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ザ・チューニーズ   作者: 野川太郎
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第九章

次の週、学校で期末テストが二週後に行われる。

 実にどうでもいいことである。俺が気にしていることは変身能力者のことである。

 あのピースネットワークの話を聞く限り、悪人はすべて殺すという正義感にかられた哀れな小市民だ。やつは一度、この偉大なる俺を殺そうとたくらみ、失敗している。しかし、この俺もやつを倒すことに失敗しているわけだ。

 人類を超越したこの俺に失敗があってたまるものか。

 やつを見つけ出したい。また、書店に行けば会えるというわけにもいかないだろう。一体どうすればいいのだろうか?

 水曜の昼食前の数学の授業を受けながら、この俺は考えていた。

 おびき出す?しかし、やつの素性はまったく分からない。やつの本当の姿を知らないのだからどうしようもない。

 待てよ。超通信者に町中いたる所に俺の情報を流してもらえば、やってくるかもしれない。やつは悪人だと判断したやつを殺すのであれば俺が悪事を働いたというようなデマを流せばやってくる。

 まあ、この町にいるとするならの話であるが。やつはテレポートできる。他にも複数の能力者になれるとすると、今まで出会った能力者の中でもっともやっかいだ。

 ということは、この偉大なる俺にも変身できるということか・・・・・

 授業が終わり、いつもどおりに屋上で一人たたずんでいると、学校中が負の感情に満ち溢れていた。

 俺の体が負の感情を吸収し、満腹になっていく。もう、食事などという旧人類の生命維持機能を超越した存在となっていた。

 さすがは俺である。

 しかし、この負の感情の高まりは異常だ。小市民の所に行ってみるとするか。

 屋上の扉を開け、階段を駆け下りると、この俺のクラスに負の感情が集中しているのがすぐに分かった。

 大勢の生徒たちが教室に集まっていたのだ。

 この感情。怒りと憎しみに満ち溢れた非常に愚かですばらしい感情だ。

「おい、何があった?」

 近くにいた見知らぬ男子生徒に聞いてみた。俺だと知るや顔が引きつり、恐怖心を抱いている。

当然だ。人類を超越した俺を恐れるのは小市民の正しい反応だ。

「あ、あの・・・超通信者が、倉田が条約の管理者だってさっき放送が」

 テレパシー放送。超通信能力。やつが倉田の秘密をばらしただと?

 俺は人ごみを掻き分けて、教室に入ると、倉田を取り囲む生徒たちの光景が目に入った。

「おい、てめぇのせいでこっちは迷惑してんだよ」

「なんとか言いなさいよ」

 倉田に対する罵声がひどい。負の感情むき出しの小動物だな。

 すると、意外な人物が倉田の味方をしていた。

「皆、集団で倉田さんを追い詰めるのはいけないよ」

 盗撮疑惑の川島が割って入ってきていた。

「何だお前、のぞきやろうは引っ込んでろ」

「マジ、きもいんですけど」

「どっか行けデブ」

 川島いじめにシフトした愚かな小市民たち。しかし、川島は倉田と違いあまり負の感情を感じない。もしかしたら、こいつは鈍感なのではなく、メンタリティが強いのかもしれない。

 しかし、平和同好会の二人が来ない。倉田を悪と判断したら助けに来ないか。仲間の川島が集中攻撃を受けているにも関わらずに。

 この学校を仕切っていた能力者たちはこの俺の偉大なる力によって入院生活を余儀なくされている。しかし、仕切る連中は次から次へと現れる。彼らだってそうだ。学校とは実に醜い場所だ。これが学校の実態。何も変わらない。こいつら小市民たちは。

「おい、小市民ども。この俺がいる前で醜いことは止めろ」

 この俺が高々と宣言した。

「あ、握間・・・」

 すると、周りにいる生徒が俺から離れていった。

 周囲の恐怖心が増している。これが選ばれし存在の宿命。存在意義。そして、特権だ。

「実に醜い。実に不愉快。そして、実に滑稽だ。愚かな小市民たちよ。今すぐここから立ち去れ。お前たちの不細工面は見たくない」

 決まったぜ。

 周囲に漂っている負の感情は一斉にこの俺の方に向けられている。非常に結構なことだ。愚かな小市民は所詮この程度。

 小市民たちは俺に対する怒りと憎しみを抱きながら退散していった。

 力を誇示するだけで俺にはできてしまう。ああ、なんて俺はすばらしい存在なのだろう。

 すると、倉田がいつものとおり泣いていた。それを慰めている川島。なんとも微妙な光景だ。

「そんなに気にすることじゃないよ。気にしない気にしない」

 川島からは倉田を哀れむ感情しか感じない。こいつからは力をあまり吸収できない。やつには俺には知らない何かがある。俺には吸収できない何かが?

「また、あの放送やろうが何か言ったらしいな」

 俺はいたって普通に二人に言った。

「超通信者が、倉田さんが条約の管理者だってことをテレパシー放送したんだよね。それで、生徒たちが一斉にああなっちゃったんだ」

 しかし、なぜ倉田が条約の管理者だとばれた?

「なぜだ?なぜ今になって倉田のことを話した。超通信者は人の頭の中を覗くことができる。なら、早い段階で倉田のことを放送したはずだ・・・・・・知っていたけど放送しなかった。いや、普段は人の頭の中を覗かない。なら、つい最近知ったことになる」

「それってどういうことなの?」

 川島が聞いてきた。

「ピースネットワークのメンバー内に超通信者がいるってことだ」

「・・・そんな・・」

 では、誰だ。誰が超通信者だ?

「なあ、ピースネットワークのメンバーでお前たち平和同好会以外にこの町に住んでいるやつはいるか?」

「いないと思ったけど」

「それは本当か?」

 こいつは小心者に見えるから、嘘をついていれば俺の能力ですぐ判明する。しかし、何も感じない。川島は本当のことを言っている。

「そういえば、二人が見えないがどうした?」

「倉田さんのことで二人とも怒ってたから・・・・」

 ふ、小市民が。何が世界の平和だ。実現は不可能だな。

「部室にいると思うけど」

「よし、分かった。二人ともいっしょに来い」

「どうして?」

「超通信者に会いに行くからだ」

 この俺と下々二人は部室に向かった。倉田は涙を制服で拭いていたが、明らかに行きたくなさそうな顔をしている。

 しかし、いっしょに来るということは超通信者の正体を知りたいという願望があるからだ。でなければ、ついては来ないだろう。

 部室に着くと、俺はドアを開け、会話をしている二人に会った。

「何しに来たのよ」

 斉藤の言葉は俺と倉田に言っている。

「超通信者に会いに来た」

 俺は笑顔で言った。

「何言ってるの?」

「単刀直入に聞く。鹿沼。お前、能力者だろ」

「何言ってんだよ」

 背の低い鹿沼は、嘘が得意なのか顔には出さないタイプだ。しかし、内面から恐怖心が宿っている。

「やっぱり、お前か」

 俺はダークキネシスを発動させ、鹿沼を部室の天井に入りつけにした。すると、テープでも張られているかのように天井を浮いている。さすがはこの俺の能力だ。

「何しているのよ。鹿沼君が超通信者なわけがないじゃない」

「どうしてそう言い切れる」

「だって、彼には能力が無いのよ」

「それは誰が言った?」

「それは・・・・鹿沼君からよ」

「じゃあ、こいつが非能力者である証拠にはならない。そうだろ。鹿沼」

 この俺は数分前の会話を斉藤に説明した。

「でも、鹿沼君が超通信者だったら、もっと早く倉田さんの心を読んでいたはずでしょ?」

「確かに。俺が超通信者ならそうする。でもな、斉藤。テレパシー能力者は人の心を読まないようにするもんなんだよ」

「どういうことよ?」

「人の裏の感情を知ってしまうからだ。テレパシー能力者の苦悩ってやつだ。だから、普段は能力を使わない。必要な時だけしか人の内面を覗かない。これが小市民の心理さ」

 また、正論を言ってしまった。この俺としたことが。

「前のピースネットワークの会合で倉田のことを知ってしまった鹿沼はそれを今日放送した。能力を使わずに知ってしまったからな。そうだろ、超通信者さん」

 鹿沼の負の感情は高まっている。

「お前に何が分かる」

 鹿沼が怒りを抑えながら俺に向かって言っている。

「俺の苦しみがお前たちに分かってたまるかぁ!」

「鹿沼君・・・」

「鹿沼・・・」

 斉藤と川島が動揺している。もちろん、この俺はしていない。

 すると、鹿沼の負の感情が一気に高まり、俺の体が吸収していった。すると、何かのビジョンが見えたような気がした。倉田に匹敵する負の感情だ。これは俺を進化させるエネルギーだ。

 しかし、何かのビジョンを見た衝撃でダークキネシスを解除してしまい、鹿沼が地面に落下した。

「いってぇ」

「大丈夫?」

 斉藤と川島が心配している。

 何だ今のビジョンは。今までに無い頭痛がした。・・・・そうか、これが進化への試練。選ばれし者の運命というやつだ。

「悪かった。この俺としたことが」

・・・しまった。下々のやつらにこの俺が謝罪をしてしまうとは。これは失態だ。

「鹿沼君。説明してよ。私たち友達でしょ」

「そうだ。この偉大なる俺に説明する義務が貴様にはある。さあ、話せ。小市民。この俺は忙しいのだ」

 暇ですが何か?

「分かったよ」

 鹿沼の生い立ちを簡潔にまとめるとこうだ。

 生まれながらにテレパシー能力を持っていた鹿沼は周囲の人の心の声が聞こえてしまって大変な苦痛を強いられ、人が信用できなくなった。小学生になり、それを案じた両親が超能力専門の塾に通わせたらしい。能力をコントロールするための訓練を受け、それには成功したらしいが、次に待っていた試練はテレパシー能力者に対するいじめであった。人の心の声を聞こえてしまう能力を知られていたらしく、友達が一人もできなかった。偶然、父親の仕事の関係で引っ越しし、今の町にやってきた。そこではテレパシー能力者であることを隠し、今にいたる。

 まあ、こんなものか。こいつのヒストリーとやらは。

「私たちには教えてくれたっていいじゃない」

「知られたら、嫌われると思った」

「そんなぁ」

「僕は嫌ったりしないよ。鹿沼」

 川島が言った。

「私だってそうよ。超通信でどれだけ楽しませてもらったか」

 何だ・・・この空気は・・・なごんでやがる。これは退散した方がいいか。いいや、まだだ。

「何が楽しませてもらっただ。この俺を馬鹿にしただろうーが。倉田はどうでもいいがこの偉大なる俺に謝罪しろ!」

「うるさい、俺はお前が嫌いだ。中二病が」

「何ぃ、この偉大なる俺のどこが中二病だというのだ。言ってみろ」

 すると、全員から冷たい視線を感じた。

 何だ、この不愉快さは。

 この俺がこんな小市民たちに馬鹿にされている。俺を中二病だと思っている。そんなはずはない。俺は人類を超越した存在だ。そんな、ちっぽけな存在なはずがない。

「でも、私は鹿沼君が能力者でよかったと思ってる。どこかの勘違い男が超通信者だったらどうしようと思ってたもん」

 斉藤が一瞬だけこの俺に目を向けた。

 何だ!その目は。

「でも、倉田さんは許さない」

 敵意が倉田に移った。

「そんなに怒らなくても」

 川島がなだめたが斉藤には通用しないようだった。

 それはそうだ。この中で能力がないのは他でもない眼鏡ブスの斉藤なのだから。実に哀れだ。古き人類というやつは。

「ごめんなさい」

 倉田が謝っているが斉藤の怒りは収まらない。

 もう、この程度の負の感情では満足できなくなっていた俺は、この光景が滑稽以外の何物でもなかった。

「自分だけに能力が無いからって人に当たるなよ、斉藤」

「何ですって!」

 敵意が俺に変わった。

「能力を取り戻せばいいんだろ、能力を」

 すると、斉藤からわずかながらに負の感情が減っている。実に分かりやすいやつだ。

「お前、確か・・・」

「交通事故で能力を失った」

「なら、倉田に治してもらえ、倉田は怪我を治せるヒーリング能力者だ」

 斉藤は倉田を見た。冷たい目で。しかし、能力を取り戻したいという願望が現れ、迷っているといったところか。

「さあ、どうする?斉藤。お前の選択は」

「分かったわ。もし、私の能力が治ったら許してあげる」

 随分と偉そうな言い方だ。

 倉田は斉藤の前に来て、両手を斉藤に向けた。すると、金色の光を放っている。癒しの光というところか。まあ、怪我をしないこの俺にはどうでもいいことであるが。

 数秒して、倉田は能力を解除した。

「これで治ったと思うけど・・・・」

 倉田は自信なさそうに言った。

 なんか、あっさりしている。まあ、これが現実というやつか。映画だとこういうとき、効果音とかで盛り上げるのだろうが実際はこんなもんだ。さあ、見せてもらおうか。斉藤の超能力を。

 すると、斉藤から思いもよらないことを言った。

「今日は帰る!」

「・・・・何?」

 全員が驚いた。この俺ですら。

「じゃあね」

 そう言うと、斉藤は廊下を走って消えていった。

「何だ。あいつ?」

 俺はわけが分からなかった。しかし、一つだけ分かったことは倉田のヒーリングを受けた後のあいつに負の感情をまったく感じなかったことだ。

 これは俺にとって非常に不愉快であった。皆の不幸が俺の幸せなら、皆の幸せは俺の不幸なのだ。

 余計なことをしてしまった。この俺としたことが。


 すべての授業が終わり、部活に入っていないこの俺はさっさと帰ろうとすると、川島と鹿沼が俺の教室にやってきた。

「握間と倉田さん。今日空いてる?」

「私は空いてるけど・・・」

 倉田が暗い声で言った。

「握間はどうだ?」

 鹿沼がずうずうしく聞いてきた。

「この偉大なる俺は・・」

「暇そうだな」

「貴様、勝手に決め付けるな」

「俺は普段は人の心は覗かない。だから、倉田さんにも直接聞いたんだ。しかし、お前だけはどうしても能力が通じない。なぜだ?」

「人類を超越しているからだ!」

 また、決まってしまった!

「もう、いい。握間、倉田さん。街にある精神病院に来てくれないか?斉藤が俺にそう呼びかけている」

「あいつの能力もテレパシーか?」

「いいや、違う。俺は普段人の心の声をシャットダウンしている。だけど、ある『暗号』にだけ反応するようにしているんだ。斉藤はその暗号を使って俺に呼びかけている」

 まるで、メールアドレスみたいだな。

「しょうがない。この俺がじきじきに参るとするか」

 この俺と下々の三人はいっしょに精神病院に向かうことになった。

 一人でかっ飛ばして行くのもいいが、たまには小市民たちのペースに合わせたっていい。これが思いやりにあふれた俺の気持ちだ。

 しかし、予想もしていなかったことが起きた。

「誰かがこっちに向かっている」

 俺が低い声で言ったので皆が恐怖した。

「誰だよ?」

 鹿沼が聞いてきた。

「お前たちは先に行ってろ!」

 感じるぞ。負の感情を。悪意に満ちた感情が。しかも、上空を飛んでこっちに向かってくる。

「僕も見えたよ。上空だ」

 さすがは川島。実にいい視力を持っている。

「レイプ犯だ。一人だけ取り逃がしたんだよ。何せ空を飛ぶんでね。この俺がやつを捕まえるから先に行ってろ」

「分かった」

 鹿沼が川島と倉田を誘導し、その場を後にした。

 さあ、こい。飛行野郎。今の俺を倒せるものか。

 やつの狙いは倉田の体ではなく、明らかに俺の命であった。

 実に愚かだ。ちょうどいい。やつも精神疾患になってもらって精神病院にでも運ぼうかな。警察に運ぶといろいろと面倒だしな。

 すると、もうスピードであの強姦魔最後の一人が俺に向かって突っ込んできた。

 ものすごい憎しみだ。俺の身体を強化してくれる。倉田がいなくても大丈夫だ。

 俺は飛行能力者の突進を軽く避けた。

 これが、余裕というやつだ。

「殺してやる!」

 飛行能力者が叫んでいる。

「世界に選ばれしこの俺に勝てるわけないだろーがー」

 俺はダークキネシスを発動させ、空中で動きを止めた。

「う、動かねぇ」

「これが、俺の偉大なる力だ」

 俺はそのままダークキネシスで飛行野郎を壁に飛ばし、激突させた。

「いてぇ」

 人の苦しみは俺の喜び。もっと、もっと苦しめてやる。こんな人間のくず未満はそれでいいのだ。

 しかし、予想もしないできごとが起きた。

 あのテレポーターが現れたのである。

「やっと、見つけたよ」

 すると、持っていたダガーナイフで飛行能力者の首をかき切ったのである。

 ものすごい血しぶきが起こり、テレポーターがその血を浴びた。すると、負の感情を失った肉の塊を俺は操れなくなった。そして、レイプ犯最後の一人は死んでしまった。

 まさか、本当に殺すとは・・・・

「お前・・・・やつか」

 この負の感情。そして、あのナイフ。間違いない。変身能力者の国山ってやつか。

「国山だな。久しぶり」

 俺はいつでも攻撃できるよう心の準備をした。

「やっと、片付けた。世界のゴミを」

 世界のゴミ?・・・確かに。

「君たちのせいで時間がかかっちゃったよ。僕の使命が」

「使命?」

「世界のゴミは排除しないと・・・ね」

 この能力者は人を殺したことをまったくなんとも思っていない。まあ、俺も気にしていないが。

「さて、次のゴミを排除しなくっちゃ」

「次は誰を殺すって言うんだ」

「気になる?」

 こいつは笑顔で言った。

「次は誰だったかなぁ?」

「俺を殺そうとはしないのか」

「あ、あれね。だって失敗しちゃったから。リセットだよ」

「リセット?」

「そう、僕ね。順番決めてるんだ。ゴミを排除する順番ね。でも、もし失敗したらその人の順番を変えるんだ。だから、君を世界から排除するのはまだ後だよ」

「やはり、この俺を殺すか」

「殺すって言葉は嫌いなんだ。何か僕が悪者みたいに聞こえるから」

 自分が悪党だと気がついていない。しかし、こいつの負の感情は倉田とも鹿沼の非ではない。すると、何かのビジョンが俺の脳内に走り、激しい頭痛を起こした。

「何だ・・・このビジョンは」

 断片的にしか見えないので言葉では説明できない。

「君は当分死なないから大丈夫。でも、いつか必ず来るから。楽しみにしててね」

 そう言うと、国山はテレポートして姿を消した。しかも、レイプ犯の遺体をいっしょに持ち去っていった。

 くそ、何なんだ。あのビジョンは。頭が割れそうに痛かった。やつを逃がしてしまったじゃないか。

 しかも、生まれて初めて人が死ぬ光景を見てしまった。感想は・・・・特にない。人の死など面白くもなんともない。人の生き地獄こそ俺の幸せなのだ。死んでしまったら無になってしまうではないか。

 俺は地面についた血を見ながら、その場を後にした。

 非常に後味の悪い結果だ。おもしろくない。不愉快だ。

 頭痛は治まっているため、普通に歩くことができる。しかし、ビジョンのことが気になり、能力を使わず、普通に病院へと向かって行った。

 数十分後、精神病院につくと、斉藤、倉田、鹿沼、川島の四人が自動ドアの前に立っていた。

「どうした?小市民たちがこんな所で?」

 俺は無理に笑みを作った。

「小市民って言うな」

 鹿沼が噛み付いてきた。これだから、小市民は。

「それよりも、大丈夫だった?」

 川島が飛行能力者のことを言っている。

「ああ、すぐに逃げたよ」

 俺は嘘をついた。国山のことを言ったらいろいろと面倒だと考えたからである。

 この偉大なる俺に気をつかわせるとは。

「それよりもだ。斉藤。なぜ、この俺と下々をここに呼んだ?」

 計三人から冷たい視線を感じた。

「私の能力でここに入院している人たちを全員助けるためよ」

「・・・何?」

「私も倉田さんと同じヒーリング能力者なの。まあ、私の場合は病気しか治せないけど」

「じゃあ、お前。本当に能力を取り戻したというのか?」

「そうよ。それにね」

 斉藤は眼鏡をはずした。

「目も良くなったの。事故が原因かは分からないけど視力が落ちちゃって。でも、今日倉田さんに治してもらった瞬間、目が良くなって眼鏡の度がきつくなっちゃったの」

 ば、馬鹿な。そんなご都合主義があってたまるか。

 しかし、眼鏡をとっても不細工な顔だ。

「本当にありがとう。倉田さん」

 斉藤は泣きながら倉田の手を握りしめた。

「そんな・・・いいのよ」

 まずい、非常にまずい。ここの負の感情を好物としているこの俺にとってそれは一大事だ。どうする?

「俺は帰るぞ。必要ないだろう」

 ま、いい。精神病院はいくつでも存在する。他の県や町に行けばいくらでもな。今更気にすることもないだろう。ここの負の感情ではもう俺は進化できないからな。

「それが、面会できないのよ。予約とかが必要で。それに病院的には私のような能力者は困るでしょ」

「だから、どうしたって言うんだ」

「かなり強引で暴力的だけど、握間君の念力で従業員たちをしばらくの間、抑えていてほしいのよ。ただし、暴力とかあの黒い炎は絶対使わないで!」

「何?」

 この、この俺を利用しようとしている。己の自己満足のために。

「つまり、お前はこの病院を、経営を破綻させてまで精神疾患な連中を救おうと?」

「そうよ。強引だけど。でも、私は一人でも一秒でも早く人を助けたいの」

「俺が人助けに参加すると思っているのか?」

「なんだかんだ言ってね」

 この俺もなめられたものだ。

「ピースネットワークのテレポーターに頼めよ。部屋にテレポートしてやればいいじゃないか?」

「彼、今忙しいんだって。だからお願い」

 嫌だ。っといつもの俺なら言うが、俺のダークキネシスの力を試したいという願望がある。

「今日だけだぞ」

「やったー」

「それはいいけど、何でこいつらまで連れてきた?」

「私とあなただけじゃ心細かったからよ」

 斉藤は少し照れながら言った。

「鹿沼君。私の心覗いてないでしょうね?」

「・・・いや、別に!」

 やつの内面から嘘は感じられない。気をつかっているのか?それとも・・・

「しょうがない。さびしがり屋のチキンな斉藤のためにこの俺がじきじきに動こうじゃないか」

 俺の力は無限だ。できるはずだ。ダークキネシスで複数の人間の身体をコントロールすることが。俺はそれを証明したいだけだ。

 俺たち五人は自動ドアをくぐり、中に入っていった。壁一面が真っ白でいかにも病院という感じだ。まあ、病院だからな。

「また、来たんですか?」

 受付の大柄の女性が呆れたように言ってきた。

「握間君!」

「分かっている」

 俺は病院内にあるすべての負の感情を吸収し、力を強化した。そして、負の感情の強さを判別し、病人とそうでない人間と区別する。位置関係をも確認できる。このフィールドでは俺の強さは最大のものとなり、普段できないこともできるようになる。

「行くぞ」

 俺は右手を思いっきり握り締め、負の感情が小さい病院内にいる医師や看護したちを一斉にダークキネシスで動きを止めた。

 すると、受付の女性が金縛りにあったような感じで動きが止まった。

「な、何なの?」

「さあ、行け。従業員たちは全員俺が止めている」

「ありがとう」

 斉藤たちはその場を後にし、各部屋へと急いだ。

 この俺は充実していた。ヒーローごっこのことではない。俺のこの力のことだ。人間しか操ることしかできないが、周囲にいる人間の身体をコントロールする。実にすばらしい。しかも、負の感情の塊であるこのフィールドは俺に無限の力を与えてくれる。だからこそ、できるのだ。

 しかし、小市民の負の感情なくして俺の能力が発動しないという欠点をどうにかしたい。いずれはそれすらも超越できるはずだ。

 数十分が経ち、俺は受付前であることに気がついた。

 負の感情が減っている。減少している。一人ずつ一人ずつ。

 斉藤が本当に精神疾患を治しているとでもいうのか。

 負の感情が減ってきたので俺の力が次第に弱くなっていった。

 まずい、ダークキネシスの効力が落ちてきた。

 力が少しずつではあったが、確実に弱まっている。

 力が弱まっていく。そんな、こんなことが。この俺が、力を失いつつある。

 俺は認めない。負の感情が減ったくらいでこうも能力が低下するなど。

 しかし、ダークキネシスは継続できる。負の感情が減らされているといっても、まだまだ、エネルギー源はある。それにダークキネシスを食らっている医者やその他の従業員たちから恐怖の感情を感じる。体が動かないという恐怖。

 今の俺にはそれだけで十分であった。

 数十分後、彼らは戻ってこない。俺は受付前で突っ立っているままであった。

「あなたたち、何が望みなの?」

 受付の女性が話しかけた。

 馬鹿な、ダークキネシスで口もふさいでいるはずなのに。能力が低下してきている。一人や二人ならまだしも、多数の人間を一斉に金縛りにあわせていればそうなるか。

「正義の味方ごっこに付き合わされているだけだ」

 その後も力が落ちていくのを感じていた。しかも、予想外のことが起こった。俺の体が疲労し始めてきたのである。

 馬鹿な。この偉大なる俺が疲れを感じている。能力に目覚めたときから疲労とは無関係な生活を送ってきたこの俺が・・・

 体が重くなってくる。全身に疲労物質を感じる。これでは力を維持することができない。

 俺の体が次第に震えてくる。

 早くしろ。早く精神疾患どもを治せ。これでは力が維持できなくて従業員たちを抑えきれない。くそ、この俺がこんなことで力を制御できない。そんなことがあってたまるか。

 額から冷や汗が滴り落ちる。

 まさか、この俺が。限界という名の小市民の価値観と同化してしまうなんて。

 そして、俺はついに力尽き、ダークキネシスを解除してしまった。

 すると、受付の女性が驚いたかのように体を動かしている。

 まずい、あいつら捕まるぞ。

 俺はかすかな負の感情を吸収し、体力を回復させていると、受付の女性が固定電話を取り、警察を呼んでいる。

 ま、呼んだところで警察が動くとは思えないが。それが今の世界なのだから。

「逃げるわよ!」

 すると、斉藤たちが俺の方に向かってきた。

「あなた、ちゃんと力使ってよ」

「うるさい、この俺に命令するな!」

 そして、全員で病院を後にすると、以前のような負の感情が消えていたことに俺は少しさびしさを感じていた。

 しばらく、走り続けると、小市民たちが体力不足により、停止した。

「逃げ切ったわね」

 斉藤が言った。

「で、どうだったんだよ。治療のほどは?」

「大成功よ。能力が完全にもとに戻った。病気を治せる私の力」

 斉藤は泣いていた。これが能力者の喜びか。

「あっそ」

 どうでもいいんだよ。どうでも。

「たくさんの心を病んだ人たちを治してあげることができた。うつ病や強姦された女性たちの心を」

「どうでもいいことさ。ま、これで気が済んだだろ。俺は帰るぞ」

「まだ始まったばかりだよ」

「何?」

「私は倉田さんといっしょに病院めぐりするんだもん」

「本当か。倉田?」

「・・・うん」

 怪我を治す倉田と病気を治す斉藤。ヒーリング能力同士が世界平和に貢献でもしているつもりか。

「倉田、本気か」

「学校で起こした罪を償わないといけないから。人を助けることしか私にはできないし」

 以前の倉田とは違う。死のにおいのする負の感情を感じない。斉藤の力がそれほどすごかったのか?確かに、負の感情が一気に消されていった。斉藤は病気を治すといったがメンタリティ的な治癒もできることか。これはやっかいだ。人の不幸で力を発揮する俺には実に不愉快だ。不幸以外の何物でもない。

「勝手にすればいいさ」

 そうさ。所詮こいつらができることなど限られている。世界の不幸を幸福に変えるほどの影響力はない。この俺がわざわざ気にすることではないのだ。

「それよりもだ。鹿沼。国山を見つけてほしいんだけどな?」

「何だと?」

 この俺がこんな小市民に頼みごとをするとは。しかし、今あの殺人鬼を見つける能力は俺にはない。強い負の感情を感知できるが範囲が限られている。これが今の俺の限界。しかし、限界は超えるためにある。限界を超えるまでの辛抱だ。

「簡単にいうなよ。レイプ犯見つけるのだってかなりの時間がかかったんだ。人の内面を調べるのは難しいし、体力を使うんだ」

 ち、使えないな。これだから小市民は。

「人助けなどどうでもいい。俺はやつを駆逐しなければならない。俺の存在にかけて。なら、やつをおびき出す」

「おびき出す?」

「そうだ。やつが犯罪者を殺しているなら、この俺自ら犯罪者になろうではないか」

 そうだ。この手だ。これでやつをおびき出す。やつを精神崩壊させる。これが俺の最後の物語だ。


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