第十四夜 夜の決闘
僕は媛奈に抱き締められながら冷静に状況を分析する。
今の戦力は恐らく、僕と蕾だけ。
相対するのは――。
「あらら、やっぱり出て来てくれたわね」
嬉しそうに笑うゴスロリ風のドレスをまとった少女であった。やたらとスカートにふりふりがつき、カチューシャが装着されている。なかなか可愛い。
そんな事を漠然と思っていると、怪訝そうな義妹の視線が向いてきたので、僕は媛奈を出来うる限り、優しく引き離して背中に隠しながらその少女に問いかけた。
「媛奈のアポなしで訪問とは、〈紅影〉殿も随分不躾になられたものだ。もしや、別部隊の方かな?」
「いえいえ、この件を任されているのは紅薔薇様を筆頭とした第一部隊……私はその配下の三日月と申します。木戸霧人殿でございますね?」
「僕も有名になったものだな」
「そりゃあれだけ言いふらしていれば……」
蕾が半眼になりながら大剣を振り回してそれを担ぐ。その脇に僕は進み出ながら言った。
「それで、アポなしさんが媛奈に何の御用で?」
「失礼ね」
すると、心外だったのかむすっと三日月は膨れっ面をして拳銃の引き金の部分に指を引っかけてくるくると回しながら僕を指差した。
「貴方に用があったのよ。木戸霧人」
「――僕?」
「ええ、紅薔薇様の眼鏡にかなってスカウトを受けるなんて……どんな奴か確かめたくなるに決まっているじゃない!」
「スカウト? 何の……あ」
ふと、懐に入ったままの封筒を思い出して取り出す。慌てて〈絶影刀〉でそれを開封すると、そこには流暢な文字で何かが書かれている。蕾はそれを覗き込んで視線を走らせて顔を顰めた。
「紅薔薇からの〈紅影〉勧誘……? 霧兄ぃ、本当に人気になったね」
「――悪かったな」
僕はそれをポケットに押し込みながらため息をつく。
「まぁ、そっち側につく要因は万が一しかないし……とりあえず、お引き取り願おうかな」
「ふふ、言われなくても引き取るわよ……貴方を殺った後にねっ!」
次の瞬間、その三日月と名乗った少女の周りに無数の斧が出現した。次から次へと影から斧が飛び出し、彼女の周りを護るかのようにぐるぐると回転し始める。
「行くよ。霧兄ぃ。遅れを取らないでね」
「ああ、出来るだけ頑張ってみるよ」
僕と蕾はすぐさま横並びになってそう言い合うと、僕は地を蹴って前へと駆け出した。絶影刀を構えて三日月へ接近する。
その蕾に三日月はふっと口元に笑みを浮かべて、手を振り下ろした。
「斧の時代」
次の瞬間、四方へ僕の周りに斧が展開され、次の瞬間、僕の身体へと襲い掛かってきた。
が、僕はすでに飛んで直前に影踏みしておいた蕾の元へ戻っている。蕾は一つ頷いてポニーテールを揺らしながら大剣を構えた。
「斧を多数使う能力――影絶ちの派生系ね」
「そう思えれば良いけど……紅薔薇然り、武器を発生させるだけの能力ではないのが気になるね」
「――用心する」
「そうしてくれ」
そう言うと同時に、蕾は大剣を上段に構えて地を蹴った。豪快に向かい来る斧をへし折りながら猛進する。その勢いにも動じず、三日月はその場で後退しながら自身の影からさらに斧を出現させて蕾へ回転させながら送り込む。
蕾はそれを鬱陶しそうに薙ぎ払うと、セーラー服のスカートをまくし上げて太腿に隠されたホルスターへと手を滑らせた。そして叫ぶ。
「霧兄ぃ!」
「分かっている!」
その一連の動作で隙を作ってしまう蕾。だが、その前に僕がその影へ飛んで彼女の前を陣取っていた。強襲する斧を二つの絶影刀で捌いていた。
次の瞬間、肩越しに蕾の手がすっと伸びた。彼女愛用のベレッタが姿を見せる。
彼女の片手が優しく僕の耳を塞ぐ。それと同時に引き金が引かれた。
「ッ!」
正確な銃撃に三日月は目を見張った。その銃弾を咄嗟に斧を使って防御する。だが、その瞬間、斧の連続した攻撃が途絶えた。それを見て、僕と蕾はニヤリと笑った。
「霧兄ぃ! 行くよ!」
「応ッ!」
その言葉と同時に蕾はついでと言わんばかりに銃の引き金を引く。それと同時に僕は身を屈めてそこから離脱しながら絶影刀を鋭く三日月へ投擲した。その一方で蕾は銃を放棄し、一時的に地面に突き刺していた彼女の大剣を引き抜いて投擲する。影が僕に重なるように。
その瞬間、身を捻って銃弾を避けていた三日月は小さく口元に笑みを見せた。三つの出現した斧を蕾に差し向けながら、二つの斧を掴んで投擲された〈絶影刀〉を遠くへ弾き飛ばした。そして飛び退いて放たれた蕾の大剣が突き刺さるのをかわしながら腕を持ち上げて高らかに叫んだ。
「斧の時代ッ!」
次の瞬間、彼女が腕を振り下ろす。それと同時に大剣へ――否、大剣の作り出す影に殺到した。
「貴方の〈影法師〉はお見通しなのよ!」
三日月が勝ち誇ったように叫ぶ。
「それはどうかな」
しかし、僕が耳元で囁きかけた瞬間、その表情は一瞬で砕け散った。
首元には手元に残っていた一本の絶影刀を突きつけて動きが封じられている。僕はその体勢のまま、蕾に視線を送ると蕾はベレッタをこちらに向けながらゆっくりとした口調で告げた。
「〈昼夜〉を解きなさい」
「くっ……!」
三日月は悔しそうに蕾を見ると、身体から力を抜いた。その瞬間、生暖かい空気が神社へ流れ込み、僕達の影が消滅して蕾の大剣も地に吸い込まれて見えなくなった。
僕はそうしてから素早く彼女の持っていた拳銃を取り上げて懐から結束バンドを取り出しながら言った。
「手を後ろに回して」
「――ふん」
三日月は大人しく従い、手を後ろに回す。僕はその両手を取ると、両手の親指の付け根を拘束して彼女の肩に手を置いた。
「〈影法師〉は何も飛ぶだけが能じゃない。ブラフとしても十分役に立つ」
「つまり、貴方は私が飛ぶと読んでいた事を読んで……?」
「まぁ、飛ばないと読んでいたら、飛んでいたけど。後出しが効く能力だからさ。これ」
僕は苦笑していると、いつの間にか傍に寄ってきた蕾に頭を叩かれた。明らかな不機嫌そうな顔で言う。
「能力バラしすぎ」
「――すみません」
「……まぁ、良いけど。今日は頑張ってくれたし」
殊勝に頭を下げてみせると、蕾はわずかに面を和らげて言うと、すでに拾ってくれていたのか、投擲して弾き飛ばされた絶影刀を僕に差し出した。
「ありがと、蕾」
僕は受け取ってそれを鞘に収めると、蕾の頭を乱暴に撫で回した。
「ちょ、霧兄ぃ、止め……」
嫌がるように頭を振る。だが、退くような真似はしない。本当は嬉しいのだ。その証拠に頬を赤らめながらも若干左半身を擦り寄せてきている。
「ほれほれ、良いではないか~」
僕は三十秒ほど撫で続けると、一瞬で手を離して彼女の身体を抱き締めた。
「――悪かったな、蕾」
「……え?」
「もう少し、僕が上手くやれば蕾は怪我しなかった……だろう?」
僕はそう言うより早く、彼女の右腕を優しく掴んだ。だが、それだけでびくりと彼女の腕の痛みで微かに微かに顔を顰めるのが分かった。
そう、大剣を投擲した無理な体勢で斧を避けるのは難しい。二つは辛うじてかわしたようだが、一つは彼女の腕を切り裂いて闇に消えていた。
「気付いていたんだ……」
「むしろ気付かなかったら、蕾の相方じゃないよ」
僕はポケットからハンカチを取り出すと、広げて彼女の傷に縛り付けた。それをどこか蕾は熱に浮かされたような表情で眺めていた。
僕は処置を終えると三日月の背中に手をやって歩くように促しながら、蕾の手を握った。
「さぁ、帰ろう」
「うん……。――霧兄ぃ」
「うん?」
「――あり、がと」
「どういたしまして」
僕は思わず苦笑しながら、蕾の手を引いて媛奈の元へ急ぐ。
そのときの彼女の手は、何よりも温かかった。




