閑夜 恋する少女のガールズトーク
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その部屋は和室である。
居住する場所として和室というのは最適である。
床は畳、そして土壁に覆われたそこは夏は涼しく、冬は暖かい環境を実現する。さらに畳は空気清浄機能とマイナスイオン優勢環境をつくり、保湿効果や吸音効果もある、とても万能の床材だ。
それらの元となる天然素材とリラックス感はまさに自然という環境だ。
だが、それは同時に自然界に存在しないものを排除する傾向にある。特に洋風のものは、だ。
例えば、カラフルなステンドグラスの置物を部屋に置いてみたらどうだろうか? きっと異物感があるに違いない。落ち着いた色合いならまだしも、派手な配色であったら間違いなく浮いてしまう。
つまり、和室を私室とする場合、自分流にアレンジするのは現代人にとってはなかなかの難易度を誇るのだ。センスが悪い人は間違いなく、先程の具体例のような過ちを起こすに違いない。
だが、この部屋は違う。
と、その部屋に招かれた少女、木戸蕾はその部屋を眺めながら考える。
この部屋の持ち主は下手な冒険はせず、部屋に置いてあるのは座卓、箪笥、本棚は木目で落ち着いたものを保っている。壁には掛け軸が掛けられ、完全な和風の部屋……かと思いきや。
箪笥の上などにはクマの可愛らしいぬいぐるみや、イルカのぬいぐるみなど少し派手なものが置かれている。しかし、浮いてしまわないよう、そのぬいぐるみの色と箪笥の色の中間色を狙ったと思われる、ぬいぐるみのおしりに敷かれた座布団でその違和感を払拭しているのだ。
本棚の本も落ち着いた色合いの本は目に止まる所へ、逆に派手な漫画本などは目につかない一番下の段などへ収めている。
掛け軸はコルクボードのようにその上へ写真が貼り付けられ、なかなかお洒落な感じに仕上がっている。
「――やりますね。媛奈さん」
「え、何が?」
(しかも本人は自覚がない……このあざとさが霧兄ぃをデレデレにさせるのか……)
蕾は戦慄していると、媛奈はせっせと座卓を片づけて布団を敷き始める。それを見て、蕾は慌てて自分が間借りしている部屋から持ってきた布団をその隣に敷いていく。
斯くして、そのお洒落な部屋に二人の布団が並ぶのであった。
媛奈がその上に座るのを確認してから、蕾が自分の布団の上で正座すると媛奈はそれを見て少し可笑しそうに笑った。
「正座なんてしなくても……霧人がいないんだから崩しちゃってよ」
「――そう……ですか」
蕾は少し思索していたが、すぐに頷いてその場に膝を崩す。すると、媛奈はほっとしたように少し吐息をついて蕾へすまなそうに笑って見せた。
「ごめんね……今日はあたしが迷惑掛けちゃって」
「いえ、私達も説明不足でした」
蕾はただ淡々と眉一つ動かさずに言う。わずかにすまなさそうな表情と声色を見せているが、それが気付けるのは彼女の義兄ぐらいだろう。現に媛奈は困ったような表情を見せていた。
が、それに構わず蕾は説明を淡々と付した。
「〈影〉達は夜間でもその能力を使うために〈昼夜〉という結界を張ることが出来ます。これは本人の持つ能力の如何を関わらず、誰でも使える術で、極端な話、私達でも使えます。そこでは暗闇であろうが、ある程度闇を見通せるようになり、そして影を発生させることが出来ます。その影の方向はまちまちなので気をつけねばならないのですが――」
「あ、あの……蕾、ちゃん」
わずかに熱が籠もった口調で語る蕾を媛奈はわずかに引きつった笑顔で制すると、蕾は珍しく分かりやすく目を見開いて媛奈を見つめて首を傾げる。
「何か?」
「……どうせ、女の子二人なんだから、そういう堅苦しい話とかじゃなくて、もうちょっと――」
「世俗的、ですか?」
「うーん、まぁ、固い言葉だけどそんな感じに。例えば、さ」
媛奈はわずかに躊躇いがちに手を上げ、そして思い切ったように蕾の髪の毛に触れる。それに思わず驚いて蕾はびくりと肩を跳ねさせて少し退く。
それを見て媛奈は手を引っ込めながら、ごめんね、と急いで詫びる。が、すぐにその髪の毛を羨望の眼差しで見つめた。
「でもね、その髪の毛……凄く綺麗じゃない? どうしてそんなに綺麗な黒髪なの? コンディショナーとかは何している? ユニブラとか?」
高天市で有名なトリートメントなどを販売している化粧品会社の名前を挙げる媛奈。
しかし、蕾はわずかに小首を傾げるだけだ。
「コンディショナー……? ユニブラ……? 何ですか? シャンプーの種類ですか?」
「え、もしかして、コンディショナーとかトリートメントとか使っていないの!?」
媛奈はその言葉を聞いた瞬間、大きな声を上げながら蕾に食って掛からんばかりに接近する。蕾は思わず着座したまま膝を動かして下がりながら二度素早く頷く。
すると、媛奈は信じられないとばかりに大きく目を見開いてもう一度のその髪の毛に触れる。
「え、じゃあ、シャンプーって何を使っているの!?」
「せ、石鹸ですが……」
その答えに思わず絶句した媛奈。だが、辛うじてその喉から声が漏れ出る。
「せ、石鹸? も、もしかして固形石鹸……?」
「そ、そうですけど……?」
その瞬間、媛奈は頭を押さえてすごすごと元の布団の場所に戻る。蕾は少し警戒した様子で自分の布団に戻ると、媛奈は心底深いため息をつくと、頭を押さえていた手を胸の前で握りしめてぱきぱきと言われた。
「――明日、霧人をシメとく」
「……え、あ、何で霧兄ぃが……?」
蕾はわずかに慌てた口調で媛奈に訊ねると、彼女はぞっとするほど暗い笑顔を見せて拳をまた鳴らせる。
「女の子の髪の毛はね……それはもう、デリケートなの……ちゃんとしたシャンプーやコンディショナーを使わないとすぐに傷んじゃうんだよ……それなのに、あの馬鹿は――」
「あ、あの――」
媛奈の様子に目を見開いた蕾はその言葉を遮ってやや大きな声で告げた。
「霧兄ぃはちゃんとシャンプーを買ってくれていますよ……?」
「――え?」
ぱきぱきという音が止み、媛奈の暗い笑顔が驚きに転ずる。蕾はわずかに顔を背けるとぼそぼそとした声で続ける。
「その――霧兄ぃはちゃんと高いシャンプーを買ってきてくれているんです。椿油の。その、多分、コンディショナーみたいなのも置いてあったので……ただ、私が使っていないだけなんです」
「ど、どうして……?」
「だ、だって――」
つんつんと人差し指を突き合わせながら、蕾はすまなそうな口調で言う。
「あれ、高いじゃないですか……霧兄ぃが倹約してくれているのに私が無駄遣いというのも……それに――霧兄ぃはありのままの私が良いって……」
露骨な反応に媛奈は少し嬉しそうな表情を浮かべ、顔を蕾に寄せると悪戯っぽく囁いた。
「霧人のこと、本当に好きなんだね」
「す、好きとか違います。霧兄ぃは大切な兄で――相棒で――家族です。それ以上でも以下でもありません」
少しむっとしたような表情で蕾がやや大きい声でそう言い放つので、媛奈は何故か納得したようにうんうんと頷いてみせる。そして指摘するように一つ言った。
「でもさ、蕾ちゃん、霧人が絡むと表情が豊かになるよね?」
「え……?」
蕾は初めて気付いたように頬を押さえる。
確かに蕾は最初の方、わずかな表情の違いしかなかったが、霧人の話が絡んだ途端、声を大きくしたり表情をコロコロと変えていた。
それを自覚したのか、蕾はかあぁっと急速に顔を赤くして俯いてしまう。
その様子をニコニコと笑いながら媛奈は楽しげに言った。
「蕾ちゃんの可愛い所、一個みっけ」
「か、からかわないで下さい……もう……」
「んー? そう?」
「だって霧兄ぃなんて……良いとこ、全然ないですし……」
「本当にそーおー?」
「ほ、本当ですって! 例えば――」
それから夜通し、二人は想い人の悪口を言い合うのであった。




