第十五夜 真夜中の事情聴取
「何か真夜中の事情聴取ってニュアンス的にちょっとえっちな感じがしない?」
「……いきなり何を言うんですか。先輩」
報告書の最初に事情聴取と書きながら無邪気にそんな事を言う美夜先輩に僕は思わず半眼になって思わず言葉を漏らした。
よし、いかん。僕が先輩の誤解を解かなければ。
僕はそう決意するとテーブルを叩きながら美夜先輩に訴えかけた。
「すごくえっちに決まっているじゃないですか」
「止めんかッ!」
ずびしと垂直にチョップが振り下ろされ、脳天に火花が飛び散る。
思わず僕は涙目になりながら背後を振り返ると、そこには真っ赤な顔で腕組みをする媛奈の姿があった。
「いや、ボケないといけない気がしてきて」
「シモの方向でボケないでよ。恥ずかしい……」
媛奈はもそもそと言いながら僕と美夜先輩、そして蕾にお茶を出すと僕の隣に腰を下ろした。
僕達は刺客である三日月を撃退後、すぐに戻ってきた桂さんと美夜さんに三日月を引き渡していた。
途中から気付いていたが、竹千代がこっそりと僕達を見守っており、すぐに救援を呼んでくれていた。まぁ、気付いていたから妹と二人で三日月に向かって行けたのだけど。
そして、桂さんが事情聴取中、僕達は野和家居間でゆっくりしていた。夜が深まっているが、媛奈の不安げな顔色も抜けないので、みんなでゆっくりとティータイムである。
「そんな事を言う媛ちゃんだけど、霧くんの隣に座る辺り、本当に仲が良いよねー」
美夜先輩はニコニコと笑いながらそう指摘する。ちなみに、右隣に蕾、左隣に媛奈が座っている状態で僕としては両手に花だ。
「……霧兄ぃ」
例の如く、義妹がじと目を向けてくる。僕は振り返って紳士的に問いかけた。
「ん、何だ。鼻の下は伸びていないぞ」
「でも、邪な想像をしたでしょ」
「……確かに、両手に花、とかは思ったぞ」
「…………」
蕾は黙り込み、微かに頬を膨らませる。
あ、不機嫌になった。
僕は少し困っていると、美夜先輩はニヤニヤと笑いながら蕾をちらっと見てから僕に声を掛ける。
「霧くん、駄目だよ。蕾ちゃんの機嫌を損ねちゃー」
「……悪い、蕾」
何が悪いのか分からないが、とりあえずよしよしと頭を撫でると蕾の頬がわずかに緩んだ。本当にわずかだけど。僕じゃないと多分、分からないだろう。
「……霧人ってもしかして、シスコンなの?」
「何を突然言うんだね。媛奈くん」
不意に反対側から声がしたので、キリッと無駄に格好つけてそちらに顔を向けると今度は媛奈が目に見えてむくれていた。不機嫌そうに湯飲みを指で突いている。
美夜先輩は不意に真摯な顔になって言う。
「霧人くん、女心を分かっていないね。キリッ」
……目が笑っている。
美夜先輩の好奇の目を避けながらとりあえず、媛奈の頭にぽんと手を置いて撫でながら言った。
「普通の兄妹の仲を誤解しちゃ行けないと思うのだが。優等生さん」
「……優等生じゃないケド」
媛奈はわずかに目を泳がせるとぼそっとそんなことを宣う。頬が若干赤いのが初々しい。
「……霧兄ぃ」
「今度はやましい事を考えていないぞ」
僕が振り返りながら眉を顰めて言うが、構わず蕾はじとっとした目を向けてくる。
「予め否定するなんて怪しい……」
「お前がいつも疑うからだろう……?」
「でも、大体当たっている」
「否定はしない、が、今回は違う」
「……本当だか」
そう言ったのは媛奈であった。いつの間にか媛奈もじとっとした目で見てくるので僕は手を引っ込めながら困ったような苦笑を浮かべ、助け船を求めるべく、美夜先輩に視線を向けるが、彼女は空々しく視線を逸らしながらお茶を啜っていた。
……自分で何とかしろってことですか、先輩。
「……もう良い。媛奈さん、一緒に行こ」
不意に蕾がため息をつくと、立ち上がって媛奈の方へ回るとその手を取った。媛奈は一瞬、きょとんとしたが、嬉しそうに笑ってコクンと頷き、最後に僕へ一瞥をくれると二人で居間を出て行った。
「……お風呂ですかね。ガールズトークですかね」
「覗きはいけないよ。霧くん」
美夜先輩と残された僕は少しだけ気になって訊ねると、美夜先輩はニヤニヤしながら湯飲みを口に運ぶ。しませんって、と僕は苦笑しながら僕も湯飲みを口に運び、唇を湿らせてから言った。
「蕾は上手くやってくれましたね」
「……ん」
少し申し訳なさそうに美夜先輩は頷く。それと同時に背後から声が掛かる。
「……霧人くんも気付いていたか」
振り返れば、そこに憔悴したような顔の桂さんが入ってきていた。
やっぱり、いたのか。
正直な話、僕は気付いていなかったが、途中から蕾の様子が変わったのには気付いていた。だから、気を利かせて媛奈を連れ出したのだろう。
これ以上、〈絶影〉関係の話を聞かせるのは休息妨害にしかならない。
「粗方、事情聴取は終わったよ。結構、単純な子だったが、少し疲れたね……」
桂さんは苦笑しながら蕾の座っていた席に腰を下ろすと、美夜先輩は少し顔つきを真剣にさせて訊ねる。
「殿下、それでどのような?」
「崩して良い。美夜」
桂さんはまず手を振ってそう言うと、ワイシャツの胸ポケットからメモ用紙を取りだし、広げながら言った。
「彼女は紅薔薇指揮下にある〈紅影〉第一部隊の末端らしい。戦闘員、という所か」
「ショッ○ーですか」
「まぁ、○ョッカーだな」
桂さんは可笑しそうに笑いながら頷く。そして言葉を続ける。
「あまり情報が行き届いていないのと……何か話せない事情があるのか、少しだけしか聞き出せなかった。第一部隊は〈紅薔薇〉が指揮する三十人規模の部隊で、大半の能力は〈影絶ち〉らしいが、どうやら、三日月さんのような〈蜻蛉〉の派生系の能力も多いらしい」
「かげろう? 炎の方?」
美夜先輩は小首を傾げながら、『陽炎』の字を宙に書くが、桂さんは首を振ってメモ用紙に書かれた『蜻蛉』の字を見せた。
「とんぼ……? これでかげろうと読むんですか」
「うむ。本人曰く、影の狼で〈影狼〉らしく、まぁ、私が勝手に文字を弄っただけだ」
これで登録しておく。今回の罰だな。
そんな事を宣う桂さんは結構、サディスティックだな。と僕は思いながら苦笑する。
きっと、あのような厨二病っぽい少女には辛いだろう。影狼が蜻蛉になるとは。
ちなみに厨二病の根拠はスケッギォルドなんて大層な技名を使っているからである。北欧神話やクトゥルフ神話は厨二病の基本だからな。
「今回は彼女の独断の襲撃だったらしい。どうも、紅薔薇に目を掛けられた霧人くんに嫉妬したらしい」
そこまで報告を終えると、桂さんはメモ用紙を畳んで胸ポケットにしまう。美夜先輩は僕に視線を向けるとニヤニヤと笑って小さな声で悪戯っぽく言った。
「モテモテだね。敵味方問わず」
「苦労しますよ。全く、蕾の機嫌を損ねて仕方がない」
僕はため息混じりにぼやくと、桂さんと美夜さんは苦笑しながら目配せし合って席を立った。
「あれ、どちらに?」
「三日月さんを本部に護送する。媛奈さんの護衛は任せたよ」
「了解しました」
僕が立ち上がって敬礼すると、二人も笑いながら敬礼してそこから立ち去っていく。
それを見届けると僕はふむ、とその居間を眺めた。
「さて……まず護衛としてやるべきことは……」
まぁ、一つしかない。
「食器、片づけるか」




