第三章
けんか終了後、皆は俺に恐怖しながら机や椅子を並べていた。
小市民たちの俺に対する恐怖。ああ、俺はなんて皆に悪いことをしてしまったのだろう。
・・・・・何てね。そんなことは当然思っていないこの俺は堂々と自分の机に座っていた。
しかし、このくそつまらないクラスにも気になることがある。未だに発火能力者が誰か分からないことと、あの暗い女子生徒のことである。
あの女。誰とも話さないしとにかく暗い。人生に絶望しきっている感情が読み取れる。まあ、あういう不幸な人間がいるから俺の力は維持できるのであるが。小市民も少しは役にたつということだ。
午前中の授業はとにかく静かだった。影村はずっと保健室に寝たきり状態で騒ぐやつが減ったということもあるがとにかく俺に対する恐怖心がクラス全体から感じる。
結構なことじゃないか。さあ、もっと皆俺に恐怖しろ。この偉大なる俺にひれ伏すがいい。
しかし、一人だけ俺に対して恐怖や憎しみを抱いていない人間がいる。そうあの暗い女だ。休憩時間になって、俺は影村から奪った能力者リストを確認すると、その女の名前は倉田真美というらしい。まあ、名前なんて飾りみたいなものだからどうでもいいが、この偉大なる俺に対して負の感情を持っていないことは確かだ。それでも、倉田が負の感情の塊であることは変わりなかった。実にすばらしい。俺の力が倍増する。
昼食時間になり、俺は禁止されている屋上で飯を食おうと階段を登っていった。すると、屋上手前の階段前に出入り禁止の紙が張ってあったが、すべてを超越した俺にとってそんなものどうでも良かった。
階段を登っていくと、そこには男女のカップルが熱いキスを交わしていた。
おえ、きもちわりぃ
俺は今まで人を好きになったことはおろか、異性の身体に興味を持ったことが一度も無い。もちろん、同性愛者でもない。恋愛とか青春とかそういうのとはまったく縁の無い、いやそれを超越した人生を送ってきている俺にとって今の光景は吐きそうなほど気持ち悪い。
「おい、いちゃつくなら別の場所でやってくれないか」
俺は吐きそうなのを必死で抑えながら言った。
「何だてめぇ」
小市民男子はこの偉大なる俺を知らないようだ。よくもまあ、そんな態度をこの俺にとれるものだな。
愛をはぐくんでいる所に割り込んできた俺に対する憎悪に満ちたこの小市民を倒すのは簡単、いや赤子をあやすより簡単だった。
その男子は俺の胸ぐらをつかんできたので俺はその手首をつかみ、軽くひねった。俺にとっての軽くは小市民にとっては・・・・言う必要はあるまい。
「いてぇー」
その小市民は悲鳴を上げた。
「俺は人類を超越した存在、握間太郎だ。俺を知らないということがいかに恐ろしいことが覚えておくんだな。小市民たちよ」
俺が手首を離すと、この小市民カップルたちはすぐに階段を下りて行った。
「結構結構」
俺は屋上の扉をあけ、晴れ晴れとした空を眺めた。そして、硬い地べたに座り、飯を食べ始めた。そして、とっとと食い終わり、あお向けになりながら空を眺めていた。
あーあ、暇だな。世界を超越したらやることなくなっちまったぜ。
そういえば、今日は超通信の日だったな。あのテレパシー放送か。うっせーんだよな。
どこかのテレパシー能力者が毎週水曜日の昼ごろに能力を使ってこの町全体の小市民たちに町のニュースを流している。超通信と呼ばれているが、誰が流しているのかは定かではないが俺が嫌なのはテレパシーで送られてくる音がノイズか何かで聞き取りずらいことだ。しかも、その現象は俺にだけらしく、他の小市民にはちゃんとした放送がなされているらしい。
なぜだ。小市民には正常に情報が流れ、俺の時にはノイズが走る。許さん。この偉大を超越した俺に対するその態度。
ま、いいか。所詮は超通信。くだらないニュースばかりで必要性は皆無だ。
さあ、そろそろテレパシー放送が流れるな。
・・・・・数分後・・・・
何も流れてこない。馬鹿な。いつもは休日ですら放送されるはずなのに。もしかしたら、俺にだけ放送されないとかそういう小市民の嫌がらせか?
風の音以外何も聞こえない。流すニュースがなくなったか?体調が悪くて能力が使えないか?それとも、死んだか?
俺は勝手にそう解釈してそのまま昼寝をし始めた。
今の俺には怖いものなど存在しない。もう、勉強や学校なんてどうでもいい。単なる暇つぶし。超能力さえあればやっていけるこの新世界。俺はもうすべてを超越したんだ。完全なる存在。絶対的な力。究極の能力。もう何もいらない。ほしいものはすべて手に入れた。後は自由に生きる。究極のマイペースで生きるんだ。
しかし、昼寝をしているこの俺を邪魔する存在が現れた。
負の感情の塊の倉田真美が屋上の日陰に一人体育すわりをしながら俺の方を眺めていたのだ。
「お前、何でこんな所にいるんだよ?」
「ね、今日の超通信聞いた?」
まるで、幽霊がしゃべっているかのような声であった。
「いや、だって流れなかったじゃん」
「流れてたよ。君のことが」
「・・・何?」
馬鹿な。放送されていたというのか。しかも、この偉大なる俺のことを勝手に報道だと。許さん。小市民の分際で。
「どんなことを放送してたんだよ」
「君、放送聞いてなかったの?」
「ああ、聞いてなかった。だから、お前のような小市民に聞いてるんじゃないか」
俺は少し偉そうに答えた。
「今週、この町で能力に覚醒した生徒がいます。その名は握間太郎。中二病末期患者で自分は神を超越した存在だとか言っている精神異常者です。彼の能力は情報によると、怪力、鋼鉄の皮膚と言われているのですが詳しいことは謎です。また、黒い霧を出す能力もあると言われていますが複数の能力を有している可能性があり、人格的にも欠陥があり、危険な生徒です。何か情報を得た人は土曜日の昼十二時に頭の中で握間太郎の能力を知っていますと叫んでください。私がその人の思考を読み取り、情報を受諾します。では、皆さん。危険で痛い生徒握間太郎に気をつけてください。後、一つだけ彼について知ったのですが、彼にはこの超通信できませんでした。何かの能力で通信が遮断されています。ゆえに、彼にはこの通信は聞かれていません。それではまた、よき生活を」
倉田は暗い声で間違えずに言った。
「この俺が精神異常者?この俺が中二病。くそ、小市民の分際でこの偉大を超越した俺をコケにしやがって。許さん。絶対に超通信しているやつを突き止めてやる。絶対にな」
俺は憎しみと怒りに満ち溢れていた。すると、一瞬ではあったが、学校中の悪意を体全体に吸収したような感じがした。しかも、例の黒い煙が体中からあふれ出した。しかし、すぐに消えてしまったが。
「今のは一体?」
俺は自分の力をさらに超越できるような気がしてきた。
「ね。君って暇」
倉田が突然言い出してきた。
「俺は暇を超越した存在だ」
つまり、暇だということだ。
「ね。君の力を人助けに使ってみない?」
今にも消えそうな低音で話しかけてきたので軽く即答した。
「ない」
「何で?」
「興味がないから。嫌なんだよ。特殊な能力を持った人間はヒーローになるとか悪になってこの世を支配するとか。そういうありきたりなパターン。正義や悪を超越した存在の俺にはそんな気はないよ」
威風堂々と言ってやった。
「・・・・じゃあ、気に入らない人とけんかをするのってのはどう?」
この女、暗い顔してしつこいな。これだから小市民は嫌いだ。
「この町の能力者とけんかしたってむなしいだけだよ。どうせ、この偉大なる俺が勝つんだから」
「じゃあ、暇だったら夜の八時、ホームレスタウンに来て」
そう言うと、倉田は屋上を去っていった。
確かに俺は暇だ。部活にも入っていないし、仮に入ったとしても能力者は公式試合に出場できないという制約がある。しかも、今の放送で俺が能力に目覚めたことは町全体に知れ渡ってしまったからどうしようもない。
ま、所詮は小市民が考えた部活。俺には何の興味も無い。
・・・・・・しかし、暇だな。
俺はそのまま屋上を独り占めし、空を眺めていた。
なぜ、俺にだけ超通信されなかったのか?体からでる黒い煙は一体難なのか?クラス内にいる発火能力者は誰か?そして、俺はどれくらい強いのか?
もちろん、世界一だがもっと進化できる気がする。いや、進化という言葉すらも超越できるはずだ。
昼休みが終わって、教室に戻ろうとすると、超通信のせいで俺の話で持ちきりのようだった。
精神異常者、中二病・・・・・ふ、所詮小市民。その程度の価値観しかない愚かな国民どもが。
「お前が例の精神異常者か」
数人の男子生徒たちが俺を見ながらあざ笑っていた。おそらく、高校三年生くらいの生徒たちであろう。
小市民だな。どいつもこいつも。
「俺は貴様らを超越した存在だ」
すると、全身に再び黒い煙が帯びている。それを見た小市民たちは俺に恐怖している。
「そんなこけおどしで俺がびびるわけねーだろーが」
だがその小市民はかなりビビッている。やつの恐怖を感じる。
「ま、いいや。君たちごとき小市民に興味はないから、じゃ」
俺は煙が出たまま教室に向かおうとしたが、小市民たちが黙っていなかった。
「てめぇ、ちょっと顔かせや」
「貴様ごとき小市民に付き合ってるほどこの俺は暇じゃない」
暇だけど何か?
「調子にのってんじゃねーよ。このキチガイが」
その小市民が黒い煙を俺の肩をつかんだ瞬間、急に叫びだした。
「どうした?」
小市民の友達が倒れこんだ小市民を抱え込んだ。俺に触れた小市民は深い絶望と恐怖、悲しみなど負の感情を一気に受けた感じだ。
そうか、この黒い煙は負の感情を増幅させる力がある。この煙のコントロールを習得するか?
「お前、何したんだ?」
男子生徒の一人がわめきだした。
「こいつが勝手に倒れたんだよ。ま、仮に俺のせいだとしてもだ。こいつがどうなろうと知ったこっちゃ無い。所詮小市民の命。人の命なんて軽いもんだからな。じゃ、そういうことで」
俺は彼の不幸を楽しみながら教室へと向かっていった。
人の不幸はやはりいい。生きがいを感じる。人生とはすばらしい。
教室へ戻ると、皆が俺に注目している。
超通信ごときに影響される哀れなる小市民たちだ、まったく。
しかし、このクラスはこの俺の偉大なる力を目の当たりにしてしまっているから誰も何も言わない。ただ、恐怖しているだけだ。唯一恐怖をしていないとすれば、隅っこの方でぼーとしている倉田ぐらいだ。今のやつからはあまり負の感情を感じない。本当によく分からない女だ。
しかし、体から黒い煙がなかなか消えない。これでは授業中ずっと煙に包まれて勉強しなければならない。ま、今さら勉強でもないが他にやることもないし、周りは役立たずの人間ばかり。気にすることは無いか。
午後の授業はとても静かであった。先生たちは俺の能力を恐れ、周りの小市民生徒たちも俺を刺激しないようにと騒ぐのをやめ、まじめに授業を受けていた。
まったく、力のない人間は力のある生徒に屈服し、恐怖する。人類は進化し続けているのに本質自体は何も変わらない。小市民のままだ。
黒い煙も授業中に収まり、平穏な午後を終了した。




