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第十六夜 影の襲撃者達

 日差しのよく当たるベンチ。

 今日は良い秋晴れで、清々しい天気だ。

 僕はベンチに腰かけて悠々と缶コーヒーを口に運ぶ。

 目の前の大通りでは、忙しなく人が行き交う。当然だ。今日は平日なんだから。

「秋休み中の自分たちだけが満喫できる特権……なんて思ってないよね? 霧兄ぃ」

 不意に、ぐいぃ、と頬を抓られて僕は半眼を横の妹に向ける。

 蕾は白地に英字プリントのTシャツに黒いパーカーを羽織り、ジーパンを履いた格好だ。軽くスカーフを巻き、帽子とサングラスも着用。なかなか素敵だ。

 内心で感心している僕に、蕾は茶色いサングラスを少し下にずらして、上目遣いで僕を睨む。

「霧兄ぃ、一応、今も護衛中なんだよ?」

「知っているよ。でも少しぐらいぼっとしていても良いだろ?」

「駄目。しっかり集中して。何か気配があったら真っ先に媛奈さんの所に飛ばないといけないんだから」

「分かっているよ」

 だが、〈紅影〉の連中も表沙汰にしたくはないから、ここは襲わないだろう。と踏みながら斜向かいに見える建物に視線をやる。

 そこには町内会が所有している建物が鎮座している。三階建てのコンクリート造りの建物で、中には会議室が鎮座しているとか。

 結構、市長や町長などを交えた会議なので、僕達が相席することは適わない。

 なので、外でぼんやりと待っているのだ。ちなみに建物の裏手では桂さんが待機しており、万事安全な事態を保っていた。

「〈紅影〉がどんな行動に出てくるかね」

「霧兄ぃ、聞かれたらどうするの」

「だって、僕はもう面が割れているし、蕾も、ねぇ?」

「でも油断は禁物」

「へいへい」

 僕は肩を竦めるが、蕾がわずかにぴりぴりしている理由もよく分かっていた。

 今日襲撃が来るとわかっていても、〈紅影〉は民間人に扮して襲ってくることも可能。だからといって誰彼かまわずいちゃもんをつけるわけにもいかない。

 つまり、後手に回るしかないのだ。〈絶影〉は。

 だが、緊張感漂う蕾の頭をぽんぽんと撫でながら、敢えて僕は軽く言った。

「大丈夫さ。僕がいる。そして、蕾もいる」

 そして何か言い返される前に僕はゴミ箱に空き缶を投げると、町内会の建物へと足を向ける。

 丁度、会議が終わったようで媛奈が制服姿で出てきた。僕を見るなり、ぱっと顔を輝かせて、小走りで駆けてくる。たゆんたゆんと立派なものが揺れてなかなか楽しいものがある。

「おかえり。どうだった?」

「ただいま。有意義な会議だったよ。文化祭とかは町の祭りと合同でできそう」

「そりゃ良かった」

 僕がその亜麻色の髪をくしゃくしゃと撫でると、媛奈は嬉しそうに緋色の目を細めて見せた。

 が、すぐにはっとしたような顔になると、僕から身を離してきょろきょろと辺りを見渡す。

「〈紅影〉は、まだ……」

「多分、いない。けど、油断は……」

 できない、と言おうとした瞬間、どこからか微かに悲鳴が聞こえた、ような気がした。

 蕾が素早く腰を上げ、視線を走らせている。だが、媛奈には聞こえなかった様子で、僕の手を握って少し安堵したような表情を浮かべていた。

「行こうか、媛奈」

 とりあえず、悲鳴から逆方向に行くべきか。僕は笑ってそう言うと、媛奈はこっくりと小さく頷いて歩き始める。蕾がその脇について二人で媛奈の両脇を固めるような形で商店街のストリートを歩いていく。

 刹那、今度は割と近くから罵声や悲鳴が響いた。今度は、近い。

「え、今の、何……?」

 今度はさすがに媛奈に聞こえた様子で、彼女は狼狽の表情を見せる。その少女の恐怖をあおる様に、同時に三方で悲鳴が上がる。

 これはさすがにまずいか……。

「……霧人」

 迂闊に動けず、二人で警戒していると、その傍にブレザー姿の少女が切羽詰まった顔の様子で現れた。

「竹千代、どうした?」

「各場所で黒い剣を持った強盗が……。もう金を盗って逃げている」

「もしかして、そっちが目的?」

 蕾がちっ、と小さく舌打ちする。

 なるほど、媛奈に注目させておいて、実は集団強盗が目的……。

 単純且つ有効な手立てだ。が、媛奈を放置する訳にもいかない……。

「〈絶影〉が総出で当たっているけど、数が多すぎる。二人も早く」

 珍しく饒舌な竹千代は、脇を通り過ぎた黒い車に目をつけ、一瞬でその影を掴んだ。車の速度で影に引きずられる自分の身体を地を蹴って浮かせ、バックウィンドウに一気に蹴りを叩き込んだ。

 きゃああ、と悲鳴が上がる中、竹千代は中から人を引きずり出していた。目出し帽の男は意識を失っている。どうやら犯人らしい。

「霧兄ぃ、私達も鎮圧に動かないと」

「でも、媛奈が……」

「ここは信頼できる人間に預けましょう。でも〈絶影〉の人間は忙しい。なら」

 蕾が鋭く視線を走らせる。僕はその視線の先を追ってはっと息を呑んだ。

 その視線の先にあったのは駐在さんが前で立っている建物、高天商店街交番、つまり……。


「警察組織か!」


 僕達はその交番に媛奈を適当な口実で預けると、すぐに商店街へと暴動の鎮圧へと赴く。すると、蕾が何かに気づいたように指さす。

「霧兄ぃ、あそこ!」

 そこでは黒い槍を持った覆面の人間がコンビニの中で誰かと応戦していた。

 あそこにいるのは……黒田湖南だ。ビニール傘で懸命に応戦している。蕾と頷き合って、二人で店内へと飛び込み、覆面の人間の背後から蹴りかかる。

 すると、その人間はするりとその場で陳列棚を掴んで側転の要領で飛び越え、出口に向かう。蕾が即座に対応するが、そいつはそのままガラスをぶち破って逃げて行ってしまった。

「わ、悪りぃ、た、助かった……」

 その場でへたれ込む湖南を助け起こすと、彼は弱々しい言葉を紡ぎながら陳列棚へと寄りかかる。

 その間に隅で怯えていた店員や客を蕾が助けていた。あちらは大丈夫そうだ。

「コンビニで、買い物でもしていたのか?」

「あ、ああ……まぁな。お前は?」

「お前が戦っているのを見て助太刀に来た」

「そりゃーどーも」

 湖南は少し勢いを取り戻してきたようだ。わずかに笑顔を見せると、ポケットからスマートフォンを取り出して弄り始めた。

「全く、どうなっているんだか。何で強盗が出ているのに警察が……」

「商店街の至る所で強盗……が……」

 その瞬間、僕の脳髄から血の気が引いていくのを感じるような気がした。


 何で、あそこの駐在所には、警官が、立っていたん、だ。


 考える暇も持たない。僕は素早く陳列棚を回り込み、そして突然慌ててきた僕を見て目を見開いている蕾の肩を掴む。

 そして強く地面を踏みしめ。


 飛ぶ。


「くっ!」

 地面に足がついた瞬間、そこはいるべき場所にはおらず、商店街付近の大通りであった。

 僕と蕾は足をしっかりつけると、辺りを見渡した。蕾は動揺を隠しきれずに辺りを見渡している。

「ど、どうして……媛奈さんにマーキングできているなら……」

 そう、交番の近くに出るはず。なのに、ここは商店街付近の大通りだ。

 その原因を発見するのは、容易かった。そこを通っている車は一台しかなかったからだ。

 その後部座席に見える一人の人影の髪の毛は……亜麻色。

「ちっ!」

 僕は舌打ちすると同時に、そのナンバーを目に焼き付けて素早く携帯電話を取り出す。


「……桂さん。すみません。媛奈が攫われました」

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