って暴れる。

「私が、媛奈さんを、何で、あのとき気づかな――」

「だから責めるな、と言っているんだよ! 蕾!」

 僕が語気をわずかに荒げて言うと、蕾はびくりと肩を震わせてそのまま固まった。僕はその肩をしっかりと掴んで言い聞かせるようにはっきりと言葉を口にする。

「僕だって引っ掛かった。あっちの方が一枚上手だっただけの話だ。それに、まだこの戦いは終わった訳ではないし、これから挽回できる。分かっているだろ、まだ僕達には桂さんたちが取っている対策の他に、もう一つ対策があること」

「き、霧兄ぃの……〈影法師〉……?」

 そう、僕の影法師はまだ有効だ。別の影を踏んで(マーキングして)いないから、今すぐにでも媛奈の場所に飛べる。だが、それはリスクが高い。

 恐らく、それを警戒して媛奈は真っ暗闇に監禁されていることであろう。そうなると必然的にその影は建物の中に併合され、今飛んでも建物の影、しかももう夕暮れに近いので影は伸びている。正確にその場所へ出ない可能性の方が高い。

 僕はそのことを考えながら、ぐっとその蕾の肩を抱き寄せ、顔を上向きにさせる。

 涙でくしゃくしゃになった、お世辞にも良い顔色だとは言えない顔。それはいつも人前で見せる、澄ました顔とは違って、幼く見える。

 彼女は、やはりこんな兄を持っているからしっかりしなくちゃいけないと思っているのだろう。

 だからあんなにお小言を言ったり、僕の世話を焼いてくれる。

 故に、想定外のこと、それが間違っていると分かったときはすごく落ち込むのだ。(マイ)ノートにもそう書いてある。

 だから、こんなときは。

「大丈夫だ、何のために兄貴がいると思う」

 くしゃくしゃと頭を撫でて笑いかけた。安心させるように、と祈って。

 そして、こつんと額を重ね合わせながらそっと囁いた。

「こんな、妹に面倒を見てもらわないと駄目な兄貴だけど、こういう所ばっかりは見栄を張らせてくれ」

 こんな良い子が、妹にいてくれるんだ。

 だからここはしっかり兄貴面して、頑張って守りたい。


 その、小さな心だけでも。


「それに、責任の一端は、僕にもある……」

 僕は蕾の瞳を覗き込みながら、媛奈の顔を思い出す。

 僕に全幅の信頼を寄せていた彼女のあどけない笑顔を。

 その信頼を裏切ってしまった、その埋め合わせはしなければならない。

 僕の決意を読み取ったのか、蕾はわずかに落ち着きを取り戻して、僕の瞳を見つめ返した。

 そして、ゆっくりと頷いて見せる。

「うん……霧兄ぃ、やり返そう」

「その意気だ」

 僕は彼女の肩を景気よく強めに叩くと、ベンチから立ち上がった。蕾は少し強気な笑みを浮かべて僕の隣に立ち、そっと僕の手を取る。

「霧兄ぃに慰められるなんてね」

「そういう役割だろうが」

「確かに。だから、霧兄ぃには任せられる」

 蕾の確かな口調は、もう大丈夫だということを物語っている。

 あとは――。

 視線を会議室の方へと移すと、そこからはタイミングを見計らっていたのか、桂さんがひょこっと丁度良く顔をのぞかせていた。廊下の端からは竹千代や大森さんの歩いてくる姿も見える。


「二人とも、居場所は掴めた。作戦会議を始めよう」


 桂さんの提示した作戦はかなりシビアなものであった。

 予測を多く孕んだ、だが確かに彼らが取りそうな策。

 媛奈の居場所、監禁状態、どのような罠を仕掛けてあるか、対する人員はどの程度か。

 それら考え得るもので弾きだした対策を、桂さんは告げた。

「もちろん、肋を折っている美夜は参加できない。この前の動きで少し悪化している部分もあるからな。だから、大森さんや竹千代ちゃんが臨機応変に動くとしても……霧人くん、蕾ちゃん、二人のコンビが不可欠となってくる」

 そうですね、と小さく蕾は呟きながら顎に手を当てて思案する。

 作戦の一つ一つを指で確認していき、罠に関してちらっと僕を見た。ただ、僕は少し笑って肩を竦める反応を返した。

 その反応に蕾は満足したのか、頷いて僕の手を取った。

「大丈夫です。並の〈影〉なら私たち二人でも対処できますし」

「買い被ってくれるね。蕾」

「霧兄ぃだもの」

「そうか」

「調子乗らなければね」

「今回は調子良いけど、調子には乗らないさ」

 僕と蕾は不敵に笑いながら言葉を交し合うと、そっとその手を握り合って気楽な口調で言い合った。


「やるよ。霧兄ぃ。遅れを取らないでね」

「出来るだけ頑張ってみるさ」


 さぁ、奪還作戦だ!

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